第2話
「うわあああああああああっっ!!?」
薄い木の板でできた簡素な作りのボロボロの長屋で、青年の悲鳴が響いた。古く乾燥した壁が赤々と燃え盛り、その中に彼は閉じ込められたのだ。皮膚を守ってくれるはずの服は熱で縮れ始め、みるみる青年の肉体を露わにしていく。
「ちくしょう!!……一体何がどうなってるんだ!」
青年は困惑していた。目が醒めたら慣れ親しんだ部屋ではなく、ブタ小屋同然の部屋で炎に巻かれているのだ。それもただ焼かれているのではなく、突然小屋に飛び入ってきた顔色の悪い痩せた男が、気が狂ったような叫び声を上げて燃えだしたのだ。
自分の常識をことごとく覆された青年の思考回路は暴走気味で、とにかく自分がファンタジックな世界に飛ばされてしまったことだけは納得していた。しかし、それが命の代償と言うにはあまりに安すぎる。
とにかくここから脱出を図りたいが、出入り口も背後の障子窓も炎に巻かれてしまっている。炎の向こう側は見えない。次第に煤の匂いが体中に入り込んでくる。
「ッ!!くっそおおおおおおおおおッッ!!」
じっとしていたら灰に焼かれる。意を決して、まだ炎の弱い背後に向かって飛び込もうと駆け出した。
だがその瞬間に、猛烈な勢いで炎が暴れ出す。それは青年の行く手を阻んで、立ち塞がるように轟々と揺らいだ。
「うわああああっっ!!」
咄嗟に飛びのき、尻餅をつく。衝撃で腰が抜けてしまい、立ち上がれるころには真っ黒になってしまっているだろう。
カチカチと、恐怖で奥歯が震えて鳴く。
【コロス……コロス、コロスコロコロコロコロコロコロコロコロォ……ッッ!!】
その様を見て、炎の中から聞こえたのは、おぞましい怨念の呼び声。それは激しく揺れながら徐々に姿形を模っていく。
青年の目の前に現れたのは、長い髪と火傷の痛々しい跡が顔面の左半分を覆いつくす少女の姿。
「なんだこれ……まさか
その目は何物も信じず、人を生涯かけて憎んだような冷たい色をしている。そして炎は、彼女の意志に従うかのように少年を囲い渦を描いて巻き上がる。
【ニンゲン!!……オトコ!!……ミナコロスッッ!!】
まるで少女の腕のような炎が、行き場のない怒りを纏って少年の首に向かって伸びた。
「ちっくしょう!!……こんなところで、死んでたまるかァァァァァァッッ!!」
この状況をどうにかする術などない。だがあっけなく死んでやるつもりもない。それならばと、青年は半ばやけくそで、伸びてきた少女の炎の腕に向かって噛みついた。
がぶり、と犬歯が、
【ギャアアアアアアアアアッッ!!】
喰い込んだ歯を伝って、少女の悲鳴と共に炎が青年の体へと流れ込んでいく。歯に伝う確かな肉の感触と、体中に流れ込んでくる熱が暴れる感覚が、何故だか青年は心地よく感じた。
【ハナセ……ッ!!ハナセハナセハナセェ……ッ!!】
もがき、あがく炎だったが、徐々にその勢いは失われ小さくなっていく。
【イヤダアアアアアアアアアアアッッ!!】
最後に大きな断末魔と共に、炎を纏った少女の姿は消えてなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
激しい息切れ、燃え盛るような熱を帯びた体、焼けつくような空気。だが確かに心臓は動いていて、身体の感覚も残っていた。
しかし、ふと視界に入った自分の両手は燃えている。だがその熱を感じられず、厚くも無ければ焼けつく感覚も無い。
「あれ?……手……燃えて……。」
炎に巻かれバラバラと崩れ落ちる長屋の中心で、変わり果てた建物の黒焦げた景色に霞ながら、青年は精根尽き果てたようにばたりと倒れ、気を失った。
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