浅倉 智也
第4話 浅倉智也
「
彼は先週独身寮から出て、一人暮らしをし始めたばかり。引っ越し祝いに缶ビールを同僚から大量に貰ったからだ。
結婚を機に寮を出る人間が多いが、彼は独身のままだ。独身寮を出たのは、寮には新人が増え、なんとなく
「ったく、誰だよ」
このインターホンがなければ、彼は昼過ぎまで寝ているつもりだったのに、起こされたことに腹が立って独り言を言った。それに頭が重い。
重い体を起こし、インターホンのモニターを覗くが、引っ越してきたばかりで、どのボタンを押したらいいのかがわからず、出るのに少し時間がかかった。また、それが彼をイラつかせた。
モニターのボタンを押すと、「はい」と彼はできる限りの不機嫌な声で返事をした。
モニターには、銀縁の眼鏡に黒いスーツを着た見知らぬ男が2人写っていた。
「警視庁総務部秘書課のカワサキと申します」
「同じくムラタです」
2人は全く同じ動作で、身分証をモニターに向けた。背丈もほぼ同じ、なんの特徴もない白い顔、後ろに撫で付けた髪型、個性という個性を全て排除し、名前だけは違ったが、区別のつかない同じ風貌の2人だった。
浅倉は眠気と二日酔いで思考力が低下しているうえに、平穏な静岡県民の気質で、簡単にエントランスのロックを開けてしまった。
彼は開けてから、「誰だっけ?」と呑気な声を出し、洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗い、頰を叩き、頭をフル回転させ、「警視庁って言ってなかったか」とまた独り言を言った。
鏡に映った自分を見た。ひどい寝癖に、上下紺色の寝巻き。そして、慌てた。
彼の部屋のある5階まで上ってくる間に、着替えなければ、警視庁の人を相手に寝巻きのままだと失礼だと思い、クローゼットを開けるが、まだ思考回路が停止状態なので、何を着たらいいのか考えられない。選んでいる時間もないので、昨夜から脱ぎ捨ててあったスラックスを履いた。さすがにワイシャツはクシャクシャになっていたので、新しいものを探すが、こういう時に限って見つからない。
外から革靴の足音が聞こえると、インターホンが鳴った。今度は、部屋の方のインターホンだ。浅倉は、上がまだトレーナーのままだったが、待たせる方が悪いと思い、急いでドアを開けた。
「すみません、まだ起きたばかりで、着替えの....」
浅倉が言いかけたところで、2人組の片方がドアノブを持つ浅倉の手を掴み、もう片方がドアの隙間に革靴の爪先を差し込んだ。
「所属、静岡県警生活安全部人身安全対策課生活安全対策室、浅倉智也巡査、31歳、間違いはないですか」
2人の無駄のない動きに圧倒され、抵抗する隙間なく、彼は肘を掴まれ、裸足のまま外に出された。
「声は出さないように。手荒な真似をして申し訳ございませんが、黙ってついてきてください」
言葉は丁寧だが、有無も言わせない威圧感で、浅倉は頷くしかできなかった。もう1人の男が、静かに言った。
「警視総監が、お呼びです」
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