第2話 ウソって絶対ついちゃダメなの?

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子。

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。


サヤカ「ねえ、ウサ。今日、わたし、学校でウソついちゃった」


ウサ「ウソ?」


サヤカ「うん。友だちが髪を切ったんだけど、前の髪型の方がいいと思ったのに、『そっちの方が可愛いね』って言っちゃったの」


ウサ「友だちがせっかく髪を切ったのに、『前の方がよかったんじゃない』なんて言えないよね。本人が気に入っていたらなおさらだよね」


サヤカ「でも、ウソをつくのはいけないことだよね……」


ウサ「そういうことになっているね。でも、どうして、いけないのかな?」


サヤカ「えっ?」


ウサ「他のいけないこと、たとえば、人の物を盗んじゃいけないっていうのがどうしてかは分かりやすいよね。だって、盗まれた人を傷つけることになるからね。人に暴力を振るっちゃいけないっていうのも、人の悪口を言っちゃいけないっていうのも、やっぱりその人を傷つけることになるからいけないよね。そうすると、しちゃいけないことっていうのは、人を傷つけることだって言いかえてもいいよね。でも、ウソをつくことって、人を傷つけることになるのかな」


サヤカ「……ウソをついてお金を取ると、その人を傷つけるよね。結婚詐欺とか、振り込め詐欺とか」


ウサ「うん。でも、サヤカちゃんが、今日ついたウソは、お友達を傷つけていないよね。もしも、そのお友達が、『サヤカちゃんから見て今の自分の髪型が可愛いかどうか本当のことが知りたい』って思っていたのだとしたら、サヤカちゃんが本心を隠したことは、その子を傷つけるかもしれないけど、そういう感じだった?」


サヤカ「ううん、そんな真面目な感じゃなくて、軽い感じで聞いてきただけだよ……そっか、じゃあ、ウソをついてもよかったんだ。よかったぁ……。ねえ、ウサ……」


ウサ「なあに?」


サヤカ「じゃあ、どうして、お母さんもお父さんも、学校の先生も、『ウソをついちゃいけません』ってだけ言うの? 『人を傷つけるウソをついちゃいけません』って言った方がいいんじゃないの?」


ウサ「うん、それはね、まずウソっていうのが大体の場合は悪いことだって考えられていて、それで、『どんな場合にもウソをついちゃいけません』って教えておいた方が、『ウソをついてもいい場合があるんだよ』って教えるよりも、ウソをつかなくなるからだと考えられてるからじゃないかな」


サヤカ「ウソっていうのが大体の場合は悪いことだって考えられているのは、何となく分かるけど……そのあとは、どういうこと?」


ウサ「たとえばね、サヤカちゃんがテストを受けるときにね、100点を狙って勉強するのと、60点を狙って勉強するのとじゃあ、どっちの方が高い点数を取れると思う?」


サヤカ「それは、やっぱり100点を狙う場合じゃないかなあ。だって、60点を狙って勉強したら、最高でも60点しか取れないもん。100点を狙って勉強すれば、失敗しても、80点くらい取れるかもしれないし」


ウサ「じゃあ、『どんな場合でもウソをついちゃいけない』っていうルールを守ろうとするのと、『ウソをついてもいい場合があるんだよ』って教えられて、そうするのでは、どっちがウソをつかなくなると思う?」


サヤカ「それは……そっか! 『どんな場合でもウソをついちゃいけない』っていうルールの方だ! そのルールをちょっと破ってウソをついても、大体は破らないでウソをつかないでいられるから」


ウサ「うん。『どんな場合でもウソをついちゃいけない』っていうルールはね、ウソをつかないっていうテストに関して100点を目指すものだからね。こういうルールはね、絶対に守られるなんていうことは、初めから期待されていないの。でも、これよりゆるやかなルールを作ってしまうとね、そのルールさえ守られなくなってしまうのよ。『ウソをついてもいい場合があるんだよ』って教えられちゃうと、それも守られなくなって、本当はウソをついてはよくないときにもウソをつくようになっちゃうと考えられているのね」


サヤカ「うーん……でも、そうしたらさあ、『人を傷つけないウソはついてもいい』っていうのは、どこで習うの? 誰も教えてくれなかったとしたら」


ウサ「世の中にはね、誰からも教わらなくても、成長するにつれて何となく分かることっていうのがあって、『人を傷つけないウソはついてもいい』っていうのは、その一つなのよ」

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