第十六話~一難去ってまた一難~
「やっぱりアン、お前が犯人だ」
「どっへぇぇぇぇぇぇ、なんでそうなるんですかっ!」
「真相はこうだ」
私はみんなの前で静かに語りだす。
アンは邪魔をしようとしたが、お母様のジャーマンスープレックスで沈められた。
公爵夫人がプロレス技とかこれいかに。
なんかいろいろと見えちゃいけないものが見えた気がする。ナイフとか、包丁とか、毒薬とか……。見なかったことにしよう。
アンが静かになったことを確認して、私は再び語りだした。
「今回起こった人形バラバラ事件。ことの発端は、私が気が付いてしまったことにあった。
昨日、アンが私の部屋にやってきて、一緒にお茶を飲んだわ。その時に気が付いたの。
それは私人形が破けていたこと。昨日の夜、それについて話していたわ。その時、アンが昏睡してしまう麻薬をハーブティーに入れた。
自意識過剰と思われてしまうかもしれないけど、アンはきっと私のために人形を直そうとしたのね。
ここで一つ、証拠を提示するわ」
私はここで裁縫道具を取り出した。それを見たケセラは肩をわなわなと震わせた。
「お、お嬢様? それは私のですよね。なんかこう、てかっているように見えるのですが、気のせいですか」
「見つけた時からぬめりが激しかったよ?」
「いやああああああああああああああああああ」
ケセラはメイド服が弾け飛んだ時よりも大きな声で叫び、真っ白になってその場に沈んだ。
確かにぬめりは酷いけど、気絶するほどかな?
まあいい、話を再開しよう。寝ている奴は起きたら話してやればいい。
「このぬめりの激しいケセラの裁縫道具。これを使ってアンは人形を直そうとしてくれた。ただ、アンにも苦手なことがあったんだ。
うまくいかない裁縫に苛立って、アンは力任せに人形を取り扱った。
事情徴収の時に、お父様、ゼバス、ポルチオが言っていたわよね。アンの奇声が聞こえたって。多分その時叫んだのよ。私は昏睡状態だったからわからなかったけどっ!」
昏睡状態、これだけ聞くとかなり危ない状態に感じられるけど、アンの麻薬のせいだから、たぶん大丈夫なはずだ。だけど、目は覚まさないだろうけど……。
「アンはそのままめんどくさくなって、人形を放置。そのまま部屋に出た。そして私が人形を見つけて事件になった。これが今回の真相よ。さあ、観念したらどうなの、アンっ!」
私は某推理ゲームのようにかっこいいポーズをとりながらアンを指さした。
だがーー
「すや~、もう食べられませんよ、お嬢様……」
そういえば、お母様のジャーマンスープレックスによって気絶していたよね。
かっこよく語ったはいいけど、犯人が聞いていないって……。なんだか渾身のネタが滑った気分になって恥ずかしい……。穴があったら入りたいよ。
「ふむ、結果は出たようだな。それでは、採決を取る。一体だれが犯人か、俺が合図したら犯人と思うやつを指さしてくれ」
「あの、お父様。一ついいですか」
「なんだヘンリー。何かわからないことでもあったか?」
私が犯人ではないと分かったお父様は、やさしい声をかけてくれた。これが6歳児の娘に対するまっとうな反応なんだと思うと、ちょっとだけ感動する。
その感動は隣に置いておくとして、その多数決的何かには致命的な問題があった。
「そこの二人は何もしなくていいんですか」
アン、そしてケセラは気絶しているのだ。それなのに多数決をしてしまっても……。
「別にいいだろう。気を失った奴が悪い」
そういえばそうでした。
『恋愛は破滅の後で』という乙女ゲームならぬバカゲーは、気絶したら発言できなくなり、さらには多数決にも参加できなくなる仕様だった。
そしてゲームオーバーになるまで、さんざん言われようのないことを言われた後、タイトル画面に戻るという屑仕様。ただ、かなりコメディー要素や珍推理が見れて一部の人には人気だった。
アンとケセラに発言権がないのはその仕様の名残だろう。ならいいや。
「という訳で、採決を取る。犯人だと思うものにーー」
全員がアンに指をさして、家族会議が終了した。
こうして、私は最初の破滅イベントを乗り切ることに成功したのだ。
ただ、この事件で私はいろんなものを失った気がした。
自分で自分の盗撮写真を見せびらかせちゃったしなー。なんかこう、汚れちゃった気がする。
はは、なんだろう。瞳に汗が……。
今は破滅イベントを乗り切れたことだけを喜んでおこう。私はそうやっていろんな感情が入り混じる自分の心を落ち着かせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、食堂にて皆が集まった。私たちはアンを囲うように椅子に座っており、アンは土下座していた。
「ひっく、うううう、お嬢様のために、お嬢様の笑顔のためにやったのに……。お嬢様と離れなきゃいけないだなんて……世界はなんて理不尽なの……うわああああああん」
これ、土下座じゃなくて、ただ単に泣いているだけだ。
こんな姿を見れば、誰だってアンが可哀そうだと思うかもしれない。
お父様もディランも、なんだか気まずそうな雰囲気を出している。
お母様はアンに興味がないのか見てすらいない。ケセラは「ざまぁ」と口走っている。ポルチオとゼバスは……無表情?
なんかこの家、冷たくありません?
まあ、私もアンが泣いたところで何とも思わないけどね。私のためにやろうとしてくれた気持ちはうれしいけど、盗撮とか盗撮とか盗撮とかっ!
その事実を知ってしまったせいで、変質者にしか見えないから、悲しいと全く感じられない。
むしろ自業自得だよ「ざまぁっ!」……あ、私も口走っちゃった。これじゃあケセラに何も言えないね。
そんなことを思っていると、アンが顔をガバッとあげて、「お嬢様、もう一度言ってくれませんか。なんかこう、ぞくぞくするものがあるんですっ」と言い始めた。むろん、蹴っ飛ばして黙らせた。
それからアンは荷物を持って去っていった。
アンがいなくなったあとはいつも通り朝食を食べる。なんだろう、ちょっとだけ味気ない感じがした。
私の小さな時から一緒にいてくれたそば付きメイドのアン。変質者がいなくなってうれしいはずなのに、心の中にぽっかりと穴が開いたような気持になってくる。
なんだろう、寂しいな……。
そう思ったとき、玄関あたりがかなり騒がしいことに気が付く。
私は、様子が気になって身に行くと、そこには追放されたはずのアンがいた。
「え、なんでアンが戻ってきてるの? 追放されたんじゃないの?」
「はい、仕事をクビなって屋敷から追放されましたよ?」
「じゃあ戻ってきちゃダメじゃない?」
「な、なんでそうなるんですかっ! お嬢様は私にいてほしくないんですか?」
「うん」
「うぴゃああああああああああ」
あ、反射的に「うん」と言ってしまった。さっきまで悲しいと思っていた気持ちが嘘のように引いてしまったせいだろうか。
世の中不思議なことがあるんだね。
「確かに、メイドはクビになりましたが、私にはこれがあるのですよっ!」
そう言って、アンが見せつけてきたのは一枚の紙だった。どうやら仕事の求人募集をしているパンフレットだ。それが何?
アンが、「ここをよく見てください」というので、しっかり見ると、そこにはーー。
「な、なんですってっ! ゼバスとポルチオは屋敷の庭師を募集していたのっ!」
あまりの驚きに大きな声をあげてしまった。
まさかあの二人、こうなることを知っていたから無表情だったのっ! それなら納得できるわ。
お父様もわかっていなかったようだったけど、あれ? 知らなかったのかな。
まあ、何はともあれ、今回の破滅イベントは誰も不幸にならずに終わったみたいだ。
「という訳で、新米庭師、アン。これからもお嬢様のために頑張っていきますので、よろしくお願いします、ぐへへへ」
「とりあえず、そのゲスな笑みはやめなさいよっ!」
「きゃー、お嬢様が怒ったっ!」
ったく、この駄メイドは……。
まあ、いいや。これでいつもの日常が戻ってくる。今はそれでよしとしよう。
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