掃除機で遊ぶな

 あなたの家に掃除機はありますか?

 まあ、普通はありますよね。いまどき掃除機を持っていない家庭のほうが珍しいでしょう。

 では、この掃除機を使って遊んだことはありますか?

 わたしはあります。子供のころに掃除機の吸引口を口にぴったりとあてがったまま起動スイッチを押したらどうなるか、試してみたことがあるんですよ。

 結果は、猛烈な勢いで空気を吸われて、肺のなかの空気をほとんど吸い出されちゃいました。苦しくなって大慌てで吸入口を引き剥がしましたよ。この遊びをしたことのあるひとは少なくないかもしれません。

 ところで、吸入口を耳に密着させたまま起動させるとどうなるかご存知ですか?

 まず、鼓膜が破れます。まあ当然ですね。脆く薄い膜に過ぎない鼓膜に強烈な空気圧がかかると、あっけなく破壊されてしまいますから。

 では、ここで痛みに耐えかねてスイッチを切らなかった場合、どうなるでしょうか? ──それを試みた子供が20年ほど前のN県にいたそうです。世の中には危険なことにチャレンジしたがるタイプの人間はどこにでもいるものですからね。

 彼が鼓膜が破れる激痛に耐え、なおも吸入口を耳に押し当てていると……耳の奥から『どゅるん』という異様な湿った感触がしてなにも聞こえなくなり、不意に強烈なめまいを覚えて転倒してしまいました。

 彼が床に倒れたまま耳の穴に触れてみると、ぬるぬるとした柔らかな細長いものに触れたそうです。その3cmほどの蕎麦に似た触り心地のなにかが耳の穴から垂れ下がってぶらぶらと揺れているんです。

 人間の耳は奥へ進むにつれて外耳、中耳、そして内耳と分類されており、一番奥にある内耳には三半規管という器官があります。

 三半規管とは耳の奥にある渦巻状の器官で、人体のバランス感覚を司る非常に重要でデリケートな器官のひとつです。傷ついたり、歪んだりすれば二度とまともに機能しなくなってしまうほど脆弱だそうです。

 彼の耳から垂れ下がっていたのは、その三半規管でした。内耳にあるはずの三半規管が、耳孔から覗けるほどに吸い出されてしまっていたのです。もちろん治療は不可能。その子供は生涯、まっすぐに歩くことのできない身体になってしまったそうです。

 あなたも掃除機を扱うときにはどうぞお気をつけて。うっかり吸入口を耳に当てたりしないように。

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