プレイボール!
タカザ
プレイボール!
審判がそう宣言したのを合図に振りかぶる。最初の一球だ、自然と肩に力が籠もってしまうが構わず俺は球を投げた。
その初速は第三宇宙速度を優に突破し、音速を超えた証であるソニックブームがマウンドの土を大げさに削って俺を中心とした巨大なクレーターを形成する。
えっ。とでも言いたげなキャッチャーの伊藤くんの構えるミットに吸い込まれるように収まっていくボールだったが、ミットの素材は鋼鉄ではなく牛革だし伊藤くんの素材もカーボンナノファイバーではなくただのタンパク質だ。おかげでボールはミットで止まらず、彼を突き抜けて赤い霧を飛ばしながらついでに後ろのアンパイアも肉の塊にする。そのままバックネットを突き破り真っ昼間から酒を飲んでいた観客のおっさん共も愉快なオブジェに変えた。
球場の壁すらも貫いて空へ消えていくかというその珠はあまりにも加速が強烈すぎた代償として空気との摩擦熱で一個の火球と化していた。
野球だけに。
衰えぬ速度のままに宇宙を突破したその先には月があり、人類の叡智たるスペースシャトルを以てしても数日かかるその道のりをわずか三十秒で完走した火球が月を粉砕し、何処ともなく宇宙の彼方へと消えていくのを誰も見ることがなかった。
いや、二人だけ、その超常的な光景を目の当たりにする。
ボールを放った俺。そしてバッターの斉藤。
グランド内にいる他のメンバーたちは爆裂なソニックブームの煽りを受けていつの間にか死んでいた。
「手加減しろよ馬鹿」
「すまん」
ため息混じりに斉藤が指を鳴らす。
すると、ビデオの逆再生のように世界が復活していき、行きと同じく凄まじい速度で帰ってきたボールをキャッチする。泥で汚れてはいたが、燃えてはいなかった。
「プレイボール!」
審判が宣言する。
斉藤をちらりと見れば、「わかってんだろな」みたいな顔を浮かべていた。
なので手加減をして投げた球を斉藤が地球上の全核エネルギーを爆発させても足りないような猛烈なパワーで振られたバットで捉え、なんだかんだあって大量に死んでついでに太陽が真っ二つに割れた。
「おい」
「すまんすまん」
指パッチンして世界が戻り、「プレイボール!」審判が告げる。試合はまだ始まったばかりだ。
俺たちがついうっかり地球を丸ごと割ってしまうのはもう少しあとの話である。そして、この試合を無事に終えるのはそれよりももっともっとあとの話なのである。
プレイボール! タカザ @rabaso
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます