第2話

 葬式は、淡々と一生を生き、終えた祖父の人柄を反映するかのように、淡々と進行していった。

 哲也は、これで三度目になる肉親の葬儀を、ただぼんやりとやり過ごしていた。一度目は母、二度目は祖母だった。


 参列者はぽつりぽつりと姿を現したが、そのほとんどが高齢者だった。

 遠方で暮らしており、高齢のため、淋しそうに電話口で参列を断った人や、すっかりボケてしまい、家族や老人ホームの職員から断られた人もいた。

 哲也の知らなかった祖父は、どんな人だったのだろう。


 父が祖母――父にとっては、母になるわけだが――と冷戦状態にあったため、ほとんど行き来はなかった。

 それは、祖母がこの世を去ってからも尾を引き摺り、考えてみれば一歳という記憶も残らない頃と、祖母の葬儀、それと、何故かは忘れたが小学生の頃に一度、会ったきりだった。

 どうにも、ぴんとこないというのが実情だ。

 良くも悪くも強烈な個性を放っていた祖母に対して、祖父の印象は驚くほど薄い。

 実質二度しか会っていない人であれば、それも仕方がないのかもしれないが。


 祖父母の子供は父だけなので、残された土地やわずかながらもある貯蓄は、全て父が受け継ぐ権利を持つらしい。

 あまりに突然で呆気なかったから、俺にはやらんっていう遺言書を書き忘れたのかもしれんなと、父が笑えない冗談を口にしていた。

 父なりに、親不孝を責めたかったのかもしれなかった。


「おい、これからどうする」


 葬儀の翌日、昨日の臨時国会を映し出すニュースを見ながら朝食を摂っていた哲也に、起き抜けの父は言った。

 数秒遅れて、哲也は、ああ、と声を出した。


「父さんは、仕事?」

「ああ。お前も、バイトとかあるだろう」

「うん。…いや、十七まで入れてないから、そっちは大丈夫。ここは、すぐ引き払う?」


 椅子を引いた父の皿に焼いたパンを乗せて、コップにオレンジジュースをぐ。父は、礼を言うとジュースを一気に飲み干した。


「まさかすぐには。遺品の整理もあるしな。もうしばらく残るのか?」

「いい?」

「好きにしろ。…案外、その方が喜ぶかもしれないな」


 それきり、二人は食事に専念するかのように黙り込んだ。テレビの音とセミの声だけがする。

 元々、全くないわけではないものの、そう会話の弾む家族でもなかった。


「私は、一旦帰るよ。仕事も無理を言ってきたからな」

「うん。俺も、十六日の昼くらいには帰る。それまで、伯母さんのところででも飯食っててくれよ」


 母方の伯母は、今回、葬儀のことを知って来ようかとも言ってくれていた。遠いからと、断ったが。


「…そんなに生活能力がないように見えるか?」

「見えるんじゃなくて、実際ないよ、父さんは」


 二人は、どちらからともなく微苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る