スリーオブサーガ

夢物語草子

第一節 七夜と林沖、人探しの旅をするの章

第一話 大帝國の落日

これは後に語り継がれる事になる物語である。

大陸に偉大なる国家あり。三つの民族が混じり合い、大陸に覇を唱えた大国。

天下の大勢、それは一からなるもの。分かれることが久しければ必ず合一となる。合することが久しければ必ず分かたれるものだ。

国もまた同じ分かれで合するもの。神國の終わり、末に七つの国に分かれて争い、遂には大王國に併合されたが、大王國も滅ぶや、真國・帝國が分かれて争い、帝國に併合された。帝國は皇祖が青面獣という妖魔を斬って義兵を興し、天下を統一したのに始まる。

皇祖は炎帝神農の氏である。髪と目。肌の色。大陸の三民族の力の均衡は大きく動く。炎帝神農の氏は大きく力を増した。たいして残る二の民族、カインの末裔と秦氏は力を削がれた。

帝國は一度、亡国となるも、灰眼帝の中興があり、大帝國と名を改めた。以来、杖帝まで伝わる。

黄昏が覆い始めていた。乱である。

元をただせば、太・杖二帝より始まった。太帝は学者と官僚を弾圧して、宦官を重用した。太帝が崩御して、杖帝が即位すると、大将軍・スパルトと太傅・鎮蕃ジェン・ファンの両名が共に補佐に当たった。

またおりしも宦官・オイゲンらが権力を壟断し、権力の絶頂にいる時世であった。

スパルトと鎮蕃は密談を重ね、彼らを朝廷から一掃しようと計った。しかし、事は露見し破れる。二人は殺害され、百名以上の関係者が刑に処された。

これを契機に宦官はいよいよ専横を極めることとなった。

大帝國の杖帝の頃である。不吉、怪奇な出来事、事件が相次いで起こった。名将・名臣の非業の死。高名な文人の気狂い。その災いは皇帝にも及んだ。

ある日の事。皇帝の嫡子である皇太子が宮殿に参上した。一歩足を進めて、皇太子は背筋の震えを感じた。それでも、二歩、三歩と足を進めていくと、御殿の隅から身が震えるような風がにわかに吹いておきた。その風に紛れて、一匹の長く大きな毒蛇がはりの上から飛び降りた。毒蛇はあろうことか玉座、至尊の椅子にとぐろを巻いて威嚇したのだ。

臣下は驚いた。だが、それ以上に皇太子は心臓を掴まれる思いだった。毒蛇は右の目が潰れていた。かの毒蛇は、かつて皇太子に噛み付こうとして右目を矢で射抜かれ逃げて行った毒蛇であった。

皇太子は耐えられずに卒倒した。左右の者は大慌てで支えると、大奥に抱え込んでいった。この数日後、皇太子は亡くなった。

しかしそれでも尚、怪異は終わらない。玉座の毒蛇は高らかに笑い、風が一吹きすると姿を消した。その瞬間、凄まじい雷鳴が轟いた。宮殿に落雷が落ちた。空はみるみるうちに曇り、大粒の雹が落ち、大雨が降り出したのだ。

昼から夜になろうとも、雨は激しく強く降り続け、無数の民家を押し潰した。人々は倒壊した家に嘆きの声を上げた。

ある年、王都・軒轅に地震あり。また大津波も起こり、沿海の住民がことごとく津波に呑まれ海へと運び攫われた。

またある年、家畜の牛が野生の狼を襲う。しかし、よくよく見れば家畜の牛が襲ったのは野生の狼ではなく、面倒を見ていた人間であった。

そしてある年、玉右殿より虹が立ち、五源胡の切り立った河岸がことごとく崩落した。

不吉な事件は留まる事を知らず、各地で頻発した。


●●●


皇帝はそうした報告を耳にするたび、震え慄いた。臣下達を集めて怪異の原因をたずねると、皇帝の顧問官であった蔡迦ツァイ・ジャが憚ることなく声を上げた。


『虹が立ち牛が狂うは女子と宦官が政治に容喙せるためである』


そして上奏文を皇帝に奉った。

皇帝はこれを読み終えると嘆息して奥へと下がった。目敏く後ろから上奏文を盗み見たオイゲンは巨細を仲間に知らせた。宦官一同、事を構えて蔡迦を罪に陥れ、官職を召し上げて国許へ放逐した。蔡迦は馬車で落涙して、国に失望する。

その後、張譲(ジャン・ラン)、趙忠(ヂャオ・ヂョン)、ウルノーガ(封諝)、段珪(ドァン・グイ)、オイゲン、秦十全(はたじゅうぜん)、蹇碩(ジェン・シュオ)、程嚝(チェン・ホン)、夏惲(シァ・ユン)、郭勝(グー・シォン)ら宦官十人が徒党を組んで奸悪を働き「十常寺」と称えた。

皇帝は張譲を信じて敬って「父上」と呼んだ。


●●●


時は少しばかり進む。大帝國は腐敗の病巣のただなかにあった。宮中では、皇帝の側近にはべる張譲やウルノーガ、趙忠を中心とした十人の宦官がいた。

彼らは仲間を組んで、謀略の限りを尽くして皇帝の信頼を得て、絶大な権力を握った。彼らは十常寺と呼ばれ恐れられた。

それが天を怒らせたのかは定かではない。しかし、彼らが権力を握ると時を同じくして忌まわしい事件が起こる。彼らは皇帝の寵愛を後ろ盾に政治に口を出した。それこそ、法を歪め、規律を壊さんばかりの行いだった。

それに我慢出来なくなった一人の顧問官、秦繋手(はたつなて)が非難し、意見書を皇帝に差し出したが、実直な人柄からくる率直な意見を述べた為に、かえって追放されてしまう。蔡迦と同じ憂き目にあったのだ。

顧問官の中でも特に気骨ある男であった秦繋手の追放は、良識ある者達の心を委縮させてしまい、それに乗じて十常寺はますます横暴を極めていった。

政治は日に日に悪くなる。悪人が我が世の春とばかりに跋扈する。そして遂に天下の人民達は、悪党を恨むのではなく、世の中が乱れる事を願い始めたのだ。

盗賊。野盗。数え切れぬ無法の嵐が群がるように広がっていった。


●●●


時は進む。

河北の鉅鹿群に、クィントゥス。ファビウス。マクシムスという三兄弟がいた。三兄弟はそれぞれ文武に優れていた。中でも長兄のクィントゥスは官吏を希望しており、日夜勉学に励んでいた。

しかし、世は無情。国家の腐敗は地方にも及んでいた。彼は浪人のまま数年を過ごした。ある日、官吏になれぬ失意を抱いて山に入った。山野を歩き続け、山の中で一人の老人と出会う。彼は自らを神仙の遣いと名乗った。クィントゥスは老人に促されるまま、胸の内を全て曝け出した。それは国への怒りであり嘆きであり愛であった。老人は彼に「大奥義書」を授け、「これを使って世直しをせよ。ただし、悪しきことに使えば天罰が下る」と言った。

嵐を呼び雨を降らせる超常の術を覚えたクィントゥスは、民の救済を誓い、山を下りた。兄の身を案じて探しに来たファビウス、マクシムスを諭し、三人で旅に出た。

旅の途中、伝染病が流行った村でクィントゥスは呪いの水を飲ませて病気を治した。たちまち評判となり、瞬く間に何万という民衆が彼を頼って集まって来た。

国政の混乱。人災・天災が頻発し民衆の疲弊は極度に高まった。クィントゥスを崇める声は日増しに高まり、彼は自らを世を救う者、大賢聖者と称した。

三兄弟は遂に天下を乗っ取る野心を抱いて、兵を挙げた。兵の数は四十万から五十万に及んだ。大帝國はこれを鎮圧しようと官軍を差し向けるが、三兄弟はこれを撃破した。官軍は敗走して、三兄弟の勢いはますます盛んであった。

大将軍の阿新(アー・シン)は皇帝に願い出て、天下に

『賊を破った者には褒美を与える』

と布告を発した。その一方で盧生ら精鋭の将達に部隊を率いて賊を討伐するように命じた。

官軍の逆襲が始まり、各地で激戦が繰り広げられた。

叛乱軍の兵士は紅色の頭巾をかぶっていたので、紅布の賊と呼ばれた。その一部が、河北の幽州付近に侵入したのだった。



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