紅紅帽
あなたは組体操をしたことがありますか?
組体操とは、小学校の運動会の種目のひとつです。扇、倒立、騎馬など、様々な演目があり、なかにはかなり難易度の高いポーズもあります。
ところがこの組体操ですが、現在では危険であることを理由にPTAや保護者たちからクレームが入り、禁止されている学校が少なくないとのことです。
さて、組体操とはどのくらい危険なのかと調べてみましたところ、まあ出るわ出るわ。骨折、捻挫、なかには後遺症が残るケースまであったそうです。ここまで事故が起きていて、どうして組体操が全面的にとりやめられないのか不思議でなりませんよ。
ちなみに組体操が敬遠されるようになった原因のひとつに、凄惨すぎるため報道規制された事故があるそうなんです。
その事故は16年前、S県K市の小学校で発生しました。
組体操はおもに高学年の種目でしたので、肩車や騎馬などのやや難易度の高い項目にチャレンジしていったそうです。
なかでも組体操の花形のピラミッドについては、教師と児童たちのあいだでやや議論を呼んだそうです。例年通りのオーソドックスな項目でおこなうか、それとも新しいピラミッドに挑戦してみるか?
そのとき、教員のひとりが「せっかくだからできるだけ高く、きれいなピラミッドを作ってみよう」と提案したそうです。複数人の教師が安全性を理由に反対していましたが、最終的には彼の熱意に折れて賛同しました。児童たちは大盛り上がり。自分たちがどこまで高いピラミッドを作れるか試してみたかったのでしょう。彼らはすべてのクラスの人員を動員して、なんと十段にまで挑戦しました。
予行演習のときです。
そのピラミッドは横に広がるばかりでなく奥行きにも人員を割いて、本物のピラミッドのように立体的な形状だったそうです。
さて、ここで計算してみましょう。子供ひとりの体重が40kgとして、一番下の人間にかかる重圧は軽く100kgを越えます。
まだ思春期の少年少女のなかに、その重みに耐えきれないコがいました。身体の弱い児童のひとりがバランスを崩してしまったのです。
ピラミッドはあえなく、土台から崩れるようにして崩壊しました。その時点で八段目まで完成していましたので、最上段にいた児童は2mほどの高度から落下したことになります。あわや地面に叩きつけられるかと思いきや、最上段の児童は下にいた友人──Rくんがクッションになってくれたため助かりました。Rくんは背が高く頑丈な身体だったため、一番下の土台の役目をしていました。彼はたくさんの児童たちに踏みつけられながらも、痛々しげに苦笑していたそうです。
全員にケガがないか確認が終わってから、ふたたび場が仕切り直されます。教師たちの号令とともに、またピラミッドが一段目から形成されていきました。Rくんも配置について四つん這いになったそうです──が。
紅白帽ってご存知ですか? 体育のときに頭にかぶる、表地が赤色で、裏地が白色になっている帽子のことです。
Rくんはそのとき白帽をかぶっていたそうです。その彼のかぶっている白い帽子が、じわじわと赤く染まっていったそうです。そして彼の全身ががくがくと痙攣し始めました。
「R? どうした」
そばにいた先生が彼の異変に気づき、彼の肩を叩くと、
バシャッ。
コップの水をぶちまけるような音とともに、彼の紅白帽が地面に落ちました。
Rくんの紅白帽は頭部からの鮮血で真っ赤に染まっていました。帽子の生地に染み込んだ鮮血が、裏地の白い部分までも紅く染め上げていたそうです。
ピラミッド倒壊の事故の際、Rくんは十人分を超える児童たちの体重を一身に支えていました。崩壊したときのはずみで、そんな状態のまま何人もの児童たちから頭を蹴られていたそうなんです。彼の頭部の一部は陥没しており、頭蓋骨が砕けていました。本来であれば即座に大量の血を撒き散らしていたはずなのに、紅白帽が止血帯の代わりになっていたそうです。
帽子を取り落とした直後にRくんは膝の支えを失って崩れ落ち、白目を剥いて失神しました。病院に緊急搬送されて手術を受けた結果、一命を取り留めたそうですが、彼は斜視を患ってしまったらしいです。巨大ピラミッドの提案をした先生は、なんと責任も取らずにのうのうと教師の席に座り続けているそうですよ。
その巨大ピラミッドには少なからぬ児童や先生が危険だと異を唱えていたらしいのですが、体育会系のノリと「一生に一度の思い出づくり」という甘言に惑わされて、結局ゴーサインが出てしまったようですね。まともな判断のできるひとが周囲にいたとしても、ときどきこのような暴走が発生してしまうのが集団心理の恐ろしいところです。そして最悪の事態が起きたとしても、みな口をそろえていうのです。「こうなるとは思いもしなかった」あるいは「自分は反対したのに」とね。
あなたも、どうぞ見えている地雷は踏まないように、あるいはだれかに踏ませないようにお気をつけください。
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