第2話 藍田の計画

 警視総監「寺岡和正」の次男、「寺岡正嗣てらおかまさつぐ」は、長男の「寺岡和仁てらおかかずひと」と違い、かなりの半端者だった。長男和仁は小さな頃から優等生で、順調に警視庁にキャリアで入り、親の敷いたレールに乗り、出世コースは間違いない。

 一方、弟の正嗣は優等生であったのも中学までで、中学卒業するとタチの悪い連中と付き合い、事件沙汰になることも親の和正が金で揉み消してきた。タチの悪い連中も、彼がその当時は警視正だか、警視庁のお偉いさんだと知り、正嗣を上手く煽てて近寄ってきた。正嗣は金持ちの王様気質で、それがわかっていながらも、逆に彼らを上手く利用していた。それでも正嗣は、成績だけは優秀で法学部のある大学に進学。そこでは法学部ではなく、経済学部を専攻した。


 その大学のOBが、岩倉亘、塚本恭二たちだった。岩倉らは度々母校へ訪れ、講演会などを催しシンパを増やし、そこから「宇宙の志」に入会する者が多かった。会員なった学生たちの殆どは、純粋にボランティア活動に従事しているだけだか、中には主要メンバーに上げられる会員たちが存在した。過激シンパ、と呼ぶような志がある人間ではない。金と時間を持て余す岩倉たちと悪さをするだけの連中だ。次男の正嗣はそこに属していた。


 岩倉たちは、初めから正嗣がだと認識して近寄ったと思われる。後々なにかと利用できるのではないか、と正嗣をそばに置いたのである。正嗣も元々素行の悪いタチなので、岩倉たちと親しくするのは極自然な成り行きだった。特に塚本とはウマが合った。王様気質の正嗣は、派手な岩倉たちよりも、物静かな塚本の方に懐いていった。


 警視総監寺岡和正は、この岩倉たちが「プラチナ」密売の主犯格だと厚生労働省がマークし始めた情報を掴み、自身の息子が関与していることを危惧していた。今回麻薬取締官を出し抜いて松本透逮捕に踏み切った理由は、そこにある。息子の不祥事は自分の経歴に傷が付くからだ。

 ライバル関係にある厚生労働省 麻薬取締官に嗅ぎつけられれば、真っ先に足を引っ張られるであろう。それは避けたい事態だ。

 寺岡は長男の和仁を溺愛し、次男の正嗣のことは疎ましく思っていた。事を起こす前に海外へでも出すことを考えていた。

 正嗣が失踪したことにし、偽造パスポートで、海外へ逃亡させることを藍田に命じていた。


 少しさかのぼるが、岸谷創一郎は不正を働いていた。押収した麻薬を囲っている売人に横流ししていたのだ。裁判の証拠品として役目を果たした後の焼却処分の麻薬を横流しし、小遣いを稼いでいた。それは岸谷が「プラチナ」の捜査に関わる以前の話だ。たまたま捕まえた売人があまりの小者で、見逃してやる代わりに囲うことにした。ほんの出来心だった。

 それをどういうわけか塚本恭二に目撃されていたらしく、岸谷は塚本に強請られることになった。塚本は岸谷を通して、警察の動きを察知できるようになった。

 だが塚本たちをマークしていた藍田賢治に、岸谷と塚本が接触していることを把握されていた。藍田はその関係を利用し、ある計画を思いついた。


「寺岡正嗣」と「塚本恭二」をすり替えること。塚本を殺し、その死体を「正嗣」だとして、警視総監の息子は死んだことにする。警視総監の次男 正嗣は「塚本」として海外に逃亡させる。正嗣にもその計画を話し、慕っている塚本が犠牲になるが、自分が自由になることと選び、渋々同意した。正嗣にも父親寺岡和正からは疎まれていることは勘づいていたため、日本での生活には未練がなかった。そして、不正を見逃す代わりに実行に移すのが「岸谷創一郎」。岸谷は断ることを許されない局面に立たされた。


 たが、計画を変更せざる終えない事態に陥る。藍田は、その事態を岸谷から聞いた。岸谷のところに「塚本」から連絡が入った。それは「正嗣」が死んだという内容だった。すり替えるどころか、本当に「正嗣」が死んでしまったのだ。死因はクスリの過剰摂取。日本でのだとしたのか、はたまた歳の離れた親しい友人「塚本」が犠牲になることに罪悪感を感じ自棄を起こしたのか、死んだ正嗣の心境は誰も知る由がない。


 自分が殺される計画を立てられているとは知らない塚本は、正嗣の遺体を前に、どうしたらいいのかわからず、岸谷に連絡を寄越したのだ。岸谷は、正嗣の遺体を処理するために塚本のマンションへ向かい、藍田の指示を待った。


 藍田は、計画を変更せざる終えなかった。藍田は考えた。


 実際には「正嗣」が死んでいるが、警視総監と、元の計画を知る石田課長には、計画通りことが進んだことを報告する。予定通り「正嗣」を「塚本」だとして海外に逃亡させたと報告するのだ。それには「塚本」が海外に飛ぶ必要がある。だが、事の成り行きを知られてしまった塚本を野放しにするわけにはいかない。「塚本」自体も処分しなければならないのだ。塚本を生かしておけば、岩倉たちにバラされ、弱みを握られる可能性がある。「塚本」を処分した後、「塚本」として海外に逃亡する身代わりを用意しなければならない。

 石橋を叩いても更に慎重に渡るような細かい神経の藍田は、予定通り塚本を殺し、本来「正嗣」であるはずだった身代わりを用意する計画を立てた。

 肝心の「正嗣」本人の遺体は、身元が分からぬよう、焼いて処理しろと岸谷に命じた。


 指示を受けた岸谷は、「塚本」と「正嗣」の遺体を荒川河川敷でホームレスが焚火で使うドラム缶に入れて焼いた。


 あとは「塚本」の身代わりを探すだけだ。用意周到な藍田は、全国の警察官データベースから「塚本」と骨格、背丈などが近い人物で役職に就いていない者を割り出し、警察官であるその人物には囮捜査と偽り、軽い整形で塚本にる、もう1つ計画を立てた。

 そして遺体が、「塚本」本人のものであるから、この「プラチナ」の密輸事件は被疑者死亡で幕を閉じれば、事件も解決で一石二鳥だ。それで、このゴチャゴチャしたややこしい計画は終わる。藍田にとって、岩倉たちはどうだっていい。最優先事項は、警視総監の次男「正嗣」を海外に逃亡させることなのだ。

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