第4話 調査行動

 非常階段の下部、路地裏の様相を再度、眼球の熱画像センサで確認する。

 やはり、熱源は見つけられなかった。

 その後、振り返って私の探偵事務所の玄関を見た。

 センサで観るとほんの少しだがドアノブに熱を持った物体がある。

 なんだ?これは、先程は感知できなかった。水と粘土の中間のような物体が、逐次形状を変えながら重力に従い廊下に垂れ落ち、その後意識を持ったかの様にドア下の隙間から私の事務所に入り込もうとしている。

 遅い速度だが、先端は事務所内に侵入した様だ。

 残りの物体も、追いかける様にドアノブから垂れ落ち、同じ軌跡を描いて事務所内に侵入していく。

 暫くして物体はその殆どが事務所内に入ってしまった。

 眼球のセンサでは、隠れる様に事務所のソファーの下辺りに留まり、5センチ程度の円盤状になった事が確認出来る。その後、円盤の中心から温度が徐々に上昇し始めた


 私の不安も上昇する。

 私の歩みは下降する。

 そして非常階段を静かに降りる。

 その間も物体の温度上昇は止まらない。

 私の歩みも止まらない。

 私の不安も止まらない。


 非常階段を半分程度降りたところで、耳をつんざく爆音で、一瞬身体を抱えてうずくまった。

 身体が爆風で階段の手摺に打ち付けられた。

 それでも何とか背広で頭を被う。

 頭に破片らしきものが降り注いでくる。

 路地裏の地面に様々な破片が落下し、大きな音を立てた。


 ……耳鳴りが酷い。暫し、ビルの揺れか?自身の揺れか?解らぬまま、この爆風で非常階段が倒壊しない事を祈る。

 漸く爆風が落ち着いた事を確認して、背広に載った破片を払い落とし背広を着直した。

 背広にはキズ一つ無い。大枚はたいた甲斐があったというものだ。

 身体に不具合が無い事を確認して、足早に非常階段を下った。

 階段を降りながら自分の事務所をもう一度見る。

 よく燃えている。

 予想以上に……爆発かと思いきや、これは大火災だ。

 あの物体の目的は燃焼だった。

 割れた窓から燃焼に必要な酸素が盛大に入っていく。


 燃え方から意識を、

 意図を、感じる。

『アイツは』燃やしたいのだ。

 政治家Nの情報を、そして私を……

 そう思いながら、足早に非常階段を私は降りる、数刻で路地裏の地面を踏む。

 私の事務所だったモノが、小さい破片になってあちこちに散らばっていた。

 私の恥ずかしい個人情報は落ちてないか??地面にたどり着いて最初に考えた事はこれだった。

 呑気な事だが、まぁ、今は考えても意味は無い。

 生き残らなければ……


 こんな目に遭わせた相手への報復と、こうなってしまった自分の判断ミスを考えよう。

 同じミスを繰り返さぬ様……

 そして少しの間、路地裏のゴミ箱に腰を下ろしていた。

 そして杖を腰から抜いた。杖はT字型の一般的な杖で伸縮式、伸ばすと全長90センチ、畳めば最短で40センチ程度だった。T字型の短い方の棒がグリップし易い様に皮が巻いてある。身体を腕で支えるに便利そうだ。グリップから手を離し、反対側の石打を掴んで、大通りにグリップだけを出し、小さくぐるぐる回した。

 暫くして杖を引っ込めて畳み、腰に戻した。杖のグリップには小型のカメラが付いていた、それで周囲を撮影したのだった。

 杖の情報は既に近距離無線通信により、私の脳内に送られている。瞬時ワイヤーフレームのビルにテクスチャが貼られ、脳内に3Dの大通りが出来上がった。

 そのデータの大通りに不振な人物が居ないかを探す、調査結果は、視角上の右上に半透明表示させながら……

 大通りとは反対側、路地裏の更に奥に進んでいく。


 ▪️▪️▪️道路を検索▪️▪️▪️

 政治家N、

 秘書、

 乗っていた高級車、

 どれも無かった。


 ▪️▪️▪️全てのビル『窓.屋上』▪️▪️▪️

 こちらも上記の対象者は無し。


 ▪️▪️▪️歩道を検索▪️▪️▪️

 こちらも上記の対象者は無し。


 十数人の野次馬が私の事務所が盛大に燃えているのを見ている。良識ある数名はスマホを取り出し警察に電話してくれているのかと思ったが、スマホのカメラで火災を録画し始めた。

 SNSに投稿するのだろう。

 世界から良識はもう疾に無くなっていたらしい。

 綺麗な炎を動画に撮ろうと忙しい人の中に、私の求める人は存在しなかった。


 ※確かに、あれだけの時間が有れば既にここ周辺から行方を眩ましている事は想像できた。


 一応確認の為だ。


 本番はこれから、動きのおかしな人物がいないかを再度確認する。こういった曖昧な検索だと、当然ながら、不審者が多く列挙される。

 但し、何がヒントになるかも知れないので取り敢えず調査を続行する。

 調査中も身体は歩き続け、

 路地裏から道路に面した歩道に出た。

 これにより人とすれ違うことも多くなった。

 眼球のセンサーで、武器、仕草等を確認しながら、安全な人物の近くを歩く。


 脳内で調査結果が出た。


 ▪️▪️▪️不審者一覧▪️▪️▪️

 ①女性の後を歩き電話をしながらついて行く男性


 ②男性の尻をずっと凝視している女性?


 ③ブリーフケースを後生大事に持つ背広の男性


 ④ジャグリングをしている芸人のチップの箱に背後から近寄る小型の四足ドローン


 ⑤永遠と電柱の回りを回っているボブカットの女性


 日常だった。いつも通りの大通り……


 ▪️▪️▪️考察結果▪️▪️▪️

 ①は只のストーカー ストーカーの視線から尻フェチらしい。対象のお尻のラインが綺麗な女性は身体の大半が人影に隠れて判然としない。高いヒールでも足早に歩いていく、履き慣れているのだろう。


 ②は女装の男色家。歩行、視線から判断して男の方はノンケだ。可哀想に恋は実らない、その前に髭は綺麗に剃ろう。


 ③は会社に帰るサラリーマン。画像を拡大するとブリーフケースから水が垂れている。多分中に入れたペットボトルから飲料が漏れているのだろう。仕事の書類は大丈夫か?


 ④ドローンの操作主は雑居ビルの屋上だ(10歳女性.黒髪.歯並び矯正中、VRゴーグル装着)芸人のチップが放り込まれる小箱は、実はミミックだ。チップを略奪するドローンがミミックに噛み砕かれる未来が見える。彼女は2ヶ月分のお小遣いで買ったドローンから送られてくる映像を、自身が噛み砕かれる映像と錯覚してしまうかも……いいお灸だな。


 ⑤はガンギマリ中の20代女性、身体の揺れや、瞳孔から麻薬をヤッているのは明白だった。麻薬のなかでも最近流行の、NMADというヤツだ。コイツはケミカルな麻薬じゃない。実際は比較的安価なナノマシンだ。こいつが脳内に入り込み、脳内麻薬を誘発する。

 これはセロトニンだろう。多幸感を齎す脳内麻薬だ。現実でも幸せなら良いのだが……


 これはもう、ありゃりゃ、と言うしかないが、案の定悲しい結果だった。これでは、事故究明には政治家Nに直談判という方法(頭の中で、そりゃ無い!と警告するもう一人の私……)だが、こちらに切り札も用意せずに行っても、自身の身が危険に晒されるだけしか無い。

 先程の火災から、政治家Nはこの事件を知りうる部外者の私を最初から殺害するつもりだったのだろう。顧客情報をPC1台管理で個人運営の当探偵事務所を選んだのも、情報を厳重に分散保管する大手探偵事務所に頼まなかったのも、報告書を入手の後、火災によって全ての情報が出来る限り簡単に滅損したいという思惑が有ったからだ。

 最小限の破壊で最大限の効果を出すために私に白羽の矢が立ったのだ。他のPCやクラウド等にコピーされていたら、火災だけでは間に合わないからだ。Sーclassのハッカーが必要になり、又そいつも情報を知る事になり、面倒臭い事になる。

 政治家Nにとって、私に依頼し、私及び依頼情報を殺害.抹消するのが最適解なのだ。

 だが相手側からすれば私の生死は現在不明である可能性が高い(或いは呑気に殺害出来たと思っている可能性も有るが、政治家Nの猜疑心から考えて可能性は少ない)私の生死の確認の為にも、自分以外の人物に火災後の状況確認させたい所だ。そう思ったから、不審者を検索したのだが?歩道を歩きながら、更なる可能性を考える……


 火災前に、私の事務所が入っていたビルに視線を向けている人物がないか?確認する。これも居ない。


 あのよく解らない物体をドアノブに付けたのは、政治家Nと運転手なのは確実と思われる。


 ……ん?いや違和感がある。あの時……

 再度、政治家Nの訪問時の動画を再生する……


 ……間違っていた!あの時、政治家Nはドアノブに触れていない。それどころか、事務所内のすべてに触れていなかった。ヤツが触れたのは、私が作った報告書だけだ。あの時勘を働かせるべきだった!政治家Nは自身の証拠を残さない様にしていたのだ。ドアノブに触れたのは秘書だった。物体を付けたのはあいつだった。これで秘書もこの事件にガッツリ首を突っ込んでいる事が分かる。事情もある程度は知っている事だろう。


 ……考えながら歩き続ける。

 ……再度、路地裏にはいる。こっちの方が目的地には近い、ショートカットコースだ。


 ....手懸かりを探す為、歩きながら、政治家Nの消したかった報告書を動画再生して確認する。

 ◆政治家Nの妻

 ◆妻の不倫相手

 ◆道端のポン引き

 主な登場人物はこの位

 政治家Nの妻が不倫相手の腕を組んで歩き去って、

 ホテルからでるシーン。その後ろ姿に何かないかと思いもう一度再生する。手懸かりは見当たらない。


 政治家Nの妻……後ろ姿、尻フェチでは無いが綺麗なお尻……

 ……綺麗なお尻は先程も見た。


『……既視感……』


『おっと……スケベ心からの』

 無意識に顔がほくそ笑んでいたと思う。

 しかしこの笑みは断じてスケベ心からなどでは無い。探偵としての職業的好奇心が充たされた事による笑みだ。


 ……私が重視する職業的『勘』である。

 経験に裏付けられた直感と言ってもいい。大事な事だからもう一度言うが、断じてスケベ心などでは無い。


 早速、①番の、大通りで尻フェチにストーキングを受けている女性を切り取る。


 同時に、ラブホテルで不倫相手にしなだれか掛かる政治家Nの妻を切り取る。


 ……縮尺を同一にする、同一人物かの照合開始……


 ……直ぐに結果がでる。

 ……この時点での照合率65%

 ……修正無しで、この照合率なら期待が持てる。


 .動画で残して良かった。歩行パターンが似かよっている。ただこの時点では、他人のそら似もあり得る。今のご時世、アイドルと瓜二つの身体に整形する一般人も多い。慎重に調査する事にする。


 ……眼球は個人特定に有効なのだが両方ともサングラスをしている為、網膜、瞳の色等は判断できない。

 仕方ないので外見から骨格を測定する。

 同時に、報告書ではパンプスで大通りはヒールを履いている為、どちらも裸足にする。ヒールの分の身長差が無くなり、ほぼ近い身長に見える。

 骨格の算出が終わった為、両方の姿勢を直立に変更する。

 そして、各関節部分の位置を比べる。足首、膝、肘、腰、首、肩、骨格を診て「美しい」と感じた。頭蓋の形そして頭と身体の比率、8頭身はあるだろう。また、上半身と下半身の比率も美しかった。特に膝から下の長さが素晴らしい。ひとしきり堪能していたら照合するのを一刻忘れていた、「あらら……」と思い骨格の位置測定を再開する。


 ……照合率が、95%まで上がっていた。


 ……もう一息。両者に外見上のキズやほくろ、シミ等を確認する。


 ……左耳、小さなイボがある。副耳というやつだ。お金が貯まる方の福耳ではない。子供の頃に切除する人も多いが、この女性は残っていた。両者に存在している。


 この特徴により照合率は99.999%

 ……同一人物だった。


 ……選択が迫られる。

 ……隠れ家に行こうかと考えていたが、今ならあの女を追いかける事も可能かも……

 どうするか暫く考えて、自身での尾行は諦めた。


 ポーカーなら、私の手はワンペアで相手はフラッシュ位の差があった。もう少し良いカードが欲しい。今の時間を利用してこの事件の裏側を探ろうと思った。背広の内ポケットから超小型のドローンを出した。政治家N妻の情報と歩いていった方向、そして尻フェチストーカーの情報も入力して飛ばす。ドローンと私は直接接続せずにドローンから定期的に位置情報を広域無作為に発信させる。後はその位置情報を私の視野内に地図情報と共に半透明表示させておく。

 その為ドローンが対象を発見できた場合もドローンから連絡は無い。あくまでドローンの位置情報が分かるだけだ。その代わり、相手側にドローンを確保されたとしても相手先無く只、定期的に位置情報を発信しているだけのドローンだから、足も付かない。

 次いでに言っておくがコイツは野良ドローンだ。本来はスマホや個人端末での承認を経て道端のドローンboxからレンタルするか同じく個人情報での承認を得て店舗で購入するかのどちらで、その際に個人情報がレンタル会社及び購入店舗にてストックされ、何らかの犯罪行為をした場合は、(人物を尾行している場合も当然)どこの誰が借りているドローンかがバレる訳だが、コイツは裏ルートの個人情報無しで買える野良ドローンだった。

 こういう仕事をしていると、様々な交遊関係上、こういったブツも比較的容易に手に入れる事が出来る。万が一尾行出来たら良いな程度に思っておいて、隠れ家に向かう。


 私自身が尾行されていないかを、眼球のセンサで厳重に確認しながら歩く。追加して杖のカメラを然り気無く動かして自分を視ている人物を探す。私を注視している人物は見当たらない、隠れ家に向かうのだ。見つかれば隠れ家では無くなる。慎重にならざるを得ない。再度車も入れない路地裏に入り、道端のゴミを蹴飛ばしながら、奥へ向かう。既にこの地方都市I市の中心街からは遠く離れ、雑踏は酷く遠くに聞こえる。


 地方都市I市の外れに、私の隠れ家が在る。

 少し自虐だが、ボロい二階建てのアパートは、このくたびれた私の姿に相応しい。入口の横の犬小屋から犬が一匹出てくる。

 珍しい甲斐犬だった。

 艶やかな黒虎毛、主人への忠誠心が強い狩りの犬種……

 私をじっと観ている。

 また周囲の異常を感知すべく耳を立てている。

 そして異常無しと確信した彼は鳴きもせず私の足元まで歩き、そしてゆっくりと座った。

 彼の頭を撫でる。

 彼は微動だにしない。

 媚びる事はしない。

 そういう犬だった。

 そして彼は私を主人だと考えているらしかった。

 ここに隠れ家を設けた時から、彼はそうだった。

 私は彼を尊敬している。

 彼は覚悟を持って自律するスタンドアローンの生物だ。

 彼自身、己の矜持に従って私に元に居るのだ。

 私が強制した訳でもない。

 そして彼は私が主人に値しないと感じた時には、私から離れるだろう。

 それが判る。

『ソナタがワレの主君に値せねば、主従の縁もこれ限り、暇を頂きたく……』彼が喋れるならそう言うだろう。

 それこそが本来の主従関係なのだと私は思っている。

 そんな事を考えている私を彼はじっと観ている。

 ……私の不安も、焦りも見透かされている気がする。

 ……恥ずかしいが、これ程素晴らしい相棒も居ないだろう。

 彼に頷き、私はアパートの自室への階段を昇って行った。

 これから、対策を練らねばならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る