第三話~この世界は禄でもない~

 ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえた。


 これが……朝チュンか。

 そんなバカなことを考えながらベッドを起き上がる。


 昨日は頭の中が破滅回避について埋め尽くされていたからか、気が付いたら寝ていたようだ。


 でも、安静にしていたおかげで怪我の痛みは引いてきた。

 ムーちゃんにやられたところをさすってみても、特に何も感じない。いや、若干くすぐったくは感じるが、まあその程度だ。

 昨日はムーちゃんにやられて何も食べられなかったから、ちょっぴり空腹を感じる。その証拠に、おなかがぐーっとなった。


「おなか減ったけど、アンを遠ざけてしまったし、どうしよう。どうやって人を呼べばいいかな」


 そう呟くと、突然部屋の扉が開いた。


「お嬢様っ! おなかが空きましたか? そう思って料理を持ってきましたっ!」


「ちょ、なんでわかるの。超能力でもあるの?」


「いいえ、扉の前で聞き耳立てていたら、お嬢様の部屋からぐーって音が鳴ったのでっ! おなかの音ですよね。そうなんですよねっ!」


 う、うぜぇ…………。


 おなかの音を聞かれるのってちょっと恥ずかしい気がしたけど、アンのせいですべて吹っ飛んだよっ、うざい、うざすぎる……。


「……それで、私のおなかの音を聞いたあなたは一体何しに来たの。もうご飯を持ってきてくれたの?」


 声質をすこし低くしてアンに言ってやった。聞き耳立てるとかメイドとしてどうなの? 私も怒ってるんだぞーというアピールをしたつもりだったのだが、アンは笑顔で受け流す。ちょっと悔しい。


「そうですよ。今日はとっておきのごちそうですっ」


 なんだろう、かなりいい匂いがする。そのおかげで私のおなかが再びぐーっと鳴った。

 うう、本当におなかすいた。この匂いはある意味で拷問だよー。

 口の中に唾液が溜まっていくのを感じつつ、アンの料理をワクワクしながら待った。


「じゃじゃーん、ぼたん鍋ですっ! アツアツのうちにお召し上がりくださいっ!」


 お、おう。なんか鍋が来た。ぐつぐつと煮立っている鍋からはいい匂いが漂ってくる。


 おいしそうだよ。本当においしそうだ。ぼたん鍋なんてなかなか食べられないしね。

 だけど二つほどツッコミたい。


「ねぇ、この国に鍋料理なんてあるんだ」


「ありますよ~。何言ってるんですか、お嬢様っ…………はっ! まさか、ボケてきて……」


「ち、違うわよっ!」


 アンがうざすぎて怒鳴ってしまったが、この国に鍋料理はあるんだ。ぼたん鍋っていえば日本の料理ってイメージがある。

 ポトフとかチゲとか、海外由来の鍋もあるが、ぼたん鍋が海外から来たという話は一度も聞いたことがない。うん、日本の料理だ。


 そんな鍋が……まさか、中世ヨーロッパ風異世界に出てくるなんて。

 まぁ、あのバカゲーを作ったのは日本人なわけですし、世界観ぶち壊しの料理が出てくるのは納得できるが、いざ現実となると何か違和感を感じる。なんか日本文化が混じっていません?

 まあいい。これは置いておこう。


 それよりももっと疑問に思っていることがある。

 それは…………。


「ねぇ、なんで鍋なの?」


「なんでといわれましても……ウリボウの料理なんて鍋しか知りませんし…………」


 現在の季節は春。ちょっと温かくなってきた今日この頃。私はメイドによって鍋を食べさせられそうです。熱いよ。この時期に食べる料理じゃない。


「でも、アンが作ってくれたわけですし、ちゃんといただきますね」


「はい! もりもり食べてもっと大きくなってくださいねっ!」


 それは余計だ。ってかどこのこと言ってるの。アンはさりげなく自分の胸を強調しているけど、大きくなってくれってそこのこと言ってるのっ! 6歳児に何言ってんだ馬鹿メイドっ!


「……はぁ。まあいいですわ。いただきます」


 ジビレ肉って固いイメージがあるんだけど柔らかいんだね。野生の動物って家畜みたいに太らされていないし必要な筋肉しかついてないはず……。

 ところで、いつイノシシを狩ってきたのかしら? 狩猟に行くなんて聞いていないんだけど。子供だからって教えてくれなかったのかな?


「アン、これすっごくおいしいよっ!」


「ウリボウを使ったんです。狩猟時期と被らないのでなかなか手に入らない食材なんですけど、なんか入ったんで頑張っちゃいました」


「へー、そんな偶然もあるのね。それにしてもおいしいなー」


 肉は柔らかいし、野菜もおいしいし、この暑さがなければ最高なんだけどなー。

 このスープは何かしら。豚骨?


「出汁まで骨からしっかりとりました。この鍋はアンのすべてが入っているのです、えっへん」


「いや、そんなドヤ顔しなくても本当においしいからね」


 あまりのおいしさに、私は暑さを我慢しながら鍋を食べ続けた。

 でもこの時、私は知らなかった。私が一体何を食べていたということを。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆




「ふひぃー、食べた食べたっ!」


 おなかを擦るりながらソファーに深く腰掛けた。さすがはお貴族様のソファー。座り心地が大違いだ。なんだか感動する。


「お嬢様、はしたないですよ」


「そういうアンこそどうなのよ。それは乙女として問題あるんじゃない? もうツッコミを入れないけどさ」


 なんとアンは逆立ちをしていた。メイド服だったので下着が丸出しだ。ブラのほうもちょっとだけ見えている。

 そんな状態のアンにはしたないと言われる私はいったい何なのだろうか。納得いかない。

 しかもアンはその状態で腕立て伏せを始めた。

 あんなの映画の中でした見たことない。逆立ち腕立て伏せなんてリアルでやる人いるんだ。

 あ、ここはバカゲーの世界だった。おいしいぼたん鍋のせいだね。自分の運命のことすら忘れていたよ。

 でも、うーん。運命回避について考えるのも重要だけど、女の子にとって同じぐらい重要なことがある。体重大事。特に貴族のご令嬢でぶくぶく太っていたら、取り柄が家柄しかなくなっちゃう。だってそうでしょう。教養と家柄と美しさぐらいしかないんだから。そうだよね?

 という訳で、ムーちゃんとお外で遊ぼうっ!


「アン、私はムーちゃんと遊んでくるっ!」


「えぇっ!」


 なぜにそこで驚く。何も驚く要素なかっただろうに。


「お、お嬢様。もしかしてこの国の法律を知らないんですかっ! 公爵令嬢なのにっ!」


 うぜぇー。6歳児に何を求めているんだよ。6歳で法律知っている奴なんてほとんどいないから。


「…………で、なんなの。喧嘩売ってるの?」


 猫が威嚇するかのようにアンを睨んでみたが、またしても笑顔で返される。いつか泣かせてやる。


「いえいえ、そんなもの打ってませんよ。喧嘩って麻薬ですか。なんでそんなもの知ってるんですか、やーこわいっ!」


「そんなことより法律とやらを教えろ。いい加減うぜぇ」


 マジうぜぇこの子。こんなうざい子が世話係なんて……破滅の運命を迎える前にストレスで死ねる気がする。


「もう、ちょっとした冗談じゃないですかー。えっと、さっき驚いた理由ですよね。ムーちゃんのことですよ」


「ムーちゃんがどうしたのよ」


「そこにいますよ?」


 アンが私の方を指さした。後ろにいるのかなと思って振り返るとそこには誰もいなかった。

 え、何。怖い……。


「いえいえ、後ろじゃなくってそこですってっ!」


 またしても私を指さした。後ろじゃないなら一体どこを……はっ!

 ま、まさか……。

 おなかを擦ると、アンはにんまりと笑いながらうなずいた。


「さっきおいしくいただきましたっ! 私、ウリボウを捌くのは初めてだったので苦労したんですが」


「な、なんで。なんでムーちゃんを捌いちゃうのっ! なんで、なんでっ!」


 ほろりと涙が出てくるのを感じた。ムーちゃんは私にとって家族のようなもの。大切なペットだったのだ。前世の私というより現世の私の気持ちなんだと思うけど、悲しみがあふれ出してくる。

 そんな私を見てもけろっとしているアンは、笑顔でこう言った。


「何言ってんですか。当たり前ですよ。この国では人に危害を加えたペットはもれなく食されます。国の法律で決まっているんですよ」


「で、でもムーちゃんは……」


「お嬢様に危害を加えたじゃないですかー。もう忘れちゃいました。プークスクス」


「………………」


「あれ、怒っちゃった、怒しちゃいましたか?」


「…………うがぁぁぁぁぁぁぁ」


「ぐべらっ!」


 私は両腕を勢いよく振り上げて部屋を飛び出した。ペットが人に危害を加えたら食べられなければいけないってそんなのおかしいでしょう。

 ペットに愛情とかそういうのは全くないのかー。

 どういう考えで法律を作っていけばこんなもんできるんだよ。この世界禄でもなさすぎー。


 こうなったら直談判してやるんだからっ!。

 そういえば、部屋を出るときに振り上げたこぶしがアンの顎にヒットしたんだけど大丈夫かな。

 あ、あいつがムーちゃんを捌いたんだった。じゃあもっと苦しめっ!

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