第二話~特別な力はありませんでした~

 あまりにも理不尽な運命に頭を抱えていると、蹴り破る勢いで扉が開いた。


 いやいやいや、怪我人がいるんだからもうちょっと静かに入ってよっ!

 そんなツッコミは届かず、どかどかと入ってくる三人。


 一人は入るや否や私にガバッと抱き着いてきた。ぐほぉ、く、苦しい……。


「ヘンリー、ようやく目を覚ましたか!」


「く、苦しいです、お父様……ごはぁ」


 また胃のものがこみ上げてきそうになる。必死の抵抗で私は抱き着いてきたお父様を引っぺがした。


 ガルドス・フォン・ブスガルト。私のお父様で国の宰相を務めている。元々王族の人間で、兄が王位を継いだ後、公爵の位を兄である王様から与えられた。国のために尽くしたいという気持ちを買われて、現在宰相となったかなりまじめな人だ。ちなみに、娘には甘い。


「あらあらうふふ。ヘンリーちゃんは反抗期かしら?」


 怪我人を絞め殺そうとしているお父様を眺めて「うふふ」と笑っている頭のネジがちょっと飛んだ女性は私のお母様。名前はシルフィー・フォン・ブスガルト。

 天然、能天気、自由気ままを体現した人で時々頭のネジが飛んだような発言をする。ちなみにその出生は謎に包まれており、貴族社会では謎多き公爵夫人として有名だったりする。


 だけどいくら頭のネジが飛んでいるからって、反抗期はないよ。こちとら怪我人。お父様が無理やり抱き着いてきたせいでムーちゃんにやられたところがすごく痛むの。

 笑ってないで止めてよっ!

 内心で愚痴っても仕方ないんだけど思わずにはいられない。


「あわわ、旦那様っ! そんな抱き着くなんて……はぅ」


 なんか勘違いしている残念メイドは私の専属メイドであるアン。実はメイドの中で私と一番年が近い。

 なんたってまだ14歳。ちょっと年の離れたお姉ちゃん感覚でいつもお世話になっている。

 本当は成人していない人間を正規雇用することはできない。

 しかし、娘の世話を任せるなら年の近い女の子のほうがいいだろうということで、非正規に雇った子供だった。

 一応メイド教育を受けているのだが、いったい誰の影響か、思考が一般人の斜め上にいってしまう残念メイドだ。

 ほんと、一体何を考えているのやら。

 親子がハグして何が悪い。ほんと、頭の中がピンク色すぎるでしょう、この駄メイドは。


「ぐふぅ……皆さん、落ち着いて。私は…………大丈夫だから」


「そんなに苦しいのか、大丈夫か。あのヤブ医者め。何が問題ないだ。こんなに苦しんでいるじゃないか」


「いや、とどめを刺そうとしていたのはお父様で……」


「ん? 何か言ったか」


「……いえ、なんでもありません」


「ふふふ、きっと照れ隠しなのね」


「違いますっ! 何を言っているのですかお母様。っーー、叫んだら痛みが……」


「あうう、お嬢様が大変です。お医者様を、お医者様をっ!」


「アン、ちょっと静かにしてくれないかしら。お父様とお母様も。まだケガしたところが痛むので少し休みたいのです。お願いします、出て行って」


「そ、そんな……出ていけとは」


「ほらあなた、あまりヘンリーに迷惑をかけると…………ですよ」


 お母様はお父様の耳元で何かをささやいた。するとお父様は背筋をビクンとさせて直立する。


 お母様? 一体何を言いましたの?


 お父様は引きつった笑みを浮かべながら、静かに部屋を出て行った。お母様はアンにも何かをささやくと同じように背筋をビクンとさせて、ササっと出て行ってしまう。

 え、本当に何を言ったの。


「じゃあ、私たちはこれで失礼するわね。安静にしていなさいね」


「あの、お母様? お父様とアンに何を言ったの?」


「あらあらうふふ」


 口元を手で隠しながら笑うお母様は何も言わずに外に出て、そっと扉を閉じた。


 だから何なのっ! すごく意味深なんだけど。気になる、すごく気になるっ!


 お母様があまりにも気になることをしでかしてくれたので、最も需要なことを忘れていた。

 破滅の運命回避、どうしよう……。


 とってもまだ未来の話。来年から初等部に入学することになっているけど、ゲームの舞台になっているのは高等部。要は高校生からだ。高等部は16歳からだからあと十年以上の猶予があるわけよ。

 時間はまだある。その間に対策を練らないと。

 破滅の運命回避するためにゲーム知識でどうにかするしかない!

 Web小説の定番だね。早速、破滅の運命回避するためにゲームで覚えていることをまとめてみよう。


 私は再び紙とペンを取り出して、ゲームについて覚えていることをまとめようとした。

 だが、紙が真っ白のまま筆が止まる。


 そういえば、『恋愛は破滅の後で』をプレイしたことがなかった……。


 前世の私がハマったのは二次創作の同人誌。特にヘンリーが主人公を言い負かしてハッピーエンドを迎えるやつばっかり買っていた。

 同人作家の腕がすごいのか、原作を知らなくてもすごく楽しめる作品が多く、「バカゲーをプレイするよりも同人誌を読んで楽しんだほうがいいよね」と原作プレイをすることはなかったのだ。

 つまり、私は『恋愛は破滅の後で』というゲームの概要は知っているがその内容は全く知らない。

 これじゃゲーム知識で破滅回避できないじゃん。そもそも知識がないしどうすんのこれ。


 いや、まだあきらめるのは早い。そもそも前世の記憶を思い出すなんてゲームの設定にはなかった。あったのは同人誌のみ。つまり、同人誌の要素がこの世界に反映されている可能性だって捨てきれない。


 同人誌の定番設定と言えば、チートとか特殊能力。不思議な力で証拠を隠滅して主人公を言い負かすヘンリー。そしてめでたく他国の王族と政略結婚。

 今考えると二次創作ものにヘンリーと攻略対象の4人がくっつくやつなかったな。

 そもそも、ヘンリーって誰の婚約者なんだろう。

 まさか、悪役令嬢なのに、攻略対象の婚約者じゃないとか言わないよね。

 …………バカゲーだからあり得るかもしれない。


 まあそれは置いておいて。私にも同人誌のネタになっていたチートやら特殊な能力ってやつがあるかもしれないからね。

 大抵の作品は「も、もしかしたらステータスが見えるかも。え、えーと、ステータスっ!」って叫ぶとステータス画面が出てくるんだよね。んで、アイテムボックスっていうものがあって、そこに証拠を入れて隠蔽。

 この世界には魔法やら能力なんてないから立証できず主人公が敗北するという流れになっている。

 よし、そうと決まれば早速叫んでみますか。


「え、えーっと……ス、ステータスっ!」


「お、お嬢様っ! 今なんか変な言葉が聞こえたんですけど大丈夫ですかっ! なんかですね、ステータスって聞こえたんですよー。なんですかっ、なんなんですかっ!」


 突然アンが乱入してきた。顔が赤くなっていくのを感じる。かなり恥ずかしい。


「ア、アン? 大丈夫だよ。特に何もなかったから」


「え、でもステータスって……」


「それは忘れてっ! うう、痛い」


「あわわわ、何か持ってきますね。お医者様っ! お嬢様がーーーー」


 アンは瞬く間に走り去っていった。一体何だったんだろう。

 それにしても、かなり恥ずかしかった。まさか声が外に漏れるなんて。しかもステータス画面は見れず成果なし。

 私がただ恥ずかしい思いをしただけで終わってしまった。


 もうちょっと小声でできるものを思い出そう。

 そういえば、この世界にあるはずがない魔法によって犯行を隠蔽する同人誌があったなー。

 あれは魔法によって犯行を隠蔽したから主人公が事件の真相を突き止められなかったんだっけ。

 魔法なんて世界にないもので犯行を隠蔽されたら証明のしようがない。よし、これだ!


「魔法といえば、転移とかかな? えっと、テ、テレポートっ!」


「大丈夫ですかお嬢様っ! 今変な声が聞こえたんですけどっ! なんですかね、テレポートって、ほんとなんですかねっ!」


 またしてもアンが乱入してきた。顔が熱くなるのを感じる。は、恥ずかしい……。


「ア、アン。もしかしてもしかしたらなんだけど……」


「はいっ! お嬢様の部屋の前で聞き耳立ててましたっ!」


「私まだ何も言っていないよねっ! というか、本当に聞き耳立ててたの。やめてよ。ねえやめてーーーーぅ、い、痛い…………」


「大丈夫ですか、お嬢様!」


「アンのせいで大丈夫じゃない気がする。とりあえず、聞き耳立てないでそっとしてほしい」


「了解しました。とりあえず医者を呼んでまいります」


「いや、そんなのいいからーー」


「お医者様ー、お医者ーーーーおいヤブ医者っ! お嬢様が苦しんでいるじゃないかっ! ぶっ殺してやるっ!」


「ちょ、なんで人の言うこと聞いてくれないのよっ!」


 アンは嵐のように去っていった。これで聞き耳を立てることはなくなったが、ここまで話を聞いてくれないとは……。

 それは置いておくとして、一つ分かったことがある。

 それは、チートも特殊な能力も一切なかったという事実。

 私が何か言ってもアンが現れるだけで特に変化はなかった。

 つまり、同人誌的な展開で破滅を回避することは不可能だということを意味している。

 これは、本格的に破滅回避について考えないとやばいかもしれない。

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