第14話

「出張ですか」

帰社したら部長にオレだけ手招きされて嫌な予感しかしなかったが。

「そうだよ。おいちゃんとかんちゃんで奈良に行ってもらう。ああ、き」

「きのこは要りません」

「そうか。報告は耳にした。煩わせたな、おいちゃん。かんちゃんにも悪い事をした」

なんだ? 妙に気落ちしているな、いよいよ糖尿病でも拗らせたか。引き際か。

「そこでだ。私から提案がある。主任になったからには改めなければならない案件だ。心当たりはあるか」

また寝ぐせみたいなオレの頭の許可か。

「いつまでも、おいちゃんかんちゃんでは立場が無い。アイドルではいられない職位だ」

ようやくですか。

「おいちゃん。下の名前はなんだ」

「莞(ひろ)ですが」

「ひろちゃん主任と呼ぼう」

正気かこのクズ。

「止めて下さい。広めないで下さい。恐れながら気を確かに持っていただきたく思います」

「かんちゃんは抹(まつ)だったな」

上京の名はご存知でしたか。あなたこそ気が変ですよ。

「まーちゃん」

このクズ部長!

「あいつを愚弄するならたとえ部長でも承服は出来かねます!」

「雄々しいな、おいちゃん。しかし恋慕が滲み出て駄々洩れだ。その勢いで常務に食ってかかったんだろう。菊原課長から聞いている。かんちゃんを手元に返せと叫んだそうだな。愛念とは恐ろしい。この優男が引く手数多だろうに、かんちゃんしか目に留めずに挙句自分を律せず狂乱するとは」

このクズだらだらと!

「お言葉を返すようですが、手元とは言っておりません。あくまで営業部に」

「おいちゃん。返せ・は事実だな」

こん畜生。揚げ足とりやがる。

「きみの揺るぎない気持ちを汲んで営業部の稼ぎ頭と出張させてやる私の心配りに感謝しろ」

四六時中一緒なんですけどね。上京に囲われていますけどね。

「ただし条件がある。一線を越えるな。手を出すな。かんちゃんは全社のアイドルだ。取引先からのご指名もある。傷物にするな、いいな?」

オレを獣扱いですか。元々は上京から告られたのに、何てざまだ。でも返す言葉が無い。惚れたから。

「承知しました」

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