第五十話「*山下武の最期(後編)」


 暗い、異形の森の中。

 二つの不気味な月の下。


 目の前に二体の化け物がいた。




――遠間の距離。


 白兵戦より数歩。

 まだ、間合いは遠い。


 徐々に近づいてくる二体の敵。

 片方はさっきの奴と同じくらい小柄。

 もう片方は俺と同じくらいにガタイが良い。


 左右からの挟撃。

 このまま相手にするのはちと分が悪いか――。





――こんなの、どう考えたって普通じゃねぇよ。


 だってのによ。俺はいつも以上に冷静だった。


 心は凪いで、研ぎ澄まされていた。


 だからだろうか。



 無駄に思考する余裕があった。

 まるで時間が止まったかのような思考速度。



 こんな時に、こういう事を考えるなんて変なのかもしれねぇけどさ――。





――ケイト。



 もしかしたらよ、お前は俺に救われたとかって、恩とか感じたりしてるのかもしれねぇけどさ。



 それは俺もなんだぜ?



 俺だってお前に救われてたんだからさ。



 あの時、絶望を乗り越えられたのは間違いなく、お前のおかげなんだ。



 周りの奴らはくだらねぇとか、アイツも終わったな、なんて言ってたけどよ。



 俺にとってはアレが始まりだったんだ。



 新しい始まり。



 あの日、俺の新しい生き方、生きる道を、お前は確かに示してくれたんだからさ――。





――雑魚から早めにケリ付けるのが手堅いか。


 棍棒を持った左のチビに向かって近づいていく。


 右の奴が、そうはさせじと早足で近づいてくるのが一瞬見えた――。





――色んな作品教えてもらったっけな。


 エロゲーで泣けるなんてアホだろって笑った。


 本当に泣ける作品を知って号泣した。


 エロゲーで燃え展開とか、萌えの間違いだろ? そう笑った俺に、お前はただ無言で作品を差し出す。


 熱い展開に心が震えた――。





――サイドステップで左の敵に接敵。


 敵は棍棒を持った右手を軽く上げ、攻撃の構えを見せる。


 それを見た俺は、両拳を頬の高さに上げ、どっしりとは地に足を付けず、フットワーク重視の立ち方で構える。

 総合やキックボクシングを見て覚えたフォームだ。





――お前の薦めてくれた作品は本当に面白くてよ……。


 やるべき事を失って、何もなくなっちまって、からっぽになっちまった俺の心の隙間と時間を埋めてくれた。


 暇つぶしって言っちゃあ悪いかもしれねぇけどさ。あの時間が無かったら、多分、俺は潰れてた――。





――射程に入り次第、振り下ろすような一撃が俺を襲う。


 あの構えならそれしかねぇよな――。





――お前の選別眼は凄ぇよ。


 なんたってハズレがねぇ。


 みんなはそんなこと、とか、くだらねぇ、って笑うかもしれねぇけど。


 もし俺が何も知らずに適当に作品を選んでたらよ、なんだこんなもんかって、つまんねぇもん引っ掴んで、それで終わっちまってたかもしれねぇんだからな。


 そんでよ――。





――余裕のサイドステップで攻撃をかわすと、俺は相手の懐に潜り込む。


 相手の右側。

 振り下ろした手のアウトサイドに潜り込み、右正拳突きを脇腹に叩き込む――。




――俺は馬鹿だからさ。


 人に誇れるものなんざ体格と筋肉くらいしかねぇし。


 そこそこ喧嘩の仕方もわかっちまってるから……なんてぇの? 多分さ、お前がいなかったら、俺は取り返しの付かない道に行っちまってたかもしれねぇんだよな。


 他人をぶっ壊して、てめぇの涙の代わりに他人ひとの血を流してさ。

 暇つぶしに力を行使してはその日暮らしに怠惰に生きる。


 その内、そういった道の極みともいえるようなヤベェ奴らの筋に進んじまってよ。

 はぐれもん街道まっしぐらで、親を泣かして生きて……。


 いつかは路地裏でくたばってたのかもしれねぇ――。




――手ごたえあり。アバラをへし砕く。


 そして即座に左上段回し蹴りを即頭部へと叩き込む――。





――そんな俺に、お前は楽しい世界を教えてくれた。


 全部、お前のおかげなんだぜ?


 だからさ、俺がお前を助けるのに理由なんていらねぇんだよ。


 ダチを助けるのに、何の理由がいる?


 ダチを守るために戦うのに何の理由が要る?


 俺は何のために力を手にした?


 人を壊すためか?


 違うだろ!!




 いつか夢見たスーパーヒーローみてぇに、強い自分になるためだ――!





――まずは一匹。


 倒した敵を引っつかんで起こしながら、その背後に隠れるように一度左へサイドステップ。

 挟撃を防ぐべく、敵の体を盾にする――。





――あぁ、そうだ。


 男は誰だってヒーローに憧れんだよ。


 戦隊物だって見てたし、特撮だって見てたよ。


 誰だってそうだろ?


 ガキの頃はさ。男はみんなオタクだったんだよ。


 それがいつしか恥ずかしがって、女に好かれるために興味もねぇお洒落だの車だの時計だの、モテるための趣味に方向変えたがるけどよ。


 男は誰だってみんな強いもんが好きだし、重火器が好きだし、巨大ロボットにロマンを持つ。


 それが男ってもんだろ。


 俺は、その原点に戻っただけなんだ。




 何年も続けてきた空手。


 破門されようとも一人で続けてきた空手。


 誰かを守るために、時折喧嘩で磨いてきた技。


 今使わねぇでどうすんだよ。


 なりてぇだろ。ヒーロー。


 なるんなら、今だろ――!





――案の定サイドアタックを狙っていたもう一匹が至近距離まで迫っていた。


 躊躇なく振り下ろされた斧が、俺の倒した敵の頭部をかち割る――。





――こんな訳のわからねぇ場所で、訳のわからねぇもんに巻き込まれちまったけど。


 それでも、だからこそだ。


 俺はこの技で、お前らを守ってみせるぜ。


 だってよ。


 大事なダチだからな――!





――倒れる“敵だったもの”。


 仲間を殺したってのに、まるで気にもとめずに敵は再度、斧を振り上げる――。





――だからよ。


 こんな所でやられちまう訳にはいかねぇんだよ――!





――振り下ろされる斧、斧を持つ手首目掛けての上段受け!


 からの内回し蹴り――!





――俺がお前らを守るんだ!


 大事なダチを!


 そのために鍛えあげてきたこの、俺の手で――!!





――膝を高く上げ、フレイルのように膝から上の脚を内回しに、半月を描くように捻転させ、素早く相手の顔面へとスナップを効かせた蹴りを叩きつける。


 いつもの練習メニューには無いものの、総合やフルコン空手の試合を見て学び、真似して稀に練習メニューに追加してる技。

 三日月蹴りに続く俺の得意な変則蹴り第二号、それがこの内回し蹴りだ。


 こいつを顔面に当てられりゃ、俺くらい大柄の大男でも少しは利く。


 変則的な軌道で飛んでくる蹴りで頭部にダメージを受け怯んでいるその隙に、水月への正拳突き――!!





――残念な事に、情報は得られなかったけどよ。


 少なくとも、こんな化け物野郎どもがいるって事だけは情報が得られた。




 そして、なんとか勝てる相手だって事もな――!





――くの字の体勢になった敵の顔面を両手で掴んで引き寄せて、首相撲からの膝、膝、膝!!


 顔面への膝で上に意識を集中させたところで解放してからの、急所蹴り――!





――ならば話は簡単だ。


 後は、何度でもこいつらをぶちのめして、さっさとこんな森からおさらばだ――!





――スナップを利かせた前蹴りによる股間への痛打で意識を下に向けさせてからの、上段回し蹴り!!


 からの、ダメ押しの上段後ろ蹴り――!!





――そして大冒険の果てに。


 平和な元の世界に戻ってハッピーエンドだ――!!





――ゆっくりと崩れ落ちるように倒れゆく敵。


 油断をせずに残心――。





――だってよ。俺だけじゃねぇんだからな。


 神倉だっている。


 なんてったってアイツは剣道のチャンピオンだ。

 そいつが獲物もって控えてるんだぜ?

 負ける道理がねぇ!


 アキラは……。


 戦えねぇけど、頭だけは誰よりも良い。

 きっと良いアイデアがいくらでも浮かぶに決まってるさ!


 マヤとリョウは……。

 見た目が良いからな。

 きっと街での情報収集とかで役立ってくれるはずだ。


 ケイトは……。

 みんなを上手く導いてくれよな。

 なんだかんだでお前がこの部のリーダーだ。

 全員を上手くまとめられんのはお前だけだよ。


 だから。

 こんな状況でも、がんばっていこうぜ!

 そして、あの楽しくて幸せな日々を取り戻――。




 ドクン、と。体の中が脈打った。




 アドレナリンが切れたのか、体中が痛ぇ。


 いや……違う。


 痛むのは……腹か?



 全身がどっしりと重い。

 全身の痛みも、とどのつまりは疲労……。



――の、はずだった。



「……なんだ、これ……」



 腹に触れた右手が、嫌なぬめりを感じとる。


 視界に入れれば、赤。


 手が、ドロリと赤色に染まっていた。


 血――?


 刺された?


 いや、あの時……俺は確かに下段受けで受け流したはずだ。


 よく触れて調べてみる。


 安堵した。


 皮膚をちょっと掠めた程度か。


 はらわたがはみ出てないって事は、かすり傷って事だ。


 なんだ、たいした事――。




 ドクンと、再び血管が脈打った。





――刹那、地面に倒れ伏した敵が溶けるように消えていく。


 斧で頭をカチ割られた奴だ。


 それはまるで幻想的な光景。


 まるで光る砂のような、細かな輝く金の粒子になってサラサラと消えていく。




 それはまるで――ゲームのような不思議な光景。




 俺も……この世界で死んだらこうなるのだろうか――。





――ふざけんな! 俺は……!!





「ふせろ!!」



 背後からアキラの声が聞こえたような気がした。



 なんだ……どうなってんだこれ……。



 体が……思うように動かねぇ……。



 視界が……霞む……。



 マジかよ……まさか、毒――?



 遠のく意識の中、俺は森の奥深く、無数の煌く何かを見――


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