第4話 どうせ死ぬのに、どうして生きているの?
〈登場人物〉
サヤカ……小学5年生の女の子。
ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。
サヤカ「ウサ、人間って、何のために生きているの? だって、どうせ死んじゃうんだよ」
ウサ「どうしたの、突然?」
サヤカ「突然ってわけじゃなくて、時々考えるの。学校の宿題とか、お母さんに頼まれたこととかしているときにね、どうせいつか死ぬのに、どうして、わたしこんなことを頑張っているんだろうって」
ウサ「うん。これは、きちんと考えておかないといけないことよね。一緒に考えてみよっか。サヤカちゃんは、『どうせいつか死ぬのに』って言ったけど、実際に死んだことはないでしょ?」
サヤカ「当たり前だよ!」
ウサ「でも、そうするとね、どうせ死ぬのになんていうことは、どうして言えるのかな? 一度もしたことがないのに、どうしてそれをするって分かるの?」
サヤカ「えっ……だ、だって、人間っていつか必ず死ぬでしょ? わたしだって人間だから、死ぬはずでしょ」
ウサ「確かに、自分が実際にしていなくても、別の人がしていることだったら、どんなことか想像ができそうな気がするね」
サヤカ「そうでしょ」
ウサ「じゃあ、仮にサヤカちゃんも死ぬとするね」
サヤカ「仮の話なんかじゃないよ、ウサ。絶対に死ぬの」
ウサ「それについては、ちょっと置いておいて、死ぬとして、サヤカちゃんは死んじゃうから、生きるためにあれこれがんばることは意味が無いって思うのね?」
サヤカ「うん、そうだよ。だって、がんばったって、どうせ死んじゃったら、全部パーになっちゃうんだから、がんばったってしょうがないって気になるの」
ウサ「本当にパーになっちゃうのかな?」
サヤカ「え?」
ウサ「サヤカちゃんは死んだ人と話したことある」
サヤカ「無いに決まってるでしょ!」
ウサ「だったら、死んじゃったら全部パーになるかどうか分からないんじゃない?」
サヤカ「……それって、死後の世界があるってこと?」
ウサ「それは分からないけど、でも、この世の中に今生きている人は、誰も死んだことがないんだから、あるともないとも言えないんじゃないかな。だから、死んだら全部終わりとも言い切れないんじゃない?」
サヤカ「わたし、死後の世界なんて信じてないもん」
ウサ「信じるかどうかってことで言えば、信じなくていいと思うよ。『死後の世界はある』ってはっきり言う人もいるけど、それはウソか、じゃなければ勘違いね。じゃあ、サヤカちゃんが死ぬっていうことに話を戻したいんだけど、サヤカちゃんは、自分が死ぬところを想像したことがある?」
サヤカ「うん……」
ウサ「どんな想像?」
サヤカ「体が段々と動かなくなってね、感覚もなくなっていって、ちょっとずつ意識も薄れていくの」
ウサ「それで、どうなるの?」
サヤカ「どうって……意識がなくなっておしまいだよ」
ウサ「意識がなくなったっていうことには気づけるの?」
サヤカ「えっ……うーんと……どうなんだろ……意識が無くなったわたし自身を、もう一人のわたしが上から見ているような感じなんだけど……あ、でも、それって、意識がまだあることになるのかなあ」
ウサ「意識が無くなったサヤカちゃん自身を見ているサヤカちゃんがいたとして、そのサヤカちゃんは、生きているの? それとも、死んでいるの?」
サヤカ「えっ……どっちなんだろう……体は死んでいるけど、心っていうか……魂みたいなものは生きているのかな」
ウサ「じゃあ、その魂も死んだ状態って、どういう状態なの?」
サヤカ「魂も死んだ状態………? ………分かんない」
ウサ「分かんないよね。何でかって言うとね、何もかも無くなってしまった状態っていうのは、考えられないからなのよ。もしも考えられてしまったら、その何にも無いものが『ある』ことになっちゃうからね。だから、死っていうのがどういうものかは、考えることはできないの」
サヤカ「死は考えられない……?」
ウサ「うん。だからね、死後の世界がなくても、『どうせ死ぬのに』っていう言い方はできないのよ。どうせ死ぬのにって言うためには、死がどういうものか分かっていないといけないよね。でも、死がどういうものかは分からないんだから」
サヤカ「……死が考えられなくて、『どうせ死ぬのに』って言い方ができないとしたら……じゃあさ、人間って何のために生まれてきたの?」
ウサ「人間はね――まあ、わたしは人間じゃないけど――何のためでもなく、生まれてきたのよ。なぜだか生まれてきたの。なぜだか生まれてしまったっていうことが全ての始まりなんだから、『何のために』なんてことにはならないのよ」
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