ダブルプレイ
オノダ 竜太朗
岸谷 創一郎
第1話 岸谷創一郎
会議室では無数の咳払いと、椅子を引く音、紙を捲る音、
「聞け!静かにしろ!」
ここは警視庁管轄の所轄警察署の会議室。警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策第5課と所轄警察署の合同捜査本部だ。捜査本部が立ち上げられてから2週間、なんの進展もない苛立ちで、捜査本部の統率が乱れ始めている。
捜査本部と言っても、ただの会議室だ。テレビドラマで見るような、白い綺麗な壁の広い部屋でもなく、狭い。そこに大勢の刑事が鮨詰め状態で押し込まれている。もちろん、ドラマでよく見るハイテクを駆使したモニターなどもなく、隅にインクの消えない汚れが残る使い込まれたホワイトボードに、容疑者の写真がマグネットで貼り付けられ、殴り書きのプロフィールが書かれているだけだ。
「おい、女ぁ!聞こえねえぞ!」
こんなセリフは、一般企業で発言すれば、即処分対象となってしまうが、ここ警察は男尊女卑の体質が未だ根付いている。
女性の捜査官は、その罵声の方を鋭い目付きで睨んだが、誰が言ったのか見当がつかないまま座った。
「次の目撃情報は?今井」
今井と呼ばれた刑事も、写真と似た男を目撃した情報提供者に聞き込みをしたというだけで、なんの収穫もない、要するに手ブラだ。
容疑者の男の写真は、前髪で目が隠れている。しかも、ややボヤけた写真。男の名前は「
大学の同窓生に聞き込みをしたところ、大半の人間は、塚本のことを「岩倉の腰巾着だ」と言っている。喋りが上手く、他人の注目を浴びる岩倉に対し、塚本は口数が少なく印象の薄い存在だったという。それが妙にウマが合いつるんでいるのだが、見方によっては岩倉が陽の存在で、その陰にいるのが塚本。同窓生の中には、塚本は岩倉の言う事なら悪いことでもなんでもきく、と言う者もいた。
岩倉 亘は大学卒業後、自動翻訳機能を使い、世界の人がネットでアイデアの売買ができるサイトを立ち上げ、大ヒット。そこから派生し、デザイナーはネット環境から参加できるアパレルブランド「world brain」設立を皮切りに、多彩な事業を展開して一躍時の人となっていた。
その後、ボランティア団体「
これが岩倉の知名度が増すことに拍車をかけた。発足メンバーは岩倉の他、もう1人ベンチャー企業の経営者、大物政治家の2代目、老舗旅館の8代目、都内に3店舗を持つ人気スイーツ店の経営者の5人、共に大学の同期だ。この発足メンバーが、5人ともモデル並みの容姿で、若い女性の話題になった。今ではビジネス誌だけでなく、テレビやファッション誌にまで取り上げられるほどの人気ぶりなのである。「宇宙の志後援会」とは名ばかりのファンクラブまでできるほどだ。
その彼らの人気にも陰りが見えてきた。発足メンバーの政治家の2代目「
が、このプラチナは、大元のそのままの純度を保っているため手に入り難く、高額だ。したがって、金に余裕のある者しか手に入れることはできない。買う側にとっては、金に困っている口の軽い売人から買って、
先々月も、この「プラチナ」所持の容疑で、大物プロデューサーが逮捕された。それは氷山の一角で、芸能界、著名人に蔓延していると危惧されている。
その「プラチナ」の流通に関わっているとして、塚本恭二が容疑にかけられいる。塚本は、岩倉亘の秘書兼運転手ということになっているが、岩倉の事業の1つ、世界各地どこでも配送料無料で自分の要らない物を他人の要らない物と交換できる「warashibe」というサイトの運営で、何度か単独で海外に足を運んでいる。その足で海外からの上物のクスリを密輸していると考えられる。だが捜査本部は、その首謀者を岩倉亘と踏んでいる。
「なんなんだよ、その無料で交換って。ガキじゃあるまいし。そんなことして損じゃねえのか。どっから利益発生するんだ」
組織犯罪対策部組織犯罪対策第5課、警部補の
「まあ、ああいうのって、全部広告料が入ってくるんだろ。それに岩倉はアパレルブランドで使う生地やら素材やらを輸入したりと、なにかとついでがあるんじゃねえのか。頭いい奴は何考えてるかわかんねえよ」
岸谷は安浦のつぶやきにそう答え、緊張感のないヘラヘラした顔で、顎で藍田管理官を示した。
「管理官か。あいつも何考えてるか、わかんねえな」
小声で安浦が言うと、藍田管理官に名指しで、私語は慎め、と怒鳴られた。岸谷は、藍田賢治に目配せをしたが、気づかない素振りで流された。岸谷は貧乏揺すりをし、ヘラヘラした態度でミントタブレットを口に入れた。
「いいか。
この「プラチナ」を巡っては、厚生労働省の麻薬取締官も松本透をマークしていた。薬物所持を取り締まる警察に対し、薬物の蔓延を阻止、根絶を任務とした麻薬取締官とは、任務目的が違うため、互助できるはずがない。
松本透逮捕は、上層部同士で相当揉めた。
「宇宙の志」主要メンバーである松本透逮捕にあたり、岩倉を含む主要メンバー4人にも任意で聴取と検査を受けてもらったが、何も出てこなかった。これには、警視庁や所轄署の刑事からも、逮捕を早まったのではないか、もう少し泳がせておいた方が良かったのではないか、と言う声が多かった。この松本透逮捕により、他の関わっていたと目されるメンバーは警戒し、闇に葬られてしまう。
それでも藍田管理官が、松本透逮捕に急いだのには理由があった。麻薬取締官に絶対に先を越されてはならない理由だ。
「いいか。麻取とは絶対に接触するな!話しかけられても、返事すらするな!第5は目撃情報のあった練馬区周辺、所轄はその周辺を徹底的に洗え。
藍田管理官の怒号で、捜査官たちは一斉に会議室を出ていった。岸谷創一郎も安浦達雄と一緒に立ち上がり、会議室を後にする。
松本透逮捕を急いだ理由は、藍田管理官、そしてその隣に座っていた第5課課長
それを岸谷創一郎は知っていた。岸谷は藍田管理官から秘密裏にある作戦を命ぜられたいた。要は、岸谷も藍田の腰巾着なのだ。
※あくまでフィクションですので、実際の組織、役職、階級が辻褄が合わないかもしれませんが、あくまでフィクションですので。
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