第二話~突然豚が降ってきたっ!~

 ブスガルト領を出発してから数日後、いや数時間後だったか?

 ようやく王都の別邸にたどり着いた。私はアンに案内させて、自室に荷物を降ろす。

 椅子に座り、一息つくと、屋根裏から半蔵率いるいがのしのびしゅうがぞろぞろと下りてきた。

 半蔵の指示に従いながら、私の荷物をてきぱきと片付けてくれて、非常に楽をさせてもらっている。

 ただ、一つだけ気になることがあった。


 いがのしのびしゅうの皆さん、なんでそんなにボロボロなの?


 まるで戦場にでも行っていたかのようにボロボロになっている。一体何があったのやら。

 ブスガルト領から王都までは道がしっかりと整備されており、警備もしっかりされている為、非常に安全だ。ファンタジーなライトノベルで定番の盗賊に襲われちゃうよイベントなんてほとんど起こらないだろう。

 彼らに一体何があったのか。ちょっとだけ気になる。


「半蔵、ちょっといいかしら」


「ん、どうしたでござるか、主殿」


「なんでみんなボロボロなの」


「それは……先に屋敷に入って主殿の荷物を整理するつもりだったでござるが……。疾風旅団という、極悪組織のメンバーが屋敷の中にいたでござる。ちょっとばかし戦闘になったでござる……。でも、キッチリ主殿の荷物を死守することに成功したでござるよっ!」


「いや、荷物より命を大事にしてよ……」


 疾風旅団。聞いたことがある。確か、麻薬の販売から人さらい、さらには人殺しまでなんでもやる極悪集団だったはず。

 同人誌でちらりと見かけたことがある。

 確か、主人公に破滅させられる悪役令嬢たちの一人に疾風旅団のメンバーがいた。

 なんでそんな極悪人がご令嬢をやっているのか不思議だが、そこはバカゲー仕様と思っておけばいいだろう。

 そんな怖い組織の人たちがなぜに、家の別邸にいるのか……不思議だ。

 まさか、お母様に関係しているなんてこと…………ないよね?


「主殿、これからのご予定はどうするでござるか?」


「荷物の片づけが終わったら、王都を見て回ろうと思っているの。お父様に訊いたらダメって言われたけど、お母様が半蔵を連れていくならいいよって言ってた」


「主殿の母上はいったい何者でござろうか。拙者のことを気配だけで見つけた上に、おそらくいがのしのびしゅうのメンバー全員についても気が付いているでござるよ」


 それは私が知りたい。お母様って本当に何者なんだろうね。

 そういえば、王都の屋敷に向かう前に、ここにお母様の部下がいるようなことをぼやいていたけど……まさかね。お母様が疾風旅団と関わり合いがあるとか、そんなことないよね。

 ないとは言い切れないところがアレなんだけど。まあいいや。


「私はあともう少し休憩して、ちょっと片づけたらキリがつくよ。半蔵はどう?」


「拙者はいつでも大丈夫でござる。ばっちこーいでござるっ!」


 頬を赤らめて、体をくねらせながら半蔵はそんなことを言った。

 こいつの頭の中は常にピンク色なんだろうか。一緒に王都を見て回るだけなのに、なぜ顔を赤らめる必要がある。意味が分からない。

 半蔵が顔を赤らめる理由、いつかわかる時が来るのだろうか。私的には一生こなくてもいい気がする。だって、普通に男の子と恋愛したいしね。

 私はそんなことを考えながら一息ついた後、後片付けを再開した。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆




 自分の片づけが終わったころ、半蔵がシュパッと私の前に現れる。ほかのみんなは忙しそうにしているけど、半蔵は暇なのかな。


「主殿が終わったようなので来たでござるよ」


「えっと、ほかのみんなはまだ作業中だよ。半蔵だけ抜けて大丈夫」


「みんなはいいって言ってくれたでござるが……」


 そう言って、半蔵がいがしのびしゅうに視線を移すと、皆いい笑顔を向けてきた。

 どことなく、猪野を彷彿とさせるその笑顔。

 うん、こいつら全員ロリコンだな。だから半蔵はなでなでという安い報酬で私にやとわれてくれたんだ。だって、部下に払うもんないもんね。

 こう、半蔵がアイドルのようなものなので、皆無償で働いてくれる、そんな感じかな。

 でもそれだと、いがのしのびしゅうの皆が可哀そうな気がする。あとで何かご褒美を上げなきゃね。

 とりあえず、半蔵も問題ないようだし、王都探検に行ってみようかっ!


 というわけで、私は屋敷を飛び出して、王都に来た。

 もちろん一人で…………。

 半蔵は一緒についてきてくれないのと、最初は思ったが、あの子も生半可な気持ちで忍びをやっているわけじゃないらしい。

 隣を歩きたいという気持ちを押し殺し、血の涙を流しながら、陰ながらついていくという選択肢を取ったほどだからな。


 そんなにつらいなら無理しなければいいのに、というのは言えなかった。さすがにそれを言ってしまったら、半蔵のプライドをずたずたに傷つけてしまうことだろう。


 なので私は一人で王都を散策することにした。

 が、屋敷を出てすぐにトラブルに遭う。

 私が歩いていた場所のすぐ近く、というか真横に何かが落ちてきた。


「ひゃぅ!」


 半蔵が一瞬だけシュパっと現れて、落ちてきたものを一瞬で確認した後、私のおしりを撫でて消えてしまった。

 なぜにおしりを触る必要がある、お前は変態おやじかっ!

 そんなことはさておいて、落ちてきたものが別に危険なものでなかったから半蔵はすぐに消えてしまったのだろう。

 いったい何が落ちてきたのか、よく観察すると、それは醜い豚だった。

 いや、豚の姿をした人間? オーク?

 この世界にはファンタジーに登場するような、魔物やらなんやらは出てこないはずなんだけど……ついに世界がバグったか。


「っくっくっく、我をよけるとは、汝はスイーツに愛されているとお見受けする」


 ん? 今全然よく分からないことを言われたような。あとすげぇ中二病っぽいな。

 めんどくさい感じがひしひしと感じられるよ。


 オークもといい、激太りした豚のような男の子はむくりと起き上がって、こちらを見てきた。この子、誰かに似ているような気がする。でも、誰だったか思い出せない……。マジで誰だ?

 名前が思いつかないほどの関係なのかなと考えていたら、衝撃的なことを告白される。


「我が名は、ベルトリオ・フォン・ロートリア・ハーメツン。ハーメツン王国の第二王子であり、王都では知らぬものはいない、スウィィィィツ王子である」


 男の子ーーベルトリオは決め顔で私に言ってきた。


 ベルトリオ…………ベルトリオってまさかっ!


 私はこいつを知っている。ものすごく知っているよ。

 こいつ、『恋愛は破滅の後で』の攻略対象の一人だ!


 ベルトリオ・フォン・ロートリア・ハーメツン。ハーメツン王国の第二王子で、俺様系な攻略対象の一人。

 気が強く、ナルシストで、喧嘩っ早い。あまり王子って感じはしない攻略対象だった。

 ちなみに、私が読んだ同人誌の中で、馬券を握りしめて叫んでいた王子とはこいつのことだ。

 ほかにも、ほかの攻略対と絡んでいる同人誌なんかもある。もちろん性的に……。

 男同士のBでLな同人誌では、大抵受け側だったな……。

 きっと俺様系の王子様が屈服させられてやられちゃうのがいいんだろう。私は知らんがな。


 そして、王子ということは私の従妹でもあったり。だけど、私はこいつと会うのが初めてだ。従妹なのになぜ……。

 そしてまだまだ疑問はある。


 そもそもなんでこいつ、こんなに太ってんだろう。

 私が知っている『恋愛は破滅の後で』のベルトリオは、俺様系王子様にぴったりな、スリムな男性だった。

 引き締まった筋肉とか、きゅっとしたおしりとかが一部の女子にかなり人気があり、おしりマウスパットが完売するほどだ。

 確か口癖は「ああ、今日の俺も一段と輝いてるぜ」だったっけ。

 そんな奴の子供時代がまさかオークとは……。

 世の中何があるかわからないものだね。

 だから私はくるりと回れ右して、そのまま立ち去ろうとした。

 だって、ベルトリオって私が一番嫌いなキャラクターなんだもの。こんなのと関わり合いたくないよ。

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