第四十一話「木村圭人の事情3」



 僕は、罪深い命を背負っている。



 僕は、申し訳なく生きている。



 だから、モブのような人生は認められない。



 僕は幸せに生きなければいけないんだ。



 失われた、無数の命と引き換えに僕は生きているのだから。




 僕は、本当は双子だったんだ。




 僕も弟も、凄くよわよわしく、小さく生まれたって聞いてる。


 だけど、弟の方は僕とは違って、生きる事が許されなかったんだ。


 まるで、僕という命と引き換えになるかのように、生まれたその日に弟は死んだ。



 思えばその日から、僕の死神としての人生は始まったんだ。




――これが、僕の第一の幸運つみ




 幼少期の、小学校の頃の話だ。


 僕はいじめられていた。


 理由は単純で、小さくて弱かったからだ。


 何を言っても言い返さない。


 何をされてもやりかえさない。


 暴力はいけない事だ、って教わってたからね。


 いい子ちゃんだったんだよ。


 人は損得の生き物だから。いじめても何の損も無いなら、楽しいからいじめちゃうんだろうね。


 殴る蹴るは当たり前。


 投げられたり倒れてる顔面に膝を落とされたり。


 かなり怪我をさせられてきた。


 プールの時間では沈められて殺されかけたし。


 階段では後ろから突き落とされて、骨折した事もあった。


 それでも、口の上手い奴は、いじめであるという事を確証させなかった。


 遊びがエスカレートした結果、として扱われたんだ。


 理不尽だよね。


 当時はまだ、いじめっ子は一人だけ。


 周りも口では止めようとしてくれていたんだ。


 けど、誰も本気で止めようとはしていなかったのかもしれない。


 誰だって代わりに同じようないじめを受けるなんて理不尽、嫌だもんね。反論の証言さえしてくれなかったよ。


 で、そんなある日、いじめがさらにエスカレートしたんだ。


「ばかけいと~、おちちゃえ~、うへへへぇ~」


 馬鹿は向こうの方だと言いたい。


 遊びという名目で奴の家にまで連れて行かれて、窓から突き落とされそうになったんだ。


 行かなければいいだけなんだけど、行かなきゃ行かないで、まるで僕がハブっていじめているみたいに先生に泣きつくんだよね。


 親が共働きで寂しい子だから……って知るかってんだ。


 なぜかそいつに付きまとわれ「あしたこそは落としてやる」ってマジ顔で言われた。あいつ絶対狂ってたよ。


 その日だって、本気で力づくで耐えなければ絶対落とされてた。



――二階の窓からね。



 大怪我どころか、下手すりゃ死ぬ。そんな事さえわからなかったのだろうか。


 ……で、そんな事のあった翌日だ。


 またあの、人殺し遊びが始まるのか。次こそは殺されるかもしれないな。


 そんな風に憂鬱に考えて学校に行くと、奴がいない。


 しばらくして、先生が呆然とした様子でこう言ったんだ。


「石田君が……聖人あべる君が……今朝……ここにくる途中の交差点で……」



 あの馬鹿、交通事故で死にやがったんだ。




――これが、僕の第二の幸運つみ




 さて、いじめから解放されたと思うかい?


 とんでもない。


 今度は僕が“奴と係わり合いがあった”だけで、というか、みんな僕が奴からいじめられていたって知ってたからね。



――呪って殺したんじゃないかって噂になった。



 そう、次はクラス全体が僕を恐れた。


 恐れが、身を守るための攻撃性に変わり、いじめに発展するのは……そうだね。まさにあっという間だったよ。


 クラス全体から死神だの化け物だの言われて……。


 結局同じ日々が繰り返されたよ。


 難癖付けられて殴る蹴る。


 それからは面白そうに投げる踏みつける。


 石を投げられた日もあったね。


 まるで魔女狩りだよ。




 消しゴムが無くなった。あいつのせいだ。


 金魚が死んだ。あいつのせいだ。


 給食がまずい、あいつのせいだ。




 いじめっていうのは教師にバレないように、けれど徐々に発展して酷いものになっていくものでね。



 クラスも変わらないでいれば、何年も同じ目に合い続けるわけで。



 何年も過ぎれば、そりゃあもう凄惨なものになるってもんでね……。



 ある日。殺されるんじゃないか、って目にあったよ。



――そう。あの時みたいに。



 プールの時間。自由時間。僕は水面に頭を押さえつけられて……。


「溺れて死んだら人間って信じてやるよ。溺れなかったらお前、悪魔の使いな」


 げらげら笑いながら、止める生徒は皆無。


 全員が悪党って訳じゃなかったけど。


 僕は助けを求めたけど。


 明日は我が身。


 そう考えれば、誰も助けてくれるはずなんてなくて……。


 教師がなんとか止めてくれたからいいものの……。




――次は殺される。




 そう恐怖した僕は、精神的にも肉体的にも参っていたんだろう。


 風邪を引いて学校を休んで……そして“被害”を免れたのさ。



 数日後、風邪も治りかけた頃。


 あぁ、この風邪が治ったらまたあの絶望を味わうのか……。



 そんな風に考えていた矢先だった。


 夕方頃だったかな。



 親が慌ててこんな事を言うんだ。



「社会科見学のバスが崖から落ちたって……クラスのみんな……死んじゃったって……」



 その時の僕はどんな顔をしていただろうね。


 全員が全員いじめに加担してた訳じゃないよ?


 何人かは、助ける事も守る事も出来ないだけで、影ではそれなりに優しくしてくれた子もいたさ。


 だから複雑な感情ではあった。



 けど、それでも。



 あはは……。




 アッハハハ。




 アッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハアッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハッハハアハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハハハハハハッハハアハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハアッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハアッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハッハハアハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハハアッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハッハハアハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハッハハアハハハハハアッハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハハハハハハッハハアハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハッハハハハアッハアハハッハハハアッハハハハハ!!




――これが、僕の第三の幸運つみさ。




 僕はね。



 無数の命の、いや……無数の死の上に、存在しているんだ。




 無数の命の上に、無数の死を礎にして、僕の生はあるんだ。




 だから、モブとして生きるなんて事はとても申し訳ない事なンだ。




――ダッて僕ノ命ハとてモ罪深イものだかラ……。




 だから、僕の命の犠牲になってしまった君たちのためにも、僕は幸せに生きなきゃいけないんだ。




 いじめてたクソどもはどうでもいいけどさ。




 ……仲の良い子だっていたんだよ……。




 当時こんなクソみたいな僕に対しても仲良くしてくれた、安田君、茂ちゃん、寛ちゃん、ゆうこちゃんに、藤ちゃん、吉岡さん……。そして、生まれる事なく逝ってしまった弟の界斗かいと




 彼らのためにも……幸せに生きなきゃ申し訳がたたないんだよ!!




 ……みんな、僕は今、それなりには幸せに生きているよ。




 けど、僕の人生は君たちに胸を張れるようなものにはなれないかもしれない。




 宇宙飛行士もね、野球選手もね、歌手も、アイドルもね。




――凄く、遠いんだ。




 ケーキ屋さんくらいになら、なれるかもね。




 お嫁さんか……僕はもらう立場だからね。それも叶いそうにないよ。




 世界はさ、普通の人が幸せに生きるようには……できてないみたいなんだよ。




 僕らは無数の命と引き換えに生きている。


 命とは、無数の命の上に成り立っている。


 誰もその事に気付いていないだけで、人は数多の命の上……いや、死の上に成り立っているんだ。


 君たちは普段何を食べている?


 野菜? 果実? 肉?


 肉、そうだね。命は肉を喰らって生きている。それは他の動物という命を奪って生きているという事だ。


 君がヴィーガンだろうと関係ない。植物の命を食べて生きているだろうから。


 植物の一部をいただいているだけ、なんていったって、大切な種を食べているのであれば同じ事。


 無数の、次の命の元となるものを食べているのであれば、植物の卵を食べているも同然だろ?


 人はね、命はね、無数の命をいただいて、無数の死の上になりたっているんだよ。


 生まれる時だってそうさ。


 精子の時から、命は無数の命の種を蹴落として生まれてくるんだ。


 君一人の命という存在は、生まれてくる可能性のあった数億の犠牲の上に成り立っているという事を忘れてはいけない。


 だから命ってのは、多くの死の上になりたっているんだ。


 今、君が生きている平和な国の裏側で、何人が貧困で死んでいると思う?


 これだってそうさ。君の平穏な人生は、地球の裏側にある無数の犠牲、死の上になりたっている。


 だからあえてこう言わせてもらうよ。


 不幸な人生なんて、申し訳ないんだ。


 不幸に生きるなんて、自分の代わりに死んでいった命に対してとても申し訳ない事なんだ。


 幸せに生きなければいけないんだ。本来は。


 けど、この世界の法則はそれを許さない。


 圧倒的に偏った勝者と、圧倒的に偏った敗者と、勝者のための生贄となるモブとに、残酷に、無残に、冷酷に命を選別しやがるんだ。


 勝者が勝利という価値ある幸せを得るために、他の命を今度は犠牲にするんだ。


 勝利は無数の敗者の上に成り立つものなのだから。



 けど、命は幸せに生きなければいけない。


 なぜなら無数の犠牲の上に生は成り立つからだ。


 無数の犠牲に恥じないように、生命は生きなければならない。



――だから、モブのような人生は認められない。



 だってもったいなすぎるじゃないか。


 無数の死の上に成り立っているというのに、微妙なモブとして、生贄として、不幸に生きるなんてさ……。




――それが、僕がモブである事を嫌う一番の理由なんだ。



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