第21話
この三年間、いろいろな学習をこなしてきた稚武たちは、もちろん紀伝や歴史も学んできた。最近の政史などもだ。
教師の講義はこうだった。
『さきの
そして勝利した穴穂は
大王は重く息をつき、視線を落として言った。
「……それを明かすつもりで、今宵そなたらを呼びたてたのだ。……わたしの兄上は―」
「お待ちください、大王」
言いかけた大王を制し、久慈が真剣な顔つきで
「風羽矢。これから大王がお話しになることは、本来、皇の方々しか知ってはならないことです。それを聞くからには、あなたにも相応の覚悟が必要ですよ。分かっていますか」
「はっ……はい」
風羽矢はぴっと背筋を正して答えた。なお念を押そうと口を開く久慈に、大王はいくらか不興をみせた。
「もはや前置きはいらぬ、久慈。わたしが風羽矢にも話しておきたいと言っているのだ。皇でもないお前が口をはさむことではない」
「……失礼しました」
大王はそのまま少年たちに向かった。
「二人とも、心して聞きなさい。他言は許されない」
「はい」
二人は声をそろえて答える。大王はゆっくりと語りだした。
「結論から言えば、
「習っただろうが、兄上はかつて日嗣の皇子だった。だが、わたしに向かって兵を挙げ、伊予に逃れるときに、玉と鏡を持ち去ってしまったのだ」
「伊予……たしか、
風羽矢が言うと、大王はそうだ、と頷いた。
「そのとき、我が秋津国はちょうど倶馬曾と交戦していた。伊予もまた戦地となっていたのだ。――兄上は玉と鏡に怨みの念を込め、自害なさった。だが、その直前に、あのかたは誰かに神器を託していたのだ……それが何者なのかは知れぬ。そうして、戦乱の中、神器の一つは確実に倶馬曾に渡ってしまった。兄上がそう仕向けたのか、たまたま倶馬曾兵に見つかって奪われたのかはわからないが」
稚武は呆然として言った。
「では……では、皇を呪っているのは、大王の兄上様なのですか」
「そうだ」
「兄が、弟の滅びを願ったというのですか」
「……そうだ。兄上はわたしを怨んでおられる。あのかたを死に追いやったわたしを、死してもなお、怨み続けている。そして神器は倭の禍となり、我らに敵対する倶馬曾に渡った」
「――俺が断ち切ります!」
稚武は叫ぶように強く言った。
「薙茅皇子があなたや俺を呪っているというのなら、そんなものは俺が断ち切る。禍にあなたを殺させやしない……っ。俺が、禍を殺します」
大王はほがらかに目を細めた。
「兄上が神器を持ち去り、わたしはそれを追って伊予に向かった。そして都に戻ってきたとき……
「はい」
稚武ははっきりと答えた。風羽矢もまた、稚武についていくために全力をつくそうと決意を新たにした。
少年たちが退出しようとしたとき、大王は「あぁ」と思い出したように言った。
「中菱は東に流すことにした。それから、そなたを騙して奥宮に連れ込んだ文官と女官も処刑しておいたよ。もう安心していい」
にこやかに言われて、稚武は目を剥いた。
「騙して……って。処刑、とは?」
大王は満足そうににこりとするだけで答えなかった。
稚武と風羽矢が青ざめて久慈を振り向くと、彼もまた笑って言った。
「当然の報いですよ、皇子」
(そんな…)
このとき、自分が軽率であったために二人の倭の民の命が失われたことを、稚武は生涯忘れることがなかった。
少年たちが退出し、大巫女が社に戻った後、大王も寝所に向かおうとした。そして、久慈がいつになく気落ちしているのに気づいた。
思い当たる節はあった。自分が「口をはさむな」と言ったせいだろう。
何かしらの言葉をかけようと口を開きかけた大王だったが、ふと真面目な顔をして言った。
「……久慈。お前になら、そろそろ話しておこうかと思う」
「は」
うつむいていた久慈は顔を上げた。
「お前のことは誰よりも信用している。 それに、大泊瀬について倶馬曾にも行ってもらうことになるからな……。わたしが心にしまっておいたことを、お前にだけは今、話しておく」
「はぁ……」
久慈は喜んでいいやら分からず、目を瞬かせた。
「これはあくまでも推測だ。邪推といってもいい。わたしはもはや、誰も信じられなくなっているのかも知れぬ。……だが、可能性は捨てきれない。調べれば調べるほど、符号は一致してきた」
「は、いったい何をお調べになってらしたというのです」
大王は鋭い眼差しをまっすぐ久慈の目に合わせた。
「風羽矢のことだ」
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