第2話:理の螺旋

 マイラ・クリアシャフトは僅か15才にして魔導技師として名をはせた。

 天才だとか百年に一度のとか―――まあ色々言われたものだが、マイラ自身はそう思っていなかった。

 勉強していない事は分からないし、努力した分しか進めないし、出来ない事は出来ないのだ。


「ふむ…なるほど。この回路じゃあ、火の回路を氷属性で絶縁しなきゃ危険なんだ…」

 雑多な書類と内部構造をむき出しにした魔導器に囲まれた研究室で、これまた、机上に積まれている大量の書類と魔導器に向き合っていた。



 マイラがしているのは、いつ・どうして問題が発生し、どうすれば改善されるのかを洗い出す事だった。

 試験時のデータログから改善点を抜き出す作業は書類と魔導器を交互に見ていく事の繰り返し。


 華やかな扱いを受けるGFギアフレーム技術の裏側は、地味。地味極まりない。

 そして、楽という言葉とは縁遠い作業の連続。長時間に及ぶ緻密な分析が必要な重労働である。

 ただ―――

「そうか…空中の魔素は地表よりも濃いのかも…それで、コンバーターが負荷に耐えきれなかった可能性が…」

 ただ、マイラが15才にして魔導技師になれた理由はここにある。

「既存部分との連携がうまくいっていない?もしそうだとすれば、肩部までショートしている形跡がある説明もつく…」

 マイラの表情は、強張ったり綻んだりと忙しない。先程とはうってかわって生気に満ちていた。

 次々と問題点を浮き彫りにし、リスト化していく。

 淀みない手の動き。らんらんと輝く目。マイラは調子を取り戻しつつあった。

 しかし、内心では不安を消しきれていない。

「作り直し、どうしよう」

 ぽつりと呟いて、手が止まってしまう。

 そうだ、作り直す方法が分かっていても、作り直す材料が無ければ話にもならない。

 ヴロス司令官がどうにかしてくれるといいのだが…最初からヴロス司令官の頑張りを前提にすることは出来ない。あまりにも他力本願だ。


「マイラぁー。調子どうよー?」

 研究室の扉をノックなしに開けて入ってきたのは友人のドルニアだった。少しばかりマイラよりも年上だが、お互いそれを気にした事はない。

 橙に近い金髪は腰まで伸びているが、後ろで縛っている。美人ではあるのだが、煤と汗で体中が汚れていた。

「あ、ドルニア。実はねー…」

「待ったー…とりあえず、お水ちょうだーいぃ…」

 ドルニアは手の甲で額の汗を拭い、疲れた表情を隠そうともしなかった。

 一仕事終えてからすぐに来てくれたのだろうなぁ、とマイラは苦笑いした。


 ドルニアが一息つくのを待って、マイラは言った。

「通常の魔導回路はここにある物を使えば作れる。だけど、それだと回路がもたないみたい」

 つまり高耐久の回路基板を作らないといけないのだが、あいにくそんなモノはここにない。次いで、カネもない。

 しかも今までの人生を勉強と研究にかまけていたせいで人脈すらない。

 つまり、材料のあてはない。

「通常の魔導回路を使って、何とか試験飛行に耐えるように設計しなきゃいけないの!」

 言葉にすれば簡単だが…やり方については、皆目見当もつかない。

 マイラは新技術の開発については今まで熱心に研究してきたが、既存技術の改善については明るくなかった。

 今までマイラの話をふむふむと聞いていたドルニアは言った。

「回路、見せてくれる?」



 ドルニアはずっと無言だった。

 ひたすら回路をいじくり回しては偶に書類をちらりと見る。その繰り返しだった。

 そこから数分後のことだった。

「無駄が多いね、これ」

 あっけらかんと断じた。呆れるでもなく、嘲笑するでもなく、ただ事実を告げる。

「そうなの!?」 マイラは身を乗り出すように聞いた。

「取り込んだ魔素を全部変換してるでしょ、これ。風の魔素取り込んで風属性に変換しても意味ないじゃん」

「あ…確かに」

「駄目だよ、空は魔素濃度が違うんだから。コンバーターの理論値を上回ってんじゃないの?それに、メインサーキットの負担が大きすぎる。このサイズの基盤を使うならサブシステムを使って…」



 ドルニアの話を要約すると、ハードを取り替えないなら魔導器に組み込む「魔術式」を徹底して見直さなければならない、という事だった。

 マイラはそれに全面同意していた。魔術式を組み込んだのは他ならぬマイラだったので、その仕事ぶりを全面否定されていると捉える事も出来るが、何ら気にする様子は無い。ドルニアも同情的な姿勢は一切見せずに鋭い指摘を繰り返した。

 トライ&エラーが骨身にまで沁みている者にこそありがちな、「完成した後こそ間違いに対して不安を感じやすい」という性質をマイラも持っていた。逆に言うと、「どっか間違えてるんだろうなあ」と、どこかで思っていたのだ。

 そして今は、「不正解なのは分かっているが何が間違いか分からない」という状態だった。

 それが解消されたのだから、マイラとしては嬉しさでいっぱいだった。

「気持ち悪いのがすっきりとれたよ!ありがとうドルニアちゃん!」

「後半、殆どあんたが喋りまくってた気がするけど…まあ、いいや」

 回路を始めとしたハードの知識であれば、ドルニアはその専門であり、マイラよりも上であった。なので、魔術式に関してあーだこーだと言ったのはむしろマイラだった。

 椅子をなかば強引に奪い返したマイラは早速机上のノートに術式を書いていく。

 既に修正案が頭の中で完成しかかっているのだろう。ドルニアとしては、マイラを技師として尊敬しているのだが…。

「なんとかなりそう?」ドルニアは聞いた。

「わかんない!」マイラは正直に答えた。

「わかんないって…」

 ドルニアとしては、マイラは中々目が離せない存在だった。…色々と。

「魔術式の修正と回路設計はなんとかしてみる!…けど」

「なに?」

「外部装甲と噴射ノズルに魔素集積カプセル…ええと、他にもいっぱい足りないかな…」

「え?この部屋、こんなにいっぱい物があるのに?」

 ドルニアの見渡す限り、この部屋にはGFの残骸…もとい、手やら肩やら、部分的なパーツがごろごろしていた。

「ここには回路基盤と腕部パーツしかないよ!」

「なんでそれしかないのよ…」

「だって直近まではアームズシンクロ(外部魔導器とGFの手・腕の動きを同調制御する技術)の研究ばっかりしてたし…」

「……そればっかりはねえ」どうしようもない、という声なき声をドルニアは発した。

 資金力のある研究室ならいいが、あいにくとマイラは独立した研究室だ。顧問が居ないので自由に研究テーマを決められる代わりに、後ろ盾となるものが何もない。こういう研究室は上層部に申請して物資や資金を提供してもらうのだが、提出後に何日も待たされた挙句、最低限のものしか回してもらえないのが世の常であった。

「どうする?ヴロス司令に頼むなら早めに言っといた方がいいんじゃない?」

 ヴロス司令官がマイラとは懇意というのは周知の事実だったので、ドルニアとしては当然の帰結である。出来ないものは出来ないとして、早く他人を頼った方が良い。

「まあそこはそれ、体当たりというか…」

 快活なマイラにしては珍しく、歯切れが悪かった。それを見逃すドルニアではない。

「え、どういうこと?」

「というわけで、行ってきまーす!」

 マイラは考える素振りもそこそこに、全力ダッシュで部屋を飛び出した。

「ちょっとマイラ!…いつも体当たりばっかりしてるくせに」

 ドルニアの呆れ声が、部屋に響いた。



 こういう、マイラのように人脈のない独立研究室のメンバーで共有している秘密が一つある。

 ヴェルミリオンの都市から西に3日ほど馬を走らせた先にある港町に、GFパーツを横流しする商人がいるという事を、まことしやかにささやかれている。

 GF自体は、本部での登録ナンバーが必須だったり扱いにライセンス必須だったりと厳しい事で有名だが、それはあくまで「GF」に限った話だ。

 GFのパーツ一つ一つまでは、そこまでセキュリティが厳格なわけではない。

 それはまだGF技術が未熟なせいでパーツ単位での管理が出来ないからなのだが…今はその未熟ぶりに感謝するマイラだった。


 西行きの馬車には定期便がある。さすがに3日の距離は高額になるが、マイラは押しも押されぬ魔法都市所属の技師なので、そこそこの給金は得ている。

 もっとも、趣味が高じ過ぎた為ほとんど手元に残ってはいないが…とりあえずのところ、旅費はなんとかなりそうだった。

 問題は、「旅費は」なんとかなるものの、それ以上の事が出来そうにない事だ。マイラにパーツを買い付けるほどの財力があるなら最初から真っ当な手段で手に入れている。

 その商人にはもう一つの噂がある。それが本当であればマイラにもチャンスはあるのだが…。

「ヴロス司令官に怒られないかな…まあ、体当たりでなんとかしよう」


 西行き馬車の駅には、様々な人々がいた。

 外套を着込んだ貴族風の男性、簡素な旅装の女性、大きなカバンを担いだ少女…。

 そこに技師用作業着を着ている少女が加わったからと言って、何の違和感もない。

(って、作業着着たままじゃん…まあいいか、外出用の服なんて持ってないし)

「君、作業着のままか?外用の服とか無いのかね?」

「ひぃえ!?」内心で思った事をそのまま横で繰り返され、マイラはのけぞった。


「…くっ」

「君な…人から目を逸らして呻き声を上げてはいけないと教わらなかったか?」

「…特には」

 がたがたと車輪が鳴る馬車の中で、マイラはあまり会いたくない人物と鉢合わせた。

 顔立ちは平凡そのもの、いやむしろ地味の部類に入る。会ってから1分もすれば忘れてしまえるほどには特徴の無い顔だ(事実、マイラは何回か顔を忘れた)。

 恰好だけは立派なものだった。毛皮を用いた高級外套、鮮やかな紅色を基調とした燕尾服、首に掛けられたエメラルド煌めくペンダント…。

 この男、モルナ・グルベールはれっきとした魔法都市所属の技師である。専門分野で言えばマイラと同じくソフト側の者なので、マイラは何回か話をする機会もあった。

 仕事中であっても、いつも短外套を羽織っている気取り屋。二言目には嫌味を吐く皮肉屋。

 そして何より、貴族の末端ながら、財力はいち市民とは段違いの「お坊ちゃん」。


「ま、君は所詮『独立連中』の一派だものな?仕方ないよなぁ、礼を知らなくてもさぁ」


「僕のように由緒正しい家系の者は、礼儀を叩きこまれるからねぇ。ああ、窮屈に感じる事も多いんだよなぁ、君のような気楽な奴が偶に羨ましくなるよ」


「飛行ユニットについては、残念だったねぇ?ああ、とても残念だよ。…ぷぷっ」


 ああ始まってしまった。


 マイラは死んだ目で、窓から外の景色を眺めた。

 馬車、とは言っても生きた馬が荷車を曳いている訳ではない。10人分の収容が可能な荷車と同程度に大きい魔導器である四輪駆動の「馬」で曳航しているのだ。

 馬を操るのはやはり人間なので休みなく動くわけには行かないが、それでも1日の航続距離が段違いである。

 マイラはこの馬車が好きだった。魔導器が好きだからこそ魔導器技師になったのだが、マイラの魔導器と言えば魔導馬車が最初に思い浮かぶ程になじみ深い。


 だからこそ、勝手に隣を陣取るモルナが憎かった。思い出が汚れていく気がする。せめて他の場所に座って欲しかった。


「ところでマイラ君。君はどこに行くのだね?」

「ああーその…ネスクヴァに」

「ネスクヴァ?最西端の町だね。随分と辺鄙な場所に行くんだな君は」

「はぁ…」

「んん?ははぁ分かったぞ。飛行ユニットのパーツでも買い付けに行くんだろう。あそこには闇商人がいるって話だものなぁ」

「へぇ…」

「だが、魔法都市の品位を下げるような真似はよしてくれたまえよ。我々は大勢の中から選ばれた優秀なる…」

「ほぉ…」


 貴族は、しばしば弁を弄する機会が多いと聞いた事がある。

 だが、こいつの口と言ったら、こちらの生返事など意に介さずに開き続ける。会話をしているのではなく、こいつが一方的に話しているだけだ。

 もはや、一種の特技だ。認めよう、それだけは凄い。

 神様。

 もし神様という存在が居れば、本気でお願いします神様。


「知っているかい?我々の研究はね、GFの周囲に特殊な力場を発生させる事だ。これさえあれば飛んでくる魔導弾だって逸らす事が出来るし、上手くやれば斥力を発生させて飛ぶ事だって…」


 こいつ、ちょっと黙らせてください。




「ところで、ネスクヴァと言えば…気になる事を聞いたなぁ」

「はぁ…」

 30分話し続けてまだ話題があるのか、こいつ。と内心毒づいたマイラだったが、どうにも単なる自慢や嫌味でないようだったので聞いてやる事にした。

「最近、彼らの漁場に『ダスク』が出たって話だ。行くんなら気を付けた方がいいだろうねぇ」

「ダスクが?」

 ダスク―――というのは、手っ取り早く言ってしまえば「黒い化け物」の事だ。

 シルエットは人間に近いが、全身が漆黒の皮膚と漆黒の体毛で覆われ、人間を捻り殺す程の腕力を持ち、がさがさという奇怪な声で鳴き、拳大の眼を持つという話だ。

 詳しい事はまだよく分かっていないらしい。近年、ヴェルミリオンに比肩するほどの規模を持つ海洋都市ルタカーノで最初に確認されて以降、ダスクと名付けられた。

 そいつらには背中に木の枝のような細く奇怪な翼があり、海の向こうから大挙して飛来してきたという。

 ルタカーノはヴェルミリオンの南西にある―――つまり、マイラの目指す西方向からやってきたのだ。

「全滅したって話だったけど…」

「巷じゃ尖兵や偵察に過ぎなかった連中を倒しただけじゃないのかって噂になってる…そもそも、どこから発生したのかよく分からない連中だしねぇ」

 最初ダスクが飛来してきた時、GFと魔導器によって迎撃した。多くの犠牲と共に飛来してきたダスクは全滅した、というニュース紙が都市に出回った事をマイラはよく覚えている。

「まぁ、お蔭で警備は厳重になったって話だよ。特に沿岸部は機動歩兵でガッチリだそうだ。安心だねぇ?」

「え、マジ…?あ、ええ、安心ですハイ」

「ああ、しかしこう、胸が躍らないかいマイラ君」

「は…?何が?」

「彼らの装備がだよ!我々が魔法学会に新技術を発表した後は!我々が、そう、他ならない我々が開発した技術を身に着けているかもしれないのだよ!いや絶対装備している、しているとも!」

「ああー…確かにそれはそうね」

 今までは一方的な話題しか無かったが、今日初めて同調出来る話題だった。

「だろう!?私の研究室で開発中の『力場』と、君の開発している『飛行ユニット』。それらを装備していると想像しただけで、滾ってこないかね!」

「うん、それはかなり滾る!」

 ああ、思い出した。

 こいつ、基本的に嫌なやつだけど、心底から軽蔑出来ないところが逆に苦手なんだった…。

 そう、局地的話術と、魔導器に関する情熱だけは本物だと思うのだ。だから、嫌えても軽蔑は出来なかった。


「あ、まあ君の『飛行ユニット』は失敗したのか…まあ『力場』だけでも滾るな、うん!」

 やっぱ軽蔑に値するわ、こいつ!




 3日という時間をただ無為に過ごすわけにも行かないマイラは、少ないながらもノートや実験用の機材などをきっちりと準備していた。全て、基礎理論見直しの為である。

 準備の準備程度しか出来ないが、それでも出来る事は全てやらなければならない追い詰められた状況である。

 だが。


「しかし今年の魔法学会は激戦になりそうだな!もはや君には関係ないかもしれないが、『力場』の他にも注目に値する研究があってね、なんでもGFの形状を変化させるとかいう…」


「君はサデ・ノルダールが著した『魔素の昇華理論』を読んだかね?読んでない?素晴らしい本だったぞ。彼によるとこうだ。魔素とは使用される毎にその性質を変化させ…」


「ブランチェスト河に行った事はあるかね?でも君は河に住まう魚にしか興味は無かろう。しかし一度見てみると良い。周囲の魔素群を。他とは違った濃度を持つ水の魔素が…」



 どうやら、モルナは行き先が殆ど同じらしい。マイラの目当てとなるネスクヴァの手前の街に行くのだと言う。つまり、停車駅としてはマイラと同じだった。

 彼もまた、3日間馬車に乗り続け、マイラを見つけ次第すぐに隣に居座り、延々としゃべり続けた。


 この世に神は居ない。心底からそう思った。


 マイラは、死んだ目でノートを眺めた。

 ドルニアとの話が飛ばないように、せめてもの覚書をメモに残す事しか、マイラには出来なかった…。


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