第六話~街に行ってみたい~
半蔵を雇ったことで私は強い力を手に入れた。情報という名の強い力だ。暗殺とかもできそうだけどそれは最終手段ってことで。
私には情報が足りない。だって原作のゲームをプレイしたことないんだから。だったらまずは情報集めをしなきゃ。破滅の運命まであと十年間。時間だけはあるんだから集められるだけ集めておかないと。
法律についてもそうだったけど、私はこの国について知らなすぎる。6歳児がすごく知っていたら逆にホラーだけどね。
そんなかわいげのない子供が自分の子だったら、涙が出てくるかもしれない。
いや、天才児が生まれたと喜ぶべきか?
どっちかっていうと問題児な気がする。
という訳で、街に出よう。いろんなものを見て感じて知るのも情報収集の基本だよね。
だって謎解き系のゲームだと調査パートでいろいろ動き回っているしね。これもゲーム知識だけど、まあいいや。
でも、6歳児の子供を一人で街に行かせるなんてことするはずがない。
お母様もお父様も反対するに決まっている。
それに私は一応公爵令嬢だったりする。もしかしたら犯罪に巻き込まれるかも。
そして白馬に乗った王子様が救いに来て……きゃっ!
「主殿、なんか顔が赤いでござるよ。ま、まさか好きな男でもできたでござるか。それはだめでござる。拙者というものがありながら浮気など……」
「……半蔵、いつからそこにいたの?」
気が付くと後ろに半蔵がいた。気配もなく忍び寄るものだからちょっとだけびっくりした。
「何を言うでござるか。拙者はいつもそばにいるでござる。寝るときも起きるときも食事をするときも、それこそお風呂やトイレにいるときも……」
「待って、それ以上言わないで」
こいつ、筋金入りのストーカーだな。こんなの雇って大丈夫なんだろうか。
なんかこう、貞操の危機を感じる。
「半蔵、私はこれから街に出かけたいの」
「知っているでござる。拙者が陰ながら守るでござるから安心してくだされ。では」
半蔵はシュパッと姿を消した。あれだけ見ると素晴らしい忍者に見えるから不思議だ。あの変態っぷりは治らないかしら。治らないんだろうなー。
さて、街に行きたいところなんだけど、一人じゃ絶対にだめだろう。
ということは、一人じゃなければいいんだ。
幸い、ブスガルト領の治安はかなりいい。というかこの国自体治安はかなりいいんだ。
それこそ前世の記憶に映し出される日本ぐらいに治安がいい。
とはいっても、公爵令嬢でしかも6歳児の子供が一人で街を歩くのもなんか問題になりそうだよね。
という訳で、アンに付き添ってもらおう。
あいつ、そば付きのメイドという割にそばにいないんだよな。
どこにいるんだろう。使用人室にでもいるかな。
とりあえず使用人室に移動することにした。
使用人室を軽くノックすると、部屋の中から「どうぞ」と声が返ってきた。私はドアノブを回して扉を開ける。
「お、お嬢様っ! アンが戻ってきたと思って返事をしてしまいました。申し訳ありません」
そんなことを言いながら豊満な胸を強調させるエロメイド。こいつは家のメイドの一人で名前はケセラという。
性格自体はかなりまじめで、仕事もそつなくこなす、アンとは比べ物にならないぐらい優秀なメイドだ。
ただ、ちょっと問題がある。
それはこいつの体がとにかくエロイ。メイド服のスカートは短く改造しているし、胸はでかいし腰回りは大きいし、くびれがくっきりしている。こう、ボッキュッボンを体現したようなメイドだった。
お父様ですら鼻の下を伸ばしてしまう始末だ。そのせいかお母様には嫌われているんだよね。
私もこのメイドは嫌いだ。見ているだけでなんか女として負けた気になってくる。
嫌いなのは体だけなんだけどね。
「ごめんね、お仕事の邪魔してしまって。アンは…………いないようね。どこに行ったの?」
「えっと……アンは…………」
ケセラは視線を泳がせ言い淀む。なんかすごく気まずい状況になった。
あいつ、マジで駄メイドだ。ほんと、どこ行ったの。
「アンは…………一発当ててくると競馬場に……」
「マジで何やってんのよ、あの駄メイドはっ!」
仕事をほっぽり出して競馬場に行くって何? 駄メイドどころじゃない気がするんだけど。
というかこの国に競馬場なんてあるんだ。世界観ぶち壊し過ぎってんな。
よくよく思い出せば競馬場イベントを使った同人誌があったな。
確か、馬券を握りしめて「そのまま行けーーーーーーーー、よっしゃあああああああああ」と叫ぶ、攻略対象の第二王子を冷めた目で見つめる主人公とどこかに通報するヘンリー。そして二人が結ばれるっていう百合な同人誌だった。
その同人誌に描かれたイベントについてはネットで原作の情報を調べたことがあるから覚えている。原作ゲームだと、何かの事件の調査のために競馬場に行った主人公が馬券を握りしめた攻略対象とばったり会っちゃう奴だった。そして壁ドンからの胸キュンする。
ほんと、乙女ゲームってなんだろうね。
「お嬢様はどうしてこちらに?」
「えっと、街を見てみたいからアンと一緒に行こうかと思ったんだけど」
「まぁ! 引きこもり気味のお嬢様が外に出たいと。なんと素敵な日なんでしょう」
恍惚とした表情を浮かべるケセラにドン引きした。なんだろう、喜んでいるみたいなんだけどかなりエロイよ。その表情だけで18禁指定されるから。
というか、私って引きこもり設定あったんだ。なんかこう、悪役令嬢って子供の時にちやほやされて傲慢に育つイメージがあるんだけど。
「あれほどお屋敷から出るのを嫌がっていたのに、つい外に興味を持たれたのですね。でしたら私が付いていきます。準備してきますのでしばしお待ちください」
そう言ってケセラは移動しようとしたのだがーー
「きゃああああああああああああ」
スカートの裾を謎めいた黒い物体に引っ掛けた。今まで気にしないようにしていたけど、あの黒い物体は何?
「うぅ、服が弾け飛んでしまいました。これではお嬢様と一緒に街にいけません……」
「なんでスカートの裾を引っ掛けて下着以外のすべてが弾け飛ぶのよっ! いろいろとおかしいでしょう」
「うう、ごめんなさい。ごめんなさいぃぃぃ」
泣いて謝るケセラ。それよりも服を着てきなさいよ。何下着姿で泣いているの。私が悪いことしているみたいじゃない。
「うう、なんで私はこんなにドジなんでしょう。スカートの裾を引っ掛けて服をダメにしてしまうなんて」
「それなら早く着替えてきなさいよ」
「そ、それが……奥方様から言われていることがありまして」
「それは何?」
「服が弾け飛んでしまったら一日それで過ごしなさいと」
「お母様っ! そんな残酷なことをおっしゃらないでっ!」
「いいんですお嬢様。仕方がないんです」
「…………どういうこと?」
何もいいことない気がするんだけど。乙女としてそれはどうなんだろう。それに、服をダメにしたら下着のままで過ごせってセクハラじゃないのかな? これこそ法律に引っかかりそうなんだけど。
「その……すぐに服をダメにしてしまうので、奥方様は服にかかる経費削減と罰だとおっしゃいました」
「なるほど、ケセラはそれほどまでに服をダメにしているのね」
「はい、それに今思えば私は外出禁止を言い渡されていました」
「それまたなんで?」
「お外でも同じようなことをしたことがありまして……」
お母様の判断は正しい。こんなエロイ体をしているメイドが突然服を弾け飛ばした日には、どんな事件が起こるかわからない。
お母様はケセラが嫌いだと思っていたけど実は違うのかな?
本題からかなりズレてきたところで、ようやく思い出した。
私は街を見に行きたかったんだった。
でもあれ、ケセラがダメなら私はどうやって街に行けばいいんだろう。お父様は仕事をしているはずだし、お母様は神出鬼没だし、どうすればいいのかな。
首をかしげながら、ケセラに訊いてみることにした。
「ケセラがダメだったら誰に頼めば街にいけるの?」
ケセラは豊満な胸を腕で隠しながら申し訳なさそうに答えた。
「その、すいませんでした。今ならディランが大丈夫かもしれません。ゼバス様のところにいると思います」
「なるほど、ディランがいたか。よし、行ってくるね。あと、アンが戻ってくるまでこの部屋で一日中待機していてね。アンが戻ってきたら服を取りに行かせて今日はそのままお仕事終わりってことでよろしく」
「え、そんな……」
よし、これでお父様が鼻を伸ばすようなことにはならないはず。あれを見たお父様が鼻を伸ばすとお母様が荒れるからね。
言いたいことを言った後、満足げにうなずいた。これで大丈夫だろうと自分に言い聞かせて使用人室を出る。そしてゼバスとディランがいる場所を目指して再び屋敷内を歩きだした。
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