FOCUS
「ただいま。お疲れさま、わたし」
家に戻ったころには、空はわずかに白んでいた。
炎天下に立ち続けた疲労と、へべれけになるまで飲んだアルコールとで頭がクラクラする。昼間は望んでそうしたのだが、夜には自制すべきだった。さすがに羽目を外しすぎた。すっかり酷使し汗をかいた身体で家の中を歩くと、自分の身体とはいえ自分の家を汚しているように思えてくる。
ソファに身を投げ出すと、後に続いて部屋に入ってきた
「ちょっと、やめてよ。汚らしい」
シャワー先でもいい? と同居人に求めると、そこでゴロゴロされるくらいなら先に入ってくれていいよ、と承諾を得た。浴槽にお湯張らない? と提案してみたが、そんなに長く待っていられないと却下された。真恵もきょう一日、嫌というほど汗をかいた。
シャワーを浴びてみると、散々塗ったくった日焼け止めや制汗剤が汗とともに水に流されていくのを感じられて、清々しかった。イベントの終盤はベタベタの不快感に苦しむことにはなるけれど、すべて終わったあとの爽快感ときたら、ほかに体感する術はないのではないか。
風呂場を真恵に譲り、髪を乾かせば、今度こそ気兼ねなくソファに身を投げる。そのまま押し寄せる睡魔に飲まれてしまってもよかったけれど、あいにくまだやるべきことがある。自室に戻って、大きめの鞄を引っ張り出して、クロゼットから取り出した洋服を詰めた。
「あ、なんだ。荷造りか。寝ちゃったかと思った」
髪を拭きながら、真恵がわたしの部屋の扉を開いていた。大学時代からずっと一緒で、ついには同居をはじめて数年になる友人だが、いつ見ても入浴後の彼女は色っぽいと思う。彼女はわたしと一緒にイベントに出かけることなんてしないでも、普通に過ごしているだけで周囲の視線を集めることができる。
「いまのうちに準備したほうが楽かなって。ちょっと強行日程だったかも」
「あした朝早い電車だっけ? まあ、一日あるんだからゆっくりやりなよ」
わたしは疲れているときに疲れてしまいたいタイプだ。疲れて、休んで、また疲れてということが好きではない。せっかくさっぱりしたならそのまま気持ちよくいたい。荷造りだってシャワーの前に済ませておくべきだったと後悔している。
喩えていうなら、わたしは夏休みの宿題を最初に終わらせるタイプなのだけれど、最後まで溜めておいてから実力を振り切る勢いで片付けるタイプの真恵には、なかなか理解されない。今回のイベントの支度も、アリとキリギリスに似た状況になったものだ。
「里帰り、久しぶりなんじゃない?」
「そうだね、大学卒業して以来だから……三年ぶりくらい?
もちろん、東京での生活が想像以上に厳しかったからでもあるし、趣味に投資するせいで里帰りするチケット代が惜しかったからでもある。
あんたの場合はそうだよね、と真恵が笑った。
「家にいると自分の趣味を我慢しないといけないからね」
「うん、うちの親は何言うかわからないもん」
わたしも真恵も、いわゆるオタクというやつだ。アニメや漫画が大好きで、このシェアハウスの棚にはそういった作品やフィギュアがびっしりと並び、ポスターやタペストリーが壁を埋めている。家具や食器は安物だけれど、深夜作品を録画するためのBDレコーダーだけは最高級品である。
そうした趣味を愉しみ、幸せを享受できるのは、勉強して上京し、大学で真恵という友人を得たからこそのもの。努力と運で勝ち取った。家にいるときは、ひっそりと隠れて、原作の漫画やフィギュアが欲しいのを我慢して、インターネットの無料配信を目ざとく見つけて楽しんでいたものだ。フィルタリングをかいくぐり、画面を覗かれないようにしながら、見終わったら履歴を削除するという経験は、まるでスパイ行為をはたらくようにスリリングで、二度と味わいたくない。
両親はひどく古臭い人間で、若者に耳を傾けず、ポップカルチャーを解せず、サブカルなどはもっての外という具合だった。とくにサブカルに関しては、戦争かグロかエロかという程度の認識だったに違いない。もしわたしが漫画を持っていたとして、そこにひとコマでもパンチラがあろうものなら、直ちに焚書にしていたことだろう。
できることなら帰りたくないけれど、親不孝はしたくないという思いも確かだ。今年は高校の同窓会もあるというので、帰ってみようかという気になったのだ。
「ひとり娘が可愛かったんだろうね。上京してコスプレイヤーやってるなんて聞いたら、卒倒しちゃうんじゃない?」
「そうね、いい加減年だから心臓に悪いことは知らせないほうがいいよ」
面積の小さい服を着て、むさ苦しい男たちにカメラを向けられる――わたし自身コスプレをするほど大胆になるとは思っていなかったから、このことは地元にはずっと秘密していたいと思っている。幼馴染や同級生に知られたらからかわれるし、恥ずかしい。いや、そのくらいならまだマシで、両親に知れようものなら、きっと帰省した瞬間に自宅で軟禁されてしまう。
さて、洋服はこれくらいで足りる。下着の支度をしよう。
「ネットの写真とかからバレたりしないのかな? たくさん撮られたし、ひとりくらいネットに載せる奴がいるかも。あんたの家、ネットは使うんでしょ?」
「まあね、でも大丈夫だと思う。フィルタリングがきつすぎて、まとめサイトすら見られないから。第一、わたしみたいなブスは注目されていないよ」
そう卑下するもんじゃないよ、と真恵は笑った。
真恵は息をのむほどの美人だ。それがわたしよりもハードなオタクなのだから世の中わからない。蔵書はラノベと漫画を合わせて三百冊を超えていた。わたしがコスプレを始めたのも、大学時代に真恵に誘われたからである。
見た目が超ハイスペックだから、オタクの世界に入り込まなくても彼女は充分バラ色の人生を歩んでいけたはず。それなのに「現実の男はつまらない」と言って、自分の武器を自ら使おうとはしない。姫にもなろうとしない。ちやほやされたいとは思っていないようだ。もったいないったらありゃしない。
そのおかげで、真恵はだいたいの女に対してマウントを取れるのだけれど。
たくさん撮られた?
真恵の何分の一?
笑わせてくれる。
でも、悪いことばかりではない。衆目を集める彼女がいたおかげで、わたしは気楽にコスプレをすることができた。何のコスプレをしても敵わないから、劣等感を感じることもあったけれど、そのうち慣れて、いっそ自分の好きなようにできた。美人の友達という立ち位置は、比較されることに耐性があればとても楽なものだ。どんなクオリティで何をしても、許されてしまう気がする。誰も気にしない「おまけ」だから。
次に鞄に入れるべきものは……日用品か。よし、荷造りはだいたい終わり。
「終わった? じゃあ、あっち行こうよ。寝る前にチューハイの一本くらいやるでしょ?」
「うん、そうする」
山、川、緑。
村役場より高い建物のない片田舎。
ぽつりぽつりと点在する集落のうちのひとつに、生まれ育った実家がある。表札に苗字に加えて「庄や」の屋号が記された実家は、自慢ではなく客観的にみて集落で一番の大きくて立派な、古い建物を構える。
壁よりも襖や障子で仕切られる日本家屋の我が家は、風通しの良い開放的な家のようで、その実いつどこから見られているかわからない、牢屋のような家だった。わたしの部屋にも壁がなく、当然、趣味を開けっぴろげに楽しむとか、好きなものを隠しておくとかはできなかった。プライバシーの不在という抑圧がそこにあった。
家に帰ると、お母さんが迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいま」
懐かしい挨拶もそこそこに、居間に通すより先に、荷物を自分の部屋に置いてくるといいと勧められる。自分の部屋、と聞いて心の中で笑ってしまった。真恵と暮らす部屋でさえ、それぞれに壁とドアのある自室がある。この家のどこに、わたしが安心できる自室があったというのか。まして、もう何年もそこに入っていない。
階段を上り、埃臭い部屋の襖を開けると、まず自分の勉強机と本棚が目に入った。趣味ではない、父さんや母さんによって埋められたつまらない書籍が並んでいる。その隣の箪笥には、いまは何が保存されているのだろうか。部屋の奥には、使ったことのない布団が畳んで置かれていた。客人用に綺麗に保存してあるものだ。
楽しみのなかった生活が思い出された。
そして、いまここには当時を上回る抑圧が横たわっている。
言われた通り荷物だけ置いて、茶の間に下りる。大きな座卓の上には、お中元か何かでもらったのであろうゼリーと缶ジュースが並べられていた。暑い中来たのだから麦茶のほうが嬉しかったが、ゼリーと一緒なら麦茶は合わない。
適当に一本缶を開けて喉を潤していると、お母さんがやってきて座った。
「お父さんはお昼寝していたの。起こしておいたから、もうじき出てくるよ」
と、そう言ったそばから襖がさっと開かれた。スウェットとポロシャツを着た、いまではすっかり総白髪になったお父さんが現れる。「ただいま」と声をかけてみたが、返事はない。そのかわり、手に持っていた紙の束をテーブルに投げつけた。
ばさり、と叩きつけられたそれがウェブページを印刷したものであるとは、見た瞬間にすぐ気がついた。
その内容を悟り、はっとする。
ページの先頭にはでかでかと「夏本番! 今年もレイヤーがエロい」と記されている。そのタイトルのすぐ下には、見目麗しいコスプレイヤーの写真が掲載されている。前のクールの注目作の主人公を模した服を着た、真恵が写されている。
そして、その隣に写る人物が何者かなんて、見るまでもなくわかった。自分で作った衣装を自分で着ているのだ、目の端に捉えるだけでも充分だ。
ふん、とお父さんは鼻を鳴らした。
「
長兵衛とは集落のはずれの農園の屋号。そこの息子は、わたしの幼馴染だった。
「その様子だとその記事を知らないようだな。見てみろ」
わたしは紙の束を手に取って、ページをめくった。
別に躊躇うことはない、よくあることだ。
少々下衆なスレッドの書き込みをまとめるサイトらしい。確かに、この手のサイトはうちのパソコンだとブロックされてしまう。竜太郎が教えてくれたというのは本当らしい。
そこで紹介されているのは、要するに欲情を掻き立てる女性たちの写真だ。わたしたち以外の女性の画像も数多くあり、多くは胸や尻を強調するような構図になっている。これを低い位置とか変な角度とかから撮っていたなら撮影者のマナー違反であり、わたしたちは被害者なのだが、そればかりでもない。そういうポーズで注目を集めたかったのだろうとわかる写真もある。
まあ、こういうサイトに載せられることもあって仕方がない。真恵が予想していたように、コスプレをすればそういう可能性もある。作品に登場する可愛い衣装は、時として男性の欲求に応えるためのものだから。
四枚目のページに、真恵がアップにされた写真があった。ただし、どれも顔や胸や尻や脚など、身体をパーツごとに拡大したものだ。様々な性的嗜好に基づいた、いやらしいコメントが続いている。
当然だ、真恵の魅力を見過ごすほうがおかしい。
お母さんが心配な声を上げる。
「真恵ちゃんよね、それ。一緒に住んでる子」
なに、心配することはない。いつものことだ。
でも、両親にとって最大の問題はそこではなかった。
「次を見ろ、お前だろう」
五枚目のページに、わたしが写されていた。真恵と同じように、男を愉しませるため意図的に身体の部分を切り取られたものだ。最初真恵に注目が集まってから、次第に、彼女に比べれば魅力に欠くわたしを面白がる輩が現れはじめた。ブスだとからかうところから、わたしにも性的なものを見出すようになる。「ツレも悪くない」とか「意外とエロい」とか。「ちょっと顔が悪いほうがそそる」とは、さすがに失礼だ。
「どういうことか、説明しなさい」
お父さんが声を低くした。
はあ、説明? 何を?
わたしの趣味のことを弁明する? いや、わたしはもう親に趣味をとやかく言われる年齢ではない。コスプレをすれば性的な目で見られるとわかっていたか説明する? いや、もちろんわかっていた。わかったうえで、そのくらい痛くも痒くもないと思っていた。この家にいたときの不自由からすれば、大きな自由を手にするための、ほんの小さな代償にすぎない。
だから、正直に言った。説明することはない、説明すべきことがわからない、と。
当然、お父さんは怒りだした。
確か、わたしの悪趣味を咎めたうえで、あまつさえ親に隠そうとしたことに立腹していた。自分も熱くなって言い返していたので、何を言い合っていたかはよく思い出せない。娘に向かって尻軽呼ばわりしたことだけは、ちゃんと憶えていたけれど。
習慣からして夕食まで二時間ほどある。家にいては窒息死しそうなので、外に出た。
お父さんが居間を出てから、お母さんが穏やかに言葉をかけてきた。興奮した娘を宥めようと。わたしも、お母さんはそういう振る舞いが上手いことはわかっているので、身を委ねてみた。
「もう大人なんだから、どんな趣味でもいいと思うの。私は」と切り出した。昔から家でもこそこそ何かしていたことは知っていたようで、そうまでして楽しみたい趣味だったのなら止める理由はない、と。わたしを落ち着けるためとはいえ、同情的で良い語りだった。「いまは色んな趣味のある時代でしょ?」とは余計な一言だったが。
しかし、余計な言葉が一言で終わらないのがうちの親だった。
それまでの態度を一変して、お母さんはわたしを責めた。上京を許したのは、わたしが東京の大学で学び、良い仕事を見つけたいと言ったからだ、と。誰も遊びに行っていいなんて言っていない。ここのところ帰ってこなかったのは、どうせ遊び惚けていたからだろう。ネットの写真が良い証拠だ。衣装を作ってイベントに出るなんて、お金がかかるに決まっている。しかもそれにすっかり慣れている。趣味に散財していないで、うちに帰ってこないまでも、貯金くらいしなさい。
なまじ最初の励ましのおかげで気分が落ち着いていたから、お母さんの叱責が頭から離れなくなってしまった。
家を出て向かう先は、竜太郎の家だ。この地で会う人といえば彼くらいのものだ。子どもの足で遊びに行ける範囲には、同じ年ごろの友達なんてほかにいなかったから、昔からずっと彼と一緒にいた。
とにかく、彼に会っておこうと思った。両親からは安易に思われるだろうが、家で喧嘩をしたときの駆け込み寺は彼のもとだ。それに、同窓会ではさほど長く話せないかもしれないし、ついでにネットの記事を両親に見せたことについて詰問しておかなければならない。
竜太郎には自分の趣味を明かしたことはない。恥ずかしかったから。姉弟のようなつもりでいたけれど、中学生くらいのときには、恋愛をするときが来たら相手は彼なのだろうな、と薄々思っていたものだ。いまでは恥ずかしい話。
目的の幼馴染は、ちょうど家に戻ってきたところのようだった。
「竜太郎!」
彼はこちらを振り向くと、「おお」と口を縦に大きく開けて声を上げた。
高校卒業後、彼は両親とともに農園を営んでいて、外向きには彼が農園の経営者ということになっている。まだまだ「吉兵衛のせがれ」なのだが、彼なりに工夫もしているらしく、観光農園として体験や果物狩りで人を呼び込もうとしていると聞いた。
曰く、この時間には農園の仕事を切り上げて、家に戻るのだという。お盆の時期ということもあり、きょうは十組を超える来客があったそうだ。忙しくて堪らん、と彼は笑った。
「夕飯には早いから、アイスコーヒーでも出そうか」
お言葉に甘えることにした。この時間なら迷惑にならない経験通りだった。生活のリズムは彼が高校生のころまでとそれほど変わっていなかったようだ。
玄関をくぐると、竜太郎のお父さんやお母さん、それにおばあちゃんにまで懐かしいと声をかけられた。そのたび竜太郎が「ほっといてやれよ」と言い返す。吉兵衛さんちはうちよりも訛りがきつく、垢抜けていない代わりにアットホームな雰囲気がある。「お久しぶりです」と言葉を返すたび、ちょっぴり嬉しい気持ちになった。
居間に座らされる。竜太郎が抗議した甲斐あって、ふたりで話すことができそうだ。
「ちょっと待ってろ、いま淹れるから」
「あ、お構いなく」
ひとりになると、つい部屋を見回してしまう。
子どもの時分には、失礼にも「うちより狭いな」と思っていた。畳の上に敷かれたラグが昔と同じようで、よく見ると別のものになっている。蛍光灯の紐に吊るされた指人形がなくなっているが、白熱蛍光灯の穏やかな光には違いがない。本棚は、昔からの絵本や児童文学が下の段に移って、空いた上の段には農業や経営に関する小難しい本がいくつか並べられていた。茶箪笥は、中にある客人用のグラスまで昔のままだ。デスクトップパソコンとプリンター、そしてルーターが新しく増えたみたいだ。
もうひとつ新しいものを見つけた。見たことのないサイドボードがあり、その上にはコルクボードがある。何を貼っているのだろうか。立ち上がって、確認してみる。
「あ、それか? 取材されたんだ、すごいだろ」
竜太郎が気づいて、台所から声を出した。ついでにガムシロップは要るかと尋ねられたので、要らないと答える。
コルクボードに貼られていたのは、旅行情報誌の記事だった。二冊買ったようで、切り抜かれる前の一冊がサイドボードに飾られている。記事のタイトルは、「イケメンのいる観光農園!」ページの右下の隅にごく小さく、笑顔の竜太郎の写真と一緒に農園の所在地が掲載されていた。
イケメン? 竜太郎が? そんなふうに見えたことはないけれど……中の上?
ネットニュースを印刷した紙の束もふたつ、同じ場所に並べられている。この田舎の観光農園が細々と話題になっているとは。田舎だから物珍しいのか? それともまさか、「イケメン」のおかげ?
「最初は村の観光サイトに載せてもらってさ、それからネットニュース。で、雑誌にも載せてもらったわけ」
竜太郎が自慢話と一緒にアイスコーヒーを持ってきた。わたしはサイドボードを離れて、彼と向かい合って座った。
「再来週フリーペーパーに載るんだ、高速道路の。来月は地元の新聞にも」彼の自慢話は尽きない。「なんかさ、フリーペーパーのほうは駆け出しのモデルがインタビューに来るんだって。楽しみだなあ」
鼻の下を伸ばす幼馴染がイケメン……イケメン?
この写真の彼に釣られて、若い女の子が農園を訪れるのだろうか。あれが話題のイケメン? などと指差されて、一緒に写真を撮るのだろうか。その女性たちを前に、色々と農園の紹介や体験の説明などを、ジョークを交えて語るのだろうか。
いずれにしても、想像がつかない。
そういう人がいたとして、竜太郎とは思えない。
「ところでさ」
自慢話が長く続きそうだったので、彼の話を遮って、問いたかったことを訊いた。
「ねえ、うちの親にわたしの写真が載ったスレを見せたでしょ」
すると、彼は「ああ」と気の抜けた声。
「そうそう、ありゃひどいよな。なんて書き込みをしてくれたんだ」
「ああ、それよりも。わたし、あの趣味のことは親に隠してたんだけど。おかげで、さっき喧嘩してきた」
それを聞いた彼は目を丸くした。
「そうだったか、それは悪かった。俺が知らなかっただけだと思って。うん、まあ、意外だったよな。ほら、友達と一緒だったみたいだから、付き合い程度かな、と」
そう見えるよね。真恵のついで。おまけ。
ちょっと腹が立ったので、意地悪な質問をしてみた。
「竜太郎はどうやってこのエロまみれのスレッドにたどり着いたわけ?」
「え、いや。たまたまな」
彼は言葉に詰まってアイスコーヒーで喉を潤した。それから「それにしても」と無理やりに話題を締めくくる方向へ変えようとする。
「それにしたって、どうしてお前が。……あ、気を悪くするなよ。何も、もうひとりのほうがキレイだからそっちだろ、とか、お前が注目される容姿ではない、とか言っているわけではないんだぞ。そう考えるのは掲示板の連中でさ。そうではなくて、お前をこういう目で見る奴らがいるんだなって。ほら、お前もそうだろ? お互いにそういうふうには見えないし、見たくもない。だから、うん……そう、うまく言えないんだけど。もっと別のものを見ろよっていうか、何もお前でなくてもいいのにさって感じ」
どの口が言うか。それはこっちのセリフだ。
胸の内でそう毒づいたとき、ぞっと背中を震えが走った。
どうしよう、もうコスプレできないかも。
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