女の子とウサとの哲学的会話

春日東風

第1話 どうして学校に行かなくちゃいけないの?

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ



サヤカ「ねえ、ウサ。どうして学校に行かなくちゃいけないの?」


ウサ「学校で嫌なことでもあったの? サヤカちゃん」


サヤカ「ううん、そんなことないよ。でも、たまにはさ、行きたくないこともあるし。お父さんのお仕事の場合は、『有給休暇』っていうのがあるでしょう。わたしにもそういうのあったらなあって」


ウサ「学校の有給休暇かあ……学校に行かなくても行ったことになって、勉強したことにもなるなんて、そんなことあったら、面白いね」


サヤカ「そうでしょう? どうして毎日学校に行かないといけないんだろう。だって、学校で勉強していることなんて、将来役に立たないでしょ。役に立つものもあると思うけど……でも、この前、お母さんに、『社会』のこときいてみたらね、分からないって言うんだよ。忘れちゃったって」


ウサ「うん、確かに、小学校で勉強していることの中で、大人になっても使う知識っていうのは、限られてくるよねぇ。『国語』と『英語』くらいは、使うかもしれないけどね」


サヤカ「お父さんは、学校で勉強をすることで、物事の考え方を勉強するんだって言っているけど……学校で勉強しないと物事の考え方って勉強できないのかな」


ウサ「そんなことはないと思うよ。それに、物事の考え方を勉強するためだとしても、だからって言って、そのために、今学校で勉強している『算数』や『社会』を勉強しなければいけないってことにはならないと思うしね」


サヤカ「じゃあさ、勉強以外に学校に行く理由があるってこと?」


ウサ「人間関係を学ぶためだっていう意見もあるね」


サヤカ「人間関係?」


ウサ「うん。人とどうやって付き合えばいいのかっていうことを知るためだって」


サヤカ「それって、学校じゃないといけないのかな……いけないとしても、そのために、毎日学校に通わないといけないの?」


ウサ「そうだね。学校じゃないといけないってことはないだろうし、もしも学校じゃないといけないとしても、そのために、毎日通わないといけないってこともないよね」


サヤカ「じゃあ、どうして学校に行かないといけないんだろう?」


ウサ「サヤカちゃんは、どうして学校に行かないといけないって思っているの?」


サヤカ「えっ……だって、小学校って義務教育でしょう? 法律で決まっているんじゃないの?」


ウサ「義務教育っていう言葉は、誤解されていることが多いけど、あれはね、子どもが学校に行かなくちゃいけないっていう意味じゃないのよ。親が子どもを学校に行かせなくちゃいけないっていう意味なの。実はね、子どもが学校に行く義務っていうのは無いのよ」


サヤカ「えっ、そうなの!?」


ウサ「そうよ。学校で習わなかった?」


サヤカ「習ってないよ……じゃあ、わたし、学校に行かなくてもいいんだ……」


ウサ「法律――正確に言うと憲法――の上ではそうなるけど、でも、サヤカちゃんが、お母さんやお父さんにそう言っても、二人は納得しないだろうね。学校で嫌なことがあって、サヤカちゃんにどうしても学校に通いたくないっていう気持ちがあったら、二人とも納得してくれると思うけど」


サヤカ「……そうだよね。じゃあ、おんなじことかぁ……」


ウサ「うん。じゃあ、どうして子どもを学校に行かせないといけない義務教育っていう制度があるのか、ある制度がどうして存在するのか、それを『制度趣旨』って言うんだけどね、義務教育の制度趣旨を考えてみよっか」


サヤカ「義務教育がある理由?」


ウサ「そうだよ。国はどうして義務教育っていう制度を作ったのか」


サヤカ「親が子どもを学校に行かせないといけない理由……うーん……やっぱり、子どもを勉強させるためしか、思いつかないよ」


ウサ「うん、その通りなんだ。でも、子どもに勉強させるっていうことの意味には、二つあるんだよ」


サヤカ「二つ?」


ウサ「一つはね、子どもに勉強をする機会を与えること。サヤカちゃんは、学校の勉強は嫌い?」


サヤカ「嫌いってわけじゃないけど……あんまり面白くはないかなあ」


ウサ「でも、それってやってみないと分からないよね。それに、やってみて、そのとき面白くないって思っても、ある程度続けてみたときに、面白いって分かるかもしれない。子どもに対してそういう勉強に対してのチャンスをあげることが、義務教育の一つ目の制度趣旨なの」


サヤカ「もう一つは?」


ウサ「もう一つは、子どもを働かせないためにかな」


サヤカ「子どもを働かせない?」


ウサ「昔はね、大人だけじゃなくて子どもも働いていたんだよ。子どもっていうのは、『小さな大人』だと思われていて、ごく幼いうちから、大人と同じように扱われて、働かされていたんだ。義務教育っていう制度はね、そういうことをやめましょうっていうためのものでもあるのよ。子どもっていうのは、働くんじゃなくて、勉強する存在なんだよっていうことを、はっきりと知らせるためにもあるの」


サヤカ「ふうん、じゃあ、義務教育って大事なものなんだ」


ウサ「うん。でもね、サヤカちゃん、制度っていうのは、あくまで、その制度を利用する人のためにあるの。もしも、義務教育を利用して、学校に行っているサヤカちゃんが、本当に学校に行きたくない気持ちになったとしたら、学校に行くことよりも、サヤカちゃんの気持ちの方が大事なんだから、そんなときでも学校に行かなければいけない理由なんてなくなるのよ。それは、ちゃんと覚えておいてね」

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