第二話 とある人物を探して

大勢の民が立札を見ていた。文字を読める民衆はそう多くない。それでも、文字が読めない者は文字が読める者に金を払って代読させていた。

立札には叛乱軍を討つ為に義勇兵を募る内容が書かれていた。幽州の長官の劉剣(リウ・ジィン)が涿県に立てた募集の立札だった。

俺こと藤堂七夜は立札を見つつ、集まった群衆の顔を一人一人、観察した。すぐ隣に立つ背の高い人物も同様だ。外套で頭まですっぽりと隠しているため、男か女は見分けがつかない。知っているのは俺だけだ。名を林沖といった。


「噂ではこの辺りだと聞いたのだが」

「それらしい人物は見つからないな」


俺達は一人の若者を探していた。

知っているのは風の噂に聞いた印象だけだ。

喜怒哀楽の感情を出さず、無口で大人しい青年で、天下の豪傑と好んで交わる事を望んでおり、同世代の若者はみな先を争って近づき、交わっているという。

身長は七尺五寸。手は長くて膝の下まで届き、耳は肩までたれさがっている。耳は自分の目で見る事が出来る。顔は白く、唇は紅をつけたように赤い。

姓は劉(リウ)。名を星(シン)。中山の靖王・劉勝利(リウ・シオン・リー)の末裔で、大帝國の暁帝の孫の孫にあたる人物だ。


「本当に大丈夫なのか」

「?」

「劉勝利って酒好きかつ女好きであり、淫色に耽った王として有名だったんだろう」

「それは人格を疑っているのか?。それとも血筋のことか?」

「血筋に関しては信じていいかもしれない。なにせ、劉勝利の子は五十人以上いて、孫も合わせて百二十人以上を儲けたというんだから」

「そんなことはどうでもいい。肝心なのは劉星殿の父上、劉丹(リュウ・ダン)殿にお会いする事だ」

「劉丹殿の行方が全く掴めず、何とか御子息の劉星殿の噂を聞きつけて、ここで行商していると聞いて来てみれば市場にいない。立札を見に行ったと言われて、立札のあるここまで来てみたものの、それらしい人物は見当たらない。こうなると、楼桑村に直接、行った方が早いだろう」

「そうだな」


劉星は高貴な血を受けているが、家は貧しいと聞いた。わらじを売ったり、筵を編んだりして、母親に孝行を尽くしながら、涿群の楼桑村に住んでいると調べはついていた。

林中は同意し、俺達はその日のうちに涿県を出発した。


●●●


楼桑村の東南に一軒の寂れた家があった。家の前には一本の大きな桑の木があって、遠くからは馬車のほろの形にも見えた。かつて一人の占い師がそれを見て、

「この家からはきっと貴い人が出るに違いない」と予言した。

劉星も少年の頃、近所の遊び仲間とこの木の下で遊びながら、

「ぼくは天子になって、この馬車に乗るんだ」と冗談を言っていたという。


「ここか」

「夜分に失礼。誰かおられますか?」


入口が僅かに開き、蝋燭の明かりがもれた。

姿を見せたのは幼さを残した顔の少年だった。利発な印象だが、偉丈夫ではなかった。


「ここは劉星殿のお宅だと伺い、訪ねて来ました」

「どなたですか?」

「私は林沖(リン・チョン)と申します。こちらは七夜。供の者です。実は劉丹殿にお会いしたく参りましたが、行方知れずと聞き、御子息の劉星殿に所在を教えて頂きたく参りました」

「そうでしたか。私は劉舜月(リュウ・シュン・ユエ)。師兄は今、出かけておりまして、私が留守を預かっているのです」

「そうですか。……….では、劉舜月殿にお尋ねします。劉丹殿の所在、教えて頂けませんか?」

「それはお答えできません。この家の家長は師兄です。家長の許しなく何も話せません」

「事は急を有するのです。どうか、お願いします」

「やはりお答えできません」


押し問答が続く前に、俺は林沖の肩に手を置いて後ろに下がらせた。

林沖の焦りも理解できた。だが、ようやくここまで来たのだ。劉舜月は俺達を探るように見ている。急いては事を仕損じる。ここは一歩下がるべきだと考えた。


「分かりました。劉星殿がお帰りになられるのを待ちます。庭の一角を借りてもいいでしょうか?。そこで野宿をしたいので」

「それは、構いませんが……少し歩けば宿があります。そちらの方が」

「いえ。まだまだ夜風は暖かい。焚火を囲めば野宿で十分です。それに、劉星殿とは何度も行き違いになっています。縁を結ぶためにもここで過ごさせてください」

「…………わかりました」

「では、今宵はこれで失礼します」


劉舜月が入り口を閉めたところで、俺は無意識のうちに林沖の頭を撫でた。

間髪入れず、林沖によって乱暴に手を振り払われた。忘れていた。頭を撫でる事はとても失礼な事だった。

林沖は顔を赤くして怒っていた。


「ったく、私を子ども扱いするな」

「ごめんなさい」


俺達は桑の木の下を今夜の寝床とした。

火を起こして枯れ木を折ってくべる。手慣れたもので、すぐに焚火が出来上がった。季節を考えれば、夜でも暖かい。それでも夜風は特有なもので、肌寒さを感じさせた。焚火の熱は身体を温めてくれる。

火に惹かれて数匹の我が舞った。俺は革袋から干した肉の塊を取り出し、小刀で削り取る。林沖に手渡すと、俺は削って薄くなった干し肉に齧りつく。

これは蛙の肉だ。淡泊で味気ない味だが、馴れれば悪くないものだ。林沖は干し肉を見つめたまま、口に運ばない。


「劉星殿は何処に行ったのだ」

「すぐに帰ってくるさ」

「こうしている間にも十常寺どもが父上に何をしているか……それに、小倩(シャオ・チェン)の事も心配だ…………」

「……それは……」

「どうして……小倩なのだろう……。私でもよかったはずなのに………どうしてあの子だったんだ……」


それは、仙に愛されたからだ。

林沖の妹、小倩は生まれつき身体が弱い。しかし、命に関わるほどではなかった。それが一年前に檮扤(とうこつ)に棲み付かれたのだ。妖魔に棲み付かれた者は体内を内側から喰われていくという。小倩も例外ではなく、日々強い苦痛に苛まれている。

それでも、一年間。何とか命を取り留めていた。医者に言わせれば檮扤に棲み付かれた者は数日と経たずに命を落とすという。それだけ恐ろしい妖魔なのだ。


「林沖。不安は分かるが今は使命の事を考えよう。劉丹殿が見つかればすぐに戻れる」

「そんなこと分かっている」

「なら前向きに考えないとな。猪突猛進の方が林沖らしいよ」

「……………やっぱりお前、私を馬鹿にしてないか?」

「そんなことないさ」

「全く………異界の地から来た人間はみんなそうなのか?。初めて会ったばかりの時は情けなくて見てられなかったものだが」

「……………ははは。反論の余地もない。この数年で鍛えられたよ。年甲斐もなくね。それも林江(リン・ジィアン)様や皆のおかげだよ。本当に、返し切れないほどの大恩人だ」


この世界に来て数年。もう四十近くになる年齢だ。四捨五入すれば四十代である。


「故郷が恋しくないか?。十常寺の愚行で望まずして召喚されただろう。それに、妻子にも会いたいだろうに」

「まぁ、未練はあるよ。家族には会いたい。でも、その為には十常寺をどうにかしないとどうにもならない。あと、俺は独り者だよ。妻も子供もいないさ」

「そうなのか!? あ、いや。こういう話はしたことが無かったな。しかし、その歳で一人とは………余程、良縁に恵まれなかったと見える。なんだが、申し訳ない事を聞いた気分だ」

「そこまで憐れみで見られるとさすがにキツイよ。されに、元の世界じゃ独身なんて珍しくない」

「なんて国だ。子は宝だというのに。説教の一つでもしてやろうか」

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