第三十四話「*山下武の事情3」


「いよぉ、タケシじゃぁん、お久しぶりぃ~」



 甲高い声が耳につく、不快な喋り方の男。


 オレンジに染めあげた坊主というにはわずかに長い程度の髪。


 嫌味なまでに派手なピアスを耳と鼻に通した、チャラチャラとアクセサリー塗れの姿。

 派手な紫のアロハを着た長身の男。


 黄星学園バスケットボール部の先輩だった元生徒。例の喧嘩でぶちのめしたクズの一人だ。


「気分転換にジョギングのルート変えたら、楽しいねぇ~。珍しいもん見つけちゃったよぉ☆」


 にやにやと笑いながら近づいてくる。


 正直、係わり合いになりたくない。


「よう、元バス野郎エクス。元気してるか~い?」


 不快な声に睨みつける。


「お、怖ぁ~い。また殴って今度は退学にでもなるかぁ?」


 殴れない事を知っていて、チクチクと挑発を繰り返してくる。


「おら、殴ってみろよ~。しゅっしゅ」


 なってない動きでボクシングの真似事をする。


 当たるか当たらないかの位置に拳を打ってくる。



――うぜぇ。



「お前がいなくなってからさぁ。学校の策略でもっといい選手が入って来て、バスケ部がんばっちゃって去年は何? 地区でいいとこまで行っちゃったんだって?」



 ねっとりと、下から嘗め回すような姿勢で覗き上げてくる。



「ねぇ、どんな気持ち? 今、どんな気持ちぃ~? やめちゃった後にバスケ部が成功しちゃってぇ、今どんな気持ちぃ~?」


「うるせぇ!!」


 意識するより速く、言葉が口から弾け出た。


「ぷすす~っ。格好つけて正義マンするからだよぉ、ばぁ~か」



 本当は、ずっと後悔していた。

 後悔しないはずがなかった。


 誰かを守るためにやめたバスケ部が、輝いていく様を遠くから見る事しかできない。


 見知らぬ誰かを救った代償に、俺は得られるはずだった栄光を失ったんだ。



「本当は後悔してるんだろぉ? クソ正義マンちゃぁ~ん☆」


 耳元に、不快な息が吹きかかる。


「ねぇねぇ聞いてよぉ、今ねぇ、俺ねぇ~。Fランだけど大学行ってさぁ、バスケもそこで続けててさぁ、そこそこエースでさぁ。彼女もいてさぁ~。もう最っ高に幸せなんだよねぇ~」


 にやにやと、歪んだ笑みを浮かべ臭い息を吹きかけてくる。


「お前はどうよ? 助けたオタチビと仲良くしてるぅ? 人生楽しんでるぅ~? 彼女できたぁ~? あ、ごめ~ん、あのオタチビが彼氏なんだっけぇ?」


「うせろ!!」


「お~怖ぇ~。どうせ何もできやしない癖に、ま、せいぜい無駄な努力がんばっててよ~。えいやっせいや~っ、ぷすす~。口先だけの馬鹿空手バカラテちゃん☆ グッバイ♪」


 そして去り際に、余計な一言を残し。



「サークルでさ、お前の変わりにせいぜいポコジャカ沢山点入れて、有名になってやんよ☆ バスケ界は俺に任せろ♪ ぷぎゃーっ☆」


ようやく、二度と見たくも無い忘れさりたい男は去っていった。



――糞!


 不快な気分が収まらない。


 俺が間違っていたってのか?


 アイツを……ケイトを助けてやった事が、そんなに間違いだったとでも言うのかよ!!



 そんなはずは無ぇ!!



 俺は、俺の信念に基づいて、正しい選択をしたはずだ!!



 後悔なんてしちゃいない。しちゃいけない!



 俺が助けなきゃ、独りの幸せが、小さな幸せとは言え、壊されてたんだからよぉ!!



 そんな事、許せるはずがねぇ。



 だから……これは、しょうがなかったんだ……。



 それに、もうそこまでバスケに未練がある訳でもねぇしな。


 空手部が無かったから仕方なくやってた程度のものだ。プロを目指してた訳でもねぇ。



――けど、続けていればプロになれたかもよ? そしたら今頃、有名スター選手に……。



 うるせぇ!!


 そんなミーハーなもん、俺は望んじゃいねぇんだよ!!



 怒りに、自販機横のゴミ箱を蹴り飛ばす。



 音に驚いたのだろう。ちょうど通りがかった散歩中の犬が鳴き声をあげる。


 うるせぇっ。空気読めっ。



 ……別にスポーツなんてしなくたって死にゃしないさ。


 得意だから、求められていたから、だからやっていたってだけで……。


 まぁ、別に……楽しかったかって言うと楽しくはあったかもしれねぇけど……。


 だからといって失って後悔するほどのものでもない。



――後悔なんて、ない!



 そうだよ、何夢見てんだか、やり続けてたからってプロになれるなんて限らねぇじゃねぇか。


 そんな夢見れるほどお人よしじゃねぇんだよ。


 空手だって、格闘技で喰っていきたかったわけじゃねぇ!



 だから、俺は……これでいいのさ……。




 ノルマをこなした。家に帰ろう。



 そして、シャワーを浴びて着替えてちょっぴり夜食をいただく。



 その後はいつもどおりさ。


 今日も暇つぶしにゲームや漫画を好きなだけ貪る。


 これはこれで楽しいもんさ。


 将来何になるかなんて考えたことも無い。


 考えるだけ無駄さ。


『所詮世の中、なるようにしかならないし、なるようになる』


 俺の好きなゲームの名台詞さ。



 別にスポーツ続けてたからって必ずプロになれる訳でもないし、プロで活躍できるやつなんて一握り。


 どうせなれやしなかったんだ。


 だからこれでいいんだ。



 ……ただ、時々、ちょっと暇を感じるってだけで……。



 帰宅後、ぼ~っと惰性で見ていたテレビに映し出されたのは、異世界転移もののよくあるタイトル。


「こういうアニメ、最近流行ってんのな」



――異世界か。


 もし俺が行く事になったら、それなりに無双できるだろうか?


 そこらの喧嘩じゃあ負け知らずだけど、実戦で役に立つかって言えば……ちょっとな。


 けど、転移のオマケでチート能力とかが付けば……いけなくもないんじゃないか?



 なんて、くだらない事を夢想した。



 そろそろ眠くなってきたな。



 テレビを消して布団に入る。



 まったく、異世界ねぇ……。



 行けるもんなら行ってみたいもんだぜ。



 そん時ゃ、ぜひともチートとついでにTSで頼むぜ?


 ロリ美少女最高っ!



 今日こそは良い夢を見られるようにってね、アキラから教わったおまじないで……。


 ジャーン! コミックロリ王!!


 こいつを枕の下に敷いて……寝る、と。


 さぁて、今日はいい夢見られますように、っと!



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