第二章 スイーツ王子と盗難事件
第一話~王都に行くことになりました~
「ヘンリー、王都に行くから準備しなさい」
とある日の朝、お父様にそう言われた。唐突に言われたものだから、私は意味が理解できず首をかしげる。
なぜに王都に行くの。この時期に親戚の集まりとかあったっけ?
私は基本的に、このブスガルト領から出たことがない。親戚の集まりとして、王都に出向くぐらいだ。
親戚って言っても、お父様は王様の血縁者。つまり現王に会いに行くってわけだから、かなり緊張するイベントなんだよね。
んで、親戚の集まりといえば、年末あたりに開かれるパーティと年明けの家族団欒かな。
でも季節はまだ春だよ。この時期に集まりなんてあったっけ。わからん。
首を傾げ、もう少しで九十度に差し掛かろうとしたとき、お母様に肩をたたかれた。
「そんなに首をかしげるともげるわよ」
「はぁ、ですが、なぜ私が王都に行くことになったのでしょうか」
「あらあら、別に変なことはないでしょう。あなたは来年から王都の学園に通うことになるのよ」
「そういえばそうだった」
『恋愛は破滅の後で』の舞台である学園は、王都ハメツシタにあったりする。こう、破滅したっ! って感じがする名前が不吉を呼ぶような気がするけど、今は気にしないでおこう。
ということはだよ。私が学園に通うにあたって、先に王都に行きましょうって話なのかな。
「来年の学園初等部入学に向けて、これから王都の別邸で暮らしてもらうことになるわ。もちろん、私もいるから安心してね、ヘンリー」
「はい、お母様」
「あ、そうそう、そこの天井裏にいる子もヘンリーをよろしくね」
「っ!!」
「ん、シルフィーよ、天井裏とはなんだ?」
「何でもないわ、あなた」
現在天井裏には半蔵がいる。家にいるときもおそばにいたいというが、私個人で雇っている半蔵を誰にも知られたくなかった。
そのため天井裏にいてもらったりしているのだが、まさかお母様にばれているとは……。
本当に何者なんだろう、お母様。
「とりあえず、アンが手伝ってくれるはずだから、忘れ物がないようにするのだぞ」
「はいお父様……って、え? アンが手伝うの」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンっ! 庭師のアン、全力でお嬢様の身のお世話をさせていただきますぐへへへ」
半蔵ほどではないにせよ、人間離れした感じに現れたゲス顔のアン、とりあえず殴っておいた。
というより、アンって庭師に転職したんだよね。なのに私の世話をするっておかしくね?
「アン、あなたって庭師よね。なんで私の世話をすることになっているの。本当に庭師?」
「はい、私は庭師ですよ。それが何か?」
「私の世話って庭師の仕事じゃないよね」
「はい、ですが王都の別邸にも庭がありますので。私はお嬢様と一緒に別邸に移動になります。メイドの経験もあったりしますので、ついでに世話もしますよ。別邸に使用人は誰もいないですから」
え、別邸に誰もいないの?
でもさ、お父様って宰相様でしょ。領主としての仕事はブスガルト領で行うとして、宰相としての仕事は王都で行わないとだめだよね?
なのに誰もいないってどういうことだろう。
もしかして、お父様がすべてやっている的な感じなのかな? こう、単身赴任のお父さんみたいな感じかな?
「ヘンリー、どうしたの?」
「アンに訊いたんだけど、どうして別邸には使用人がいないの?」
「ふふ、使用人はいないけど、不在時は私の部下がいるから…………うふふ、なんでもないわ。聞かなかったことにしてちょうだい」
お母様の部下って何?
なんか誤魔化しているけど、ほんとお母様って何者なのっ!
さらに頭を悩ませる結果になったが、お父様が昼前には出発するということなので、私は自室に戻って準備することにした。
といっても、そんなに荷物はないんだけどね。
半蔵には複数人の部下がいるらしい。
なんだっけ、いがのしのびしゅうだったような気がする。その人たちに荷物をいろいろと任せれば大丈夫でしょう。
最低限の荷物だけ準備して、私は庭に向かった。
私がここを離れるということは、ムーちゃんのお墓参りが出来なくなってしまうということだ。
多分、長期休みになれば帰ってこれると思うけど、それまでに長い期間が開いてしまう。
誰かムーちゃんのお墓の手入れをしてくれないかしら。
そう思っていた時、静かな風が吹いた。突然だったため、少し目を細めてしまう。
視界が少しだけ狭まったその瞬間、シュパっと誰かが現れた。
半蔵かな、どうしたんだろう。
そう思って、ゆっくり目を開けると、知らないおっさんがいた。
「ふ、不審者が出たっ!」
そのおっさんは、脂ぎっているのか、全身てかてかしており、常時汗をかいている。若干臭い。
ふひぃと息を荒く吐き、笑みを浮かべるとにちゃりという音がした。
やべぇ、本当にやべぇ奴が来た。どっからどう見ても変質者だよねっ! どどど、どうしよう、誰か助けーーーー。
「そ、そんなに怯えるこったねぇだよ。オラはお嬢に仕えている忍びの一人だぁ。名前は
「…………えっ? 私に仕えているの、全然知らないんだけど」
「そら知らなくて当然だべよ。オラが仕えているのはリーダーの半蔵たんだべ。つまり、いがしのびしゅうのひとりだぁ」
「…………半蔵たん?」
「そうだぁ、半蔵たんは天使だべ。あの小さくて愛くるしい顔がたまんねぇだ」
…………こいつロリコンだ。やべぇ、私も幼女といっていい年齢だ。だって6歳だもの。どうしよう、襲われるっ!
「そんな引くことねぇだよ。オラは半蔵たん一筋なんだべ、お嬢を襲ったりしねぇださ。それに、お嬢を襲うものなら……」
「…………襲うものなら?」
「首が飛ぶだけじゃ済まねぇことがおきんべ」
あ、あー納得した。そりゃそうだね。いきなり私に求婚してくるほどなついている半蔵の部下だったな。もし私が襲われたら、半蔵が暴走する未来が見える。
じゃあ何しに来たんだろう。
「私を襲いに来たんじゃないとしたら、何しに来たの?」
「犯罪者にしか見られてねぇってなんだか悲しいんだなぁ。それもしかなねぇださ。こんな見た目してるおっさんがいきなり現れりゃそう思う以外に何も思いつかんべさ」
「えっと……なんかごめんね」
「いいだよ、気にせんでも。ひでぇ見た目していることはオラが一番よく知ってんべ。オラの見た目は今はどうでもいいんだなぁ。オラが来た理由はそれだぁ」
そう言って猪野が指さした場所に視線を移すと、そこにはムーちゃんのお墓があった。
「お嬢が一生懸命にお墓の手入れをしてんの、オラは知ってんべよ。だけど、これから王都に行かなあかんだべな? お嬢がここにおらん間、オラがしっかり世話してやんべ」
「え、いいの?」
「いいべさ。お嬢が喜ぶことをすれば、それは半蔵たんの喜ぶことをしていると同義だべさ。ならオラはやんべよ」
まさしくロリコンの鏡だ。世界中のロリコンが猪野のように紳士でいてくれたらいいのに。性犯罪者は消えちまえ。ロリータノータッチっ!
「じゃ、じゃあお願いねっ! ありがとう、猪野っ!」
「おう、任されたべさ。しっかり勉学に励んでくんべよ。半蔵たんのこと、よろしくたのむっべ」
猪野にもう一度お礼を言って、私は屋敷の中に戻ってきた。
これでムーちゃんのお墓について、思うことはなくなった。しっかり手入れをしてくれるんだ。ムーちゃんも喜ぶだろう。
そして準備が終わり、私は屋敷を出て家族みんなで王都に向かった。
その前に、半蔵とちょっとだけ話す機会があった。
ロリコンでも、紳士的な猪野は私の中で高評価だよ。だからリーダーである半蔵をほめてあげたんだ。そしたらーー
「はて、猪野なんてもの、拙者が率いるいがのしのびしゅうにいなかったような気がするでごいざるが……むむむ」
「え、そんな、じゃああの人は誰?」
「いやなに、拙者、部下の顔と名前を全員覚えていない故。拙者的には主殿以外割とどうでもいいでござるよ」
「もうちょっと部下を大切にしてぇ!」
まあそんなこんなで、半蔵をちょっとだけお説教した。
今度からの王都生活。半蔵、頼りにしているんだからもうちょっと頑張ってほしいものだ。
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