第2話 政治家N

 依頼人の政治家Nは、時間通りにやって来た。事務所のドアを汚いと言わんばかりに、お付きの秘書に開けさせ中に入って開口一番

「報告を聞こう」と言った。

 私はこういう挨拶もマトモにしない人物が嫌いだ。

 依頼人でなければ、蹴り出している所だが、なにせ私には今金がなかった、ここは我慢の為所だった。

「わかりました……」と、さも依頼人に従順なふりをしながら、報告書を渡した。

 Nは私の顔も見ず無言で報告書を受け取ると、報告書の文面はまるで読む気がないのか……ペラペラと紙をめくり続け、自分の妻と知らない男性がホテルから出てくる証拠写真を貼り付けた箇所でページをめくるのを止めた。


 ……じっと見ている……

 Nの顔の表情から憎悪が測定できた……当然の反応……その後、残りの証拠写真を見ながら、ある写真で視線が止まっているのを確認した……凝視している……気になったが、私からは報告書の背表紙しか見えない……

 Nは報告書から顔もあげずに「目が悪いので写真が大きいのは助かる……」と言い、その後、初めて私の方を見て、報告書をブリーフケースに入れた……

 そして「後は私の方で対応する、依頼完了だ……」と言い、秘書を顎で指図した。

 秘書は小さなアタッシュケースを開け、小切手を机に置いた……

 私は小切手をつまみ金額を確かめた。

 諸経費まで、しっかり入っていた……問題無しだ。

 Nは、また、秘書にドアを開けさせ、挨拶もせずに出て言った。

 こういう輩に、投票権を使用しなかった私を褒めてやりたい気になった……政治家以前に、人として、こんな輩は信用できない。

 私は、Nが高級そうな車の後部座席に座り、事務所から去るのを確認してから、先程の依頼人の視線が止まった画像を再生した。

 ……Nの眼球に写った画像を確認……

 ……画像を拡大……

 ……輝度を上げる……

 ……依頼人の見ている写真が解った……

 ……妻が自家用車から出て来た写真だった……

 ……この写真の何処に視線を向けたのだろう……


 ……視線計測(アイトラッキング)する……


 ……Nの視線のベクトルを計測し、写真上のどのオブジェクトに視線が向いているかを計算する。

 ……

 ……

 計測完了した。

 万が一を考えて、解析し易い様に報告書の写真を大きくしておいてよかった。

 お陰で計測時間を大幅に短縮できた。


 ……視線は、妻の持つハンドバッグに向けられていた……


 ……妻への憎悪共に、それ以上に長い時間見続けた、ハンドバッグの意味は何なのだろう?


 実はNには、今回の選挙活動中に、ある企業からの多額の資金援助があったとされていた……過去形で言った理由は、結局の所、証拠は出ず、いや隠蔽されたのか、マスコミからもその後の進展した情報も無く、黒い噂だけで収束してしまったからだった……

 その後も三流ゴシップ誌は政治家Nが金にモノを言わせて、揉み消したのだろうとか?

 対抗馬の政治家がNを貶めるために打った策略であるとか?

 推論に推論を重ねた様な妄想話を書き連ねていたが、それも数日で読者の興味を保てないと思ったのか、翌週の紙面ではありきたりな芸能人のスキャンダル話にすり代わってしまった。


 私は確固たる理由は無いが、今回の依頼は単なる浮気調査では無く、この黒い噂と何らかの関係があると考えている……

 ……これは私の勘だ……今や様々な、機械やコンピューターが測定し、計算し、確定する事が当たり前のご時世で、自分の経験から来る『勘』を私は信じる……信じないといけない……

 これは、先にも述べたが私の特異な特徴から起因する一種の強迫観念だ……

 私はデスクに置かれたPCを起動させて、椅子に座った……あのハンドバッグの秘密を解かなくてはいけない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る