JK、地元剣生と語らう

「いやあ、うちの馬鹿が本当に申し訳ないっ。」


そういってご老人は深々と頭を下げると、お前も謝るんだよ、と、大きな瘤を拵えた少年の頭を、引っつかんで下げさせた。少年は不満げであったが、どうにも逆らえない様子であった。


「ご主人、顔を上げてください。こらえ性のないそこの男が悪いのですよ。」


先ほどの男、長髪をつむじの辺りに結った、涼やかな目の美丈夫が、ご主人をなだめるようにそう言った。先ほどの野試合の騒動を納めた後、わたくしと、大男と、少年と三人に拳骨を食らわせたのは、この美丈夫である。この男の拳骨ときたら、本当に、心の底から痛かった。


「今晩の宿とお食事は、こちら持ちにさせていただきますンで、どうか、休んでいっておくんなさい。」


そういって、ぺこぺこと頭を下げるご老人に、それならば、と美丈夫が返した。どうやらご老人と少年は、この町で宿をやっている風であった。


「我々よりも、こちらのご婦人二人に部屋を用意していただきたいのですが、空きは有りますかな。」


「へい、もちろんご用意させていただきます。」


ご主人はそう言うと、自分の宿へと案内してくれた。わたくしたちも、ちょうど宿を探している最中であったから、遠慮なくその話に乗ることとした。

案内されたのは随分な老舗のようで、建物の作りこそ古かったが、よく手入れの行き届いた雰囲気のよい宿であった。美丈夫は主人に頭を下げると、改めてわたくしたちに、すまなかったね、と話しかけてきた。


「今晩、侘びをかねて夕餉にご同席いただきたいのだが、よろしいだろうか。」


「侘びだなんて滅相もない、こちらも随分手ひどいことをしました。」


この美丈夫が出てきた時から、すっかり縮こまっていた大男が、ちらりとこちらに目をやった。幾分か、こちらへの敵意を感じたが、美丈夫が目線でたしなめると、それ以上の反応はしないようであった。


さて、宿に腰を落ち着けた私たちであったが、夕餉の時間までは幾分か時間が空いていた。幸いにも、拳骨を食らった脳天を除いて、たいした傷の一つもなかったものの、往来で暴れたせいか、体がひどく汚れてしまっていた。

さっと一風呂浴びてしまおうか、といそいそ準備していたところ、剣生さん、とお留さんに声を掛けられた。


「……お怪我がなくて、本当によかったです。」


「お留さん、心配をかけて悪かったね。」


「本当に、無茶はよしてくださいね。剣生さんにもしものことがあったら、留は……。」


服の胸元をぐっと握り締めて、お留さんはそう言った。

荒っぽいことの苦手な人であるから、心配をかけるのは本当に申し訳ない。目じりを赤くするお留さんに、きっと約束します、と伝えると、今の今まで緊張していたのか、すっと体から力の抜けるのがわかった。

お留さんも随分と焦燥していたようだから、結局二人連れ立って、風呂を浴びることとした。


偶然にも一番風呂をいただいて、心身ともにさっぱりとした頃、例の二人との夕餉に誘われた。部屋まで言伝てにきたのは、宿を手伝っているのであろうあの少年であった。部屋に通され、目の前に四人前の料理が並べられると、宍戸は頭を下げてこう言った。


「改めて、私は広島の学舎で剣生をしております、宍戸ししど 新右衛門しんえもん。こちらの男が、鹿島かしま 馬之輔うまのすけというものです。」


二人は、広島からやってきた剣生ということだった。馬之輔と紹介された大男は、あいも変わらず無愛想であったが、美丈夫こと新右衛門が、今は故あって、広島の剣生一同、近隣各所をめぐっているのです。とにこやかに付け足した。


「あたしは、日向は津逗島家の門弟、島 佐織という者です。こちらはお手伝いのお留さん。」


「と、留にございます。」


なれないご馳走を目の前に動転したのか、お留さんは多少どもりながら答えた。


「津逗島から広島の松枝屋様に届け物があって、二人でお尋ねする最中です。ついでというのも失礼ですが、広島の学舎にも修行に伺う予定でした。」


やはり、と宍戸は頷いた。どうやら、松枝屋にも話は通っていたようで、見かけたら注意するよう伝えて欲しい、と、学舎に言伝があったようだ。

剣生が町々をめぐっているというのも何かあってのことだろうか、とわたくしは宍戸に訊ねてみた。


「ええ、拐かしですよ。」


宍戸はさらりと告げた。


「ここ数ヶ月、年若いご婦人ばかりが狙われていてね。役人じゃあ手に負えんということで、我々剣生も駆り出されているンですよ。」


いっそう険の強くなった宍戸の言葉に、我々もただ息を呑むばかりであった。

結局、宍戸ら二人との会食は、拐かしの話題以降、なんとも浮ついた雰囲気でお開きとなった。別れ際、松枝屋さんには悪いですが、と前置きして、宍戸はこう述べた。


「お二人ならば我々の手助けは必要ないでしょう。」


苦々しく告げた宍戸の顔からは、かすかに心労を読み取ることができた。部屋の様子から伺うに、もう一、二ヶ月はあたりを駆けずり回っている様子であったし、肉体的な疲れも多かったのであろう。


「くれぐれも無茶をなさらずに。この街から広島まで、剣生が必ず近くに滞在しておる筈ですから、何かあればすぐ呼んでください。」


わたくしたちは二人との会談を終えて、その日はゆっくりと休養をとった。間違いなく心労の一端を担っているであろう大男は、結局一度も口を利かぬままであった。

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