JK、夕焼けに哭く

さて、昼前ごろになって、わたくしと千代松は広島の剣生と合流した。畔戸屋がわたくしたちの身柄と、荷物を預かりにきたのだが、と伝えると、どうやらこの近くで商いがある度いう話は、松枝屋には伝わっていない様子であった。


「そもそも、畔戸屋さんは船回りの問屋さんでしょう。こんな山間で商いなんて、おかしな話ですよねぇ。」


のんびりとした口調の女剣生が、調書を取りながらそういった、ついでのように、荷物の中身も問われたが、郷士からは何も聞いていないと応えた。そこからが本題である。千代丸の身の上と、畔戸屋のそばに控えていた深靴ブーツの女について伝えると、女剣生は少し顔を曇らせた。

どうやらここ数年、この付近ではおかしな噂が絶えぬらしく、広島の郷士や、郷士の旧友である松枝屋の悩みの種となっているらしい。


「このあたりでも、夜遅くに身元のわからん荷車が山へ入るのを見た、なんて話をよく聞くんですよ。ただでさえ、拐わしの騒ぎでみんな不安がっているのに。」


それから、と女剣生が付け足す。千代丸のほうへ向き直ると、あなた、あの村の子だったのね、と語りかけた。


「当時のことはようく覚えているンです。お役場も学舎も、ひっくり返ったような騒ぎでしたから。」


聞くに、千代松の村で起きた騒ぎは、単に盗賊の押し込みというわけではないようであった。役人や剣生の駆けつける頃には、村中に火の手が回っており、襲撃者の招待は最後までつかめなかった。炎が消え、検分が始まってようやく、遺体の数が異様に少ないことに気づいたのだそうだ。


「とにかく畔戸屋さんのことは、直ぐに広島へ使いを出しますね。」


そうして、こまごまとした手続きを彼女に任せ、わたくしたちが宿に戻ろうとしたそのときであった。


ついさっき通ってきた往来から、火事だあっ、と、人々のあわてる喧騒が聞こえてきた。


そのときのことは、つい昨日のように思い出せる。さあっと血の気の聞く音など、耳奥にこびりついている有様である。

表通りに飛び出すと、火は、私たちの宿から上がっているようであった。


半鐘の鳴り響く中、街を喧騒と悲鳴とが取り巻いた。結局、火の手が完全に収まったのは、それから数刻してのことだった。

幸い全焼には至らず、ほかの宿へ燃え移ることも無かったが、役人や剣生を駆り出しても、人の収集はまったくついていない様子であった。


わたくしはといえば、必死の様相で、お留さんを探している最中であった。わたくしたちの部屋は火の手から遠くはあったが、どうにも先ほどから姿が見えない。千代松や、客の誘導をしていたらしいご主人にも探すように頼んだが、日の傾く頃になっても、一向に見つからなかった。


すると、喧騒の中から一人、おい、と町人らしき男がわたくしを呼び止めた。昨日の喧嘩に集まった野次馬のようだった。


「あんた、あんたの連れをみたんだよっ。」


男が早口でまくし立てる。わたくしは男の両肩をつかむと、必死になって問い詰めた。


「火の手が上がったばかりの頃だっ。火事場のどさくさに紛れて、あんたの連れを担いで連れ出してる女がいたんだよっ。」


火の手の上がったときから感じていた、嫌な予感が実を結ぶのを感じた。

同時に、はらわたのそこから、ふつふつと怒りの湧き上がってくるのを、生まれてはじめて自覚した。そのときに知ったことだが、腹から怒りの湧き上がるほど、頭を冷や水につけるような感覚が苛むのである。

わたくしは男に礼を告げると、最後にと一つたずねた。


「荷車の噂について、詳しいことを聞かせてくれ。荷車はどこへ向かっている。」


「あ、ああ。夜中の荷車かい。どこへ、という話は聞かないが、車が入ってくらしい山には、廃工場しか残っちゃいねぇよ。」


「ありがとう。」


そう言って、わたくしは腰元の真剣を確かめた。

唇の端をぐっとかみ締めると、わたくしは山にあるという廃工場を目指した。

確証など一つも無かったが、今はあの男がもたらしてくれた情報にすがるしかなかった。

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