第20話

「しかせんべいは買うな、上京」

奈良公園には無数の鹿が悠々と歩く。だが、鹿はここだけだはなく東大寺や春日大社にもいる。無法地帯だ。どこで襲われるか分からない。

「何で」

「鹿に食われる」

「それでいいんだろ」

「違う、持っていると、せんべい以外にも食らいつくんだ。鹿を舐めるな」

言ってる側から上京の持つ先方からの手土産に鹿が寄ってきた。今の時期は角狩りをしていないが、土産物にも鹿は寄ってくる。

「ほら、」と上京を抱えて鹿から逃げた。

「追いかけてくるから、その袋をオレに渡せ。上京が怪我でもしたら菊原課長に合わせる顔が無い」

「なんか、思ったより勇猛果敢だな」

「分かったか。じゃあ、引き上げる?」

「鹿じゃないよ、生田だよ」

はあ?

「生田に惚れてよかったと思った。守られてる感が凄い」

なんですって?

「鹿相手なら、誰でも守るだろ。こいつら結構食らいつくぞ。犬や猫じゃないんだ」

「そうか? 向こうの家族連れなんて集団で襲われてるよ」

見ると家族一同、鹿に囲まれている。何て気の毒。可愛い見かけで大人しそうだけど餌に食らいつくのはやはり野生の獣。おや、誰かに似てないか?

「風、出て来た」

上京に言われて気付いた。確かに向かい風が吹いてくる。

「ホテルに行くか。それとも強行して会社に戻る?」

「今出たら、多分静岡辺りで新幹線が停まるだろう。なら、泊まる方がいい選択だと思う」

うーん。台風が接近してるなら、一泊したら余計に足止めされそうだけどな。

それよりさ。

「腕から下ろしていい?」

「俺が風に飛ばされていいなら下ろせば?」

イラつくな。

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