第三話~豚さん、意外とモテるのね~

「ちょーっと待ったっ! 汝、どこに行こうとしている。我が名乗ったのだ、汝も名乗るのが礼儀であろう」


 ベルトリオはドヤ顔でそう言った。そして私に近づいてくる。歩くたびに、ドスン、ドスン、と怪獣が歩いたみたいな音がした。

 絶対に人が歩く音じゃない。体重がいったいどれだけあるんだろう。不思議でしょうがないよ。

 近づいてきたベルトリオは、歩くたびに大量の汗を慣れ流し、匂いがすごいことになっていた。

 まだ春だから、夏ほど暑いわけじゃないんだけど、そこまで汗をかいて大丈夫なのかなって気持ちと臭くて近づきたくないという強い気持ちが湧いてきた。だから私はとっさにベルトリオから距離を取る。


「……汝、なぜ我から距離を取る」


「だって臭いし……じゃなかった。ハーメツン王国の第二王子様に近づくなんて、恐れ多いですわ」


「汝、今臭いとーー」


「気のせいですわ」


 危ない、つい口がすべてしまった。この国の法律は歴代国王のくだらない名言でできている。下手なことを口にすればたちまち破滅に向かうだろう。

 私はそれを人形バラバラ事件の時に理解した。

 いつやってくるかわからない破滅イベントにおびえるなら、いっそのこと破滅イベントが起こらないような行動をすればいい。

 もしかしたら、それで十年後ぐらいに起こるゲームの破滅イベントも回避できるかもっ!

 むふふ、これはいい考えだ。頑張ろう。


「なにやら考え事をしている様子だが、そろそろ名乗ったらどうなのだ、ん?」


 決め顔がうぜぇ。


「っち、私はヘンリー・フォン・ブスガルトですわ。私のお父様があなたのお父様の弟になります。つまり、私とあなたは従妹ということになりますわ。気持ち悪い……」


「今舌打ちをしたなっ! というか気持ち悪いってなんだっ!」


「気のせいですわ」


「…………そうか、気のせいか」


 ベルトリオは複雑そうな顔をしながら、納得した。こいつ、ちょろいな。

 私の前世の記憶にあるベルトリオはこんなキャラじゃなかったはず。一体何があったら、このオークが俺様系ナルシストのうぜぇ王子になるんだろう。


「まあいい、汝、我についてこい。我はこれからうまいスィィィィィツを食べに行くとこだったのだよ。従妹であるならば、ごちそうしてやるのが王子の務め。どうだ、来るか?」


 かっこよく言ったつもりなんだろうけど、言葉と行動がかみ合っていない。

 こう、初めて女の子に声をかけておどおどしている感じがする。

 それに、無駄に伸ばした言い方がすげぇうざいけど、一緒スイーツを食べに行こうよって、私にナンパしているのかな。

 やっぱりこいつは、私の知っているベルトリオなのかもしれないとちょっとだけ納得した。

 こうやって女の子に慣れていき、最終的には所かまわず手を出す狼になっていくんだね。

 んでもって、『恋愛は破滅の後で』の主人公に手を出した途端、フルボッコにされるんだ。可哀そうに。


 憐れんだ目で見ていると、ベルトリオがちょっとだけきょどった。初めて声をかけてみたけど、もしかして気持ち悪がられているのかな? みたいなことを思っていそうだ。

 まあ、気持ち悪いのは事実なんだけどね。


 なんか小物っぽいと思ったとたん、なんだかかわいい奴だと思った。

 見た目は気持ち悪いけど、私が大っ嫌いなベルトリオとは違うんだ。ちょっとぐらい遊んであげてもいいかな。


「はぁ、仕方ないわね。ついていってあげる。しっかりエスコートして頂戴ね」


「おおおお、おう、我に任せるがいいっ! さぁ、手をーー」


「それは遠慮しておくわ」


 そういうと肩をしょんぼりとさせた。愛いやつめ。だけどそれは出来なんだよ。

 手をつないだ途端、隠れている半蔵が何をするかわからないからな。今でも殺気みたいなものがひしひしと感じられる。

 トラブルにならないといいなーと思いながら、私とベルトリオは王都のお菓子屋さんに向かうことになった。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆




 ベルトリオについていた結果、たどり着いた場所はケーキ屋さんだった。

 店の名前はシャルロッテクロイツ。店の前にいるだけで、甘い匂いが漂ってくる。

 ここは女の子にはつらい場所だ。


 だって、店の前にいるだけで、涎が……。

 ここはおいしいケーキ屋さんなんだろう。いいなー。こんなおいしそうなケーキ屋さんが近場にあるなんて、王都って素晴らしいっ!


 でもついでにあれもあると私的にはうれしいんだけどな。こう、龍厨房りゅうちゅうぼうに匹敵するほどおいしい中華屋さん。

 ケーキと同じぐらい中華料理が大好きだからねっ!


「ここは我が知る中でもかなりおいしいケーキ屋さんである。マカロンやシュークリームなど、たくさんの種類のスウィィィィィィツがあるが、中でもショートケーキが絶品であるっ!」


「そうなんだー、店の前にいるだけでもすごくいい匂いがするもんね。きっと絶品なんだよっ!」


「そ、そうだ。あまりのおいしさに世界が変わるほどだからなっ!」


 ケーキの話になると、ちょっとばかし声のトーンが高くなっていた。ベルトリオは本当にスイーツが大好きなんだね。

 さて、店の中に入ろうとしたとき、周りから声が聞こえてきた。


「ねぇ見て、スイーツ王子よ」


「え、彼が行った店はどこも絶品といわれるあの?」


「きゃあああ、スイーツ王子様っ! 今日も最高のグルメリポートをお願いしますっ!」


「わ、私もあの店行ってみようかな?」


「あんた、太るわよ。私は太らない体質だから、食べに行くけどね。太る体質の人は可哀そう、っぷ」


 周りの女性たちが、ベルトリオを見てざわめきだす。こいつはかなりのスイーツ通なんだな。入った店はどれも絶品とは、食に対する、いやおかし対するセンスが素晴らしい。

 そりゃ周りの女性たちがざわめくわけだ。

 だって女の子は甘いものが大好きだからねっ!


 でも最後の奴。あれはダメだ。なにが「太る体質の人は可哀そう、っぷ」だよ。最低だよ。本当に最低だよっ!

 太らない体質の女の子は女の子の敵だっ! うらやましい……。


「何やら周りが騒がしいな。まあいい。ヘンリー、早く入ろうっ!」


 若干テンション高めにベルトリオは言った。スイーツが楽しみすぎてだろうか。私も楽しみだ。ショートケーキ、楽しみだなー。


 という訳で、ケーキ屋さんに入りました。中に入るとさらに強い匂いが感じられる。ガラスケースの中に並べられたたくさんのスイーツ。ショートケーキをはじめ、フルーツタルト、モンブラン、エクレア、マカロン、シュークリーム、ロールケーキとどれもおいしそうだった。

 中でもひときわ目立つのはダークベリータルト。ブルーベリーとブラックベリーを使ったタルト。こっちのほうがショートケーキよりも値段が高く、おいしそうなんだけど……ベルトリオが言うにはショートケーキが一番おいしんだよね。むむむ、迷っちゃう。どれを食べようかな?


「迷っているのなら、我がほしいものをすべて買ってやろう」


「っきゃ、素敵!」


 私は割と現金な性格をしているのかもしれない。さっきまで毛嫌いしているぐらいに、気持ち悪いとか舌打ちとかしていたけど、買ってくれる言ってくれただけで、素敵って……。


 まあいいよ。おいしいものが食べられてこっちはうれしいからねっ!

 でも……気にしなければいけないことがある。それは体重。食べたいものを食べてしまったら、家柄しか取り柄がない、残念令嬢になっちゃうっ! さて、どれを食べようかな。

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