小人の靴屋

 グリム童話に『小人の靴屋』という物語があるのをご存知でしょうか。

 むかし、とある靴屋がいました。その靴屋は貧乏だったため材料がろくにそろわず、一足分の靴しか作ることができなかったそうです。ある夜のこと、一生懸命に靴を制作していた靴屋がうたた寝をしていると、作りかけの靴がいつのまにか完成していたというお話です。その靴はとても美しい出来栄えだったので高値で売れ、そのお金を元手にさらにたくさんの靴を作ることで、やがて靴屋は貧乏から脱却できたという内容ですね。

 物語では、靴屋が眠っているあいだに靴を完成させたのは小人ということになっていますが、これには、とある医学的な解釈が存在するそうです。

 夢遊病ってご存知ですか?

 この病気は有名ですよね。睡眠障害の一種で、本人が自覚していない夢うつつのまま無意識に身体が動いてしまう現象のことをいいます。ぶつぶつと埒もないことをつぶやいたり、ゾンビのように徘徊したり、トイレにいったり、ものを食べたりするそうです。

 夢遊病を発症する原因は、ストレスによるところが大きいんですって。

 そして、夢うつつのあいだにストレスの原因を解消しようとするんです。そういう状態では、起きているあいだには理性でセーブしていた本能や潜在能力を開放できちゃうらしいんですよね。

 この靴屋にとって、たった一足しか素材のない靴はストレスの根源でした。決して制作に失敗するわけにはいかない。もしこの靴が売れなかったらどうしよう……と、かなりのストレス下にあったことでしょう。その結果、心理的重圧から逃れるために、さっさと靴を仕上げてしまうように半覚醒状態の脳が肉体に命令をくだし、靴屋は意識がないままに潜在能力を開放しつつ、身体だけを動かして靴を完成させた──というのが、医学的に説明のつく『小人の靴屋』の真相です。

 え? 肝心の小人はどこへいったのかって?

 夢遊病というのは、レム睡眠(浅い眠り)の状態で起こります。つまり夢うつつだったわけです。靴屋は夢のなかで小人を目撃したのでしょう。

 これはなにも、おとぎ話のなかでのみ発生することではありませんよ。

 あなたも経験があるのではないでしょうか。

 ものすごい眠気に襲われた状態で授業を受けていて「こんなことノートに書いたっけ」と不思議に感じたことや、睡魔に襲われながら高速道路でハンドルを操っているときなどに「あれ、いつのまにこんな距離を走ったんだろう。よく事故を起こさなかったもんだ」とゾッとしたことが。もしくは、眠る直前にはトイレに行きたかったはずなのに、朝に目が覚めたときにはスッキリしていたことが。

 そういった奇妙な経験が多いようでしたら、ひょっとしてあなたはストレスの多い環境で暮らしているのかもしれませんよ。

 ふふふ。あるいは、それらの不思議な出来事はすべて、小人が仕事をしてくれたことにしたほうがロマンチックでしょうかね?

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