第三話 お互いに出会った

焚火の中の薪が弾けた。

俺も林沖も自然と会話を止め、耳を澄ました。蹄の音がする。馬が近づいて来る。馬車ではない。蹄の音が軽いからだ。


「劉星殿が帰って来たのか?」

「だが、蹄の音は一頭分ではない。……少なくとも、二、三頭いる。従者を連れているのか。それとも仲間と共に帰って来たのか」

「はたまた、全く見当違いの訪問者か」

「宦官の手の者かもしれない。ぬかるなよ」


林沖は身の丈以上ある矛を手に取った。

蛇矛と呼ばれる。柄が長く、先の刃の部分が蛇のようにくねくねと曲がっているため、そう呼ばれる矛だ。

俺も脇に置いた新月刀を手に取った。エメラルドをちりばめた剣(シャムシール・エ・ゾモロドネガル)。とある異国では伝説の宝剣ともいわれるほどの剣をどうして所有しているのかは、未だに疑問しかない。

砂をかけて焚火を消すべきだろうが、あえてそうしない。相手の警戒心を緩める狙いもあるが、いざ襲われた時、剣で焚火を弾いて相手に叩きつける戦法もあるからだ。

徐々に騎影が見える。馬は三頭。人影も三人であった。

先頭を進む馬に跨っているのは男。身長は八尺≪約180センチメートル≫ほど。豹のようにごつい顔にまんまるの目玉。燕かエラのような尖った顎。虎のようにピンとたった髭。暴れ馬のように威勢が満ち溢れた肉体の持ち主だった。

こりゃ随分と迫力のある男がいたもんだ。俺は一瞬で勝てない相手であることを悟った。装束からして秦氏であろう。

中間を歩く馬に乗る人物の姿を見て、彼が劉星だと理解する。噂通りの風貌だ。

そして最後尾の馬に乗る男を見た。身長は驚く事に九尺≪約209センチメートル≫はあるだろう。髭の長さは二尺≪約46センチメートル≫。熟した棗のような赤い顔。油をひいたような艶のある唇。鳳凰とよく似た両目に蚕のようなまゆ毛。髪は太陽のようなきらめきがある金色だ。顔立ちといい身体つきといい、威風堂々とした素晴らしい姿である。


「参ったな……豪傑揃いとは思わなかった」

「どういう知り合いなのか。興味が湧く」

「とりあえず、こちらから挨拶した方がいい。礼節に乗っ取って」

「あぁ。先頭の大男がさっきからこっちを睨んでいる。手遅れになる前に行こう」


俺と林沖は共だって三人のところへと足を向けたのだった。


●●●


「おい、あいつらは兄者の知り合いか?」


先頭の馬に跨った橘不比等(たちばなふひと)は後ろの劉星に振り返って尋ねた。


「いや。知らない人達だ。どうやら我が家を訪ねてきたようだ。馬を下りるとしよう。客人に非礼があってはならない」

「ふむ。兄上はとことん礼儀に徹するのだな」

「勿論だ。私を支えるのは仁義の支柱。この二つなくして劉潤という人間はいないも同然だ」

「では、儂も見習って下馬するとしよう」


ハミルカル・バルカと劉星の二人は馬から下りた。


「俺は下りないぞ」

「不比等、礼を失するぞ」

「兄貴たち以外に誰が頭を下げるもんか」

「やれやれ。分かった。不比等はそのままでいい」


そんなやり取りを交わしているうちに、七夜と林沖が声の届く距離まで辿り着いたのだった。

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