第五話~破滅回避の力を手に入れました~

 出汁をしっぽり取られたムーちゃんの遺骨を庭に埋めてあげてお墓を作ってあげた。

 あの時流していた涙を私は忘れない。

 きっと迷子になっちゃって寂しかったんだよね。家の庭は広いから、きっと怖くて寂しくて、私を見つけられたときは本当にうれしかったんだろう。


 それなのに胃袋に入れちゃって……。ムーちゃん、ごめんなさい。いいお味でした。


 ムーちゃんのお墓の前で祈りをささげていると、後ろからガサゴソと音が聞こえた。

 振り返ってみると、庭の手入れに使いそうな道具を担いだおじさんがいた。


「やあお嬢様、そんなところでどうしましたか」


 この人はポルチオ。ブスガルト家の専属庭師。ピンクのお花とかが大好きで心も優しいおじいちゃん。

 最近は年のせいか体が痛いとよく呟いているが、バリバリで働く62歳だったりする。

 ちなみに、弟子募集中らしい。年なのに広い庭を一人で手入れするのも大変だよね。どうにかしてあげたいけど、子供の私には何もできない。ちょっともどかしい。

 そんなポルチオは優し気な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。

 私はその笑顔に答えてあげたかったけど、ムーちゃんのことがあったせいでそこまで笑えなかった。


「ムーちゃんのお墓を作ってあげたんです」


「お嬢様は優しいですな。殺されかけたというのにお墓まで作ってあげて」


「ムーちゃんは私に危害を加えようとしていたわけではないと思うのです。きっと寂しかっただけ。それなのに食べてしまって……」


「おいしかったですか?」


「はいっ! それはもう素晴らしいお味でした」


 っは! つい笑顔で答えてしまった。おいしかったのも食べたのも事実だけど、それを喜ぶのはなんかすごく不謹慎な気がする。

 それに、なんでみんなおいしかったか聞くのかな? やっぱり、生まれた国の法律が当たり前だからおかしいと疑問に思うことがないのかな?


「ほっほっほ。それはようございました」


 いやいや、よくないよ。ムーちゃん死んじゃったよ。


「いくらペットといえど、ワシらは人間でムーはウリボウ。つまり食材です。おいしく食べていただけたのならあやつも本望ですよ」


「本当にそうかな……」


 食べるために飼っているのと愛玩動物として飼っているのは意味が違う。でもこの世界はそのあたりがごちゃ混ぜになっているのかな。考え方によってはポルチオの考えも納得できそうな気がする。


「でもお嬢様にはまだ早いようですな。複雑そうな顔をしていますぞ。きっと大人になったらわかる時が来ます」


 一生わかりたくないなー。


「祈りを捧げているところ邪魔してすいません。ワシは他のところの手入れに行きますので」


「なんかごめんなさいね、お仕事の邪魔をしてしまって」


「いえいえ。それに祈りを捧げられているムーも喜んでいるでしょう。ではこれで」


「お仕事頑張ってください」


 ポルチオが行ってしまうのを見送った後、私は再びムーちゃんのお墓に祈りを捧げる。

 感傷に浸っていると、またしてもガサゴソと音が聞こえた。

 また誰か来たのかと思って後ろを振り返ったが誰もいない。

 でも音が聞こえる。

 も、もしかして幽霊? 実はムーちゃんは怒っていて化けて出てきたとか? どどど、どうしよう。


 私はびくびくしながらあたりを見渡した。怯えすぎてどこから音が聞こえてくるのかを気にせず周りをきょろきょろとしていて全く気が付かなかった。


 数十秒して音が上から聞こえてくることに気が付いた私はガバッと上を見上げる。

 すると、木が激しく揺れていた。


 なにあれ怖っ!


 鳥が止まったとかそういう揺れじゃない。何がいるのっ!

 それに、なんか声が聞こえる。女の子の声?

 人の声だと分かった瞬間、恐怖心が引いていった。それと同時にちょっとだけほっとした。

 ムーちゃんが化けて出てきたわけじゃないんだ。よかった。

 じゃああれはいったい何だろう。


「ねぇ、そこに誰かいるの?」


「あひゃい、ば、ばれてしまったでござる」


 ん? ござる? なぜに語尾がござるなの。ここって中世ヨーロッパ風の世界観なんだよね。

 そう思って首をかしげていると、木の上から私と同い年ぐらいの女の子がシュパッと降りてきた。

 その女の子は俗にいう忍びのような恰好をしていた。

 待って、ここは日本じゃないんだよ。なぜに忍びがいるのっ!


「うう、見つかってしまうとは修行不足でござる。でも、あなたがかわいすぎるからいけないのでござるよ」


 え、誰? 家で働いている子じゃないし、ほんと誰? もしかして、不審者。でもかわいい女の子の声なんだけど。


「ねぇ、あなたは誰?」


「むむ、自己紹介すらしていなかったでござるな。拙者は服部半蔵と申す。いがしのびしゅうのりーだーをやっているでござる」


 どうしよう、ツッコミどころの多い子が現れた。

 ここは乙女ゲーム『恋愛は破滅の後で』の世界。つまり中世ヨーロッパ風の世界観だ。

 なのに忍びってどういうこと?

 それに伊賀の忍び集って。伊賀って三重県の伊賀市あたりだよね。昔はそこに忍びの里があったとかなかったとか。

 そして今は観光名所として忍び博物館みたいなものもあったり……。

 昔はかなり人でなしな忍びを輩出していたところだったらしいけど、まさかそこの出身っ!

 ほんと、世界観がぶち壊しなキャラが来たね。


「ここら辺に伊賀って場所があるのかしら」


「いがはこのあたりにある隠里の名称でござる。たまに伊賀の里と間違える不届きものがおるでござるが」


 ん? まったく意味が分からなかった。どういうこと。


「なにやら不思議に思って居るようなのでしっかり説明するでござるよ。紙とペンはあるでござるか」


「はいこれ」


 ポケットに入れっぱなしにしていた紙とペンを半蔵に渡す。

 何かゲーム情報を思い出したときにメモをとれるように持っておいたんだけど役にたったよ。


「えっと、拙者の里の名称は『いががのさと

』と書くでござるがたまに『伊賀の里』と勘違いする輩がおるのでござる」


「え、同じじゃないの」


 私的にはひらがなで書かれているか漢字で書かれているかの違いにしか見えないんだけど、一体何が違うのだろう。


「全然違うでござる。『伊賀の里』には人の首を刈り取ることに快楽を覚える犯罪者の里であり、拙者たちの『いがのさと』は正真正銘の忍びの里でござる。昔『伊賀の里』には首狩りシルフィーと恐れられていた者がおり、そのせいでヤバイ噂が広まったのでござる。読み方が同じせいで拙者たちの里も犯罪者のように思われてしまい……うぅ」


「それは災難だったね」


 首狩りシルフィー。お母さんと同じ名前だけど……まさかね。そんなわけないよね。だってお母さんは公爵夫人だし、すごく優雅でのほほんとしているし、違うよね。まあいいや。


「それであなたは何をしていたの。まさか、不審者」


「そそそ、そんなんじゃないでござる! 拙者はただあなたを見ていただけでござる」


 それを俗にストーカーという。こいつは犯罪者だ。警察に突き出さないと。この国に警察っているの?


「おお、その冷めたような視線。ご褒美でござる」


「しかも変態かよ。どうしようもないな」


「拙者、決めたでござるっ!」


「え、何を? このまま警察に突き出すから最後の言葉になるけど聞いてあげる」


「け、警察に突き出すのは…………」


 この国に警察はいるんだ。なんか世界観ごちゃごちゃ。憲兵じゃなく警察かー。不思議だー。


「んで、言い残すことは」


「拙者と結婚を前提に付き合って欲しいでござるっ!」


「ごめん、無理」


 私にはそんな反応しかできなかった。いきなり求婚とかないわ。しかも女の子同士って、この子の頭はどうなっているんだろう。

 いや、ほんとないわー。


「あぁ……その冷めた視線。最高でござるっ! あとごめんなさい」


「求婚されて振られたっ! なんだろう。かなり悲しいような気がする。傷ついたっ!」


「違うでござる。そうじゃないでござるよ」


「何が違うっていうのよ。とっとと警察に突き出してやるぅ!」


「ちょっと本音が漏れてしまっただけでござる。いきなりけけけ、結婚なんて、はぅ」


 なんだろう。この子かわいいな。


「なのでおそばに仕えさせてほしいでござるっ!」


 仕える? それってつまり、私の部下になるってことだよね。

 この子のような忍びが仕えてくれたら、破滅の運命が待っている私にとって強力な力になるんじゃないだろうか。

 地球でも情報は協力な武器となっていた。情報を制する者が戦争に勝利できる。

 だけどお高いんじゃないの?

 人を雇うんだよ? そこそこのお金がいるはずだ。こりゃ無理だな。


「ごめんなさい、私はお金を持っていないの。人は雇えないわ」


「いえいえ、ご褒美になでなでしてくれたらそれでいいでござる」


「安いのね君っ! 安すぎるよっ!」


 という訳で、私は半蔵を雇うことになりました。ご褒美のなでなでって、それで暮らしていけるのか不安なんだけど。たまに差し入れしてあげよう。うん、それがいい。

 これで、破滅回避に向けた力を手に入れることができたっ!

 よしよし、順調だ。絶対に破滅を回避してやるんだからっ!

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