呪いのこけし

 あなたは呪いの存在を信じますか?

 人間や動物が特定の相手に恨みや憎しみを持つと、それが精神的なエネルギーとなって対象の健康を蝕んだり、あるいは場所、モノに取り憑いて周囲に害をもたらしたり。そういった呪われたモノを呪物と呼んだりするそうですが、今回はその呪物に関するお話です。

 それはK県のとある旅館に飾られている、高さ1m、横幅40cmほどの木製のこけしで、どこにでもあるようなのっぺりした表情をしています。かなりの重量があり、おいそれと動かすことはできません。

 ずば抜けた大きさを除けば、一見するとどこにでもある普通のこけしなのですが、それが呪いの物品であることは霊媒師が保証しています。こけしはS県で職人の手によって製造されたものだそうで、それがなぜ呪いのこけしと成り果てたのかは職人本人にもわからないそうです。

 さて、そのこけしはどのような祟りを振りまくのかといいますと──この宿に泊ったひとは1/8000の確率で、1日以内に怪死を遂げてしまうそうです。

 …………。

 え? いやですねぇ、間違いじゃないですよ。1/8000です。8000人泊って1人だけ死ぬ計算です。

 ……ええ、おっしゃりたいことはわかります。すんごく低い確率ですよね。けれど呪いは本物だそうで、その1/8000に当選した人間は確実に死を迎えます。心臓発作、事故死、自殺、殺人と、さまざまな死因で。

 そんな危険なこけしをどうして処分しないのかと、とある宿泊客がオーナーに質問したそうです。そしたら、

「いやぁ、だってこのこけし、20万円もしたんですよ? 捨てるのもったいないじゃないですか。それに愛嬌のある顔をしていますし、宿泊客に悪さをするのも8000人に1人だけですし、それくらいならいいかなぁって思って」

 とのことです。なんとも、ちゃらんぽらんなオーナーですよね。こけしの呪いは宿泊客にのみ降りかかるそうなので、安全な自分は高みの見物ということなのでしょうか。

 とはいえ、信じがたいことに、その呪われたこけしをひと目みたいがためにその宿へ宿泊する悪趣味な観光客は後を絶たないそうです。なにせ滅多なことでは呪いが降りかかることはないですし、宿泊料が素泊まりでたったの3000円ですもの。

 そしてなにより、とてつもないスリルを味わえるんですからね。

「もしかしたら自分が死ぬのではないか?」という恐怖と、それとおなじくらいの「明日の朝、目を覚ましたら宿泊客のだれかがすでに死んでいるのではないか」という興奮。

 じつはね。わたし自身も好奇心からその旅館に宿泊したことがあるんですよ。

 異様な光景でしたよ。大勢の宿泊客たちが部屋にこもらずにロビーに集合して、巨大なこけしの前でなにかを期待するような眼差しを互いに送りあっていたんですもの。「もしかしたら今夜、このなかのだれかが死ぬのか? わざわざ遠出してきたんだから、せっかくならひとが死ぬところを見てみたいなぁ」という捻れた思惑が渦巻くなか、オーナーだけがカウンターでにこにこしていたんですもの。

 ちなみに、わたしが宿泊した日には死者が出ませんでした。が、そのわずか13日後、その旅館の宿泊客のひとりが観光中に事故死したそうです。たまたまその事故に居合わせた宿泊客たちは、一様に死体へスマホのカメラを向けていたそうですよ。ふふふ。刺激の足らない現代人には、呪いすらもエンターテイメントとなっているのかもしれませんね。

 よろしければ、あなたもその旅館に宿泊してみませんか? 住所はですね……。

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