第十九話「祭りの終わり2」


「一本の物語として、上手くまとまりましたなぁ」

「オチ要員乙」

「オチ要員言うなし! 思い返せば思い返すほど、俺役に立ってたべや」

「うん、確かに」

「それにしても、よくあんな一手思いついたわね」


 みんな振り返り、後ろを独り歩くトールに話しかける。


「ん? あぁ、ケイトから借りたゲームのおかげだな」

「ゲーム?」

「あぁ、あるRPGゲームでな、ラストの決闘で戦う親友に対し、一度も手を出さずにい続けると、最後は説得に成功してハッピーエンドになるっていうRPGがあってな」

「あぁ、アレか」


 過去世代のハードにおける名作の一つだ。

 多分、あの世代のゲームをプレイしたことのある人間で、ベスト5に入れない者は少ないだろう。

 それくらいにキャラクターもストーリーも練られていた古代神(かみ)ゲーの一つだ。


「それを思い出してな。状況次第では戦わないで終わらせる選択肢もあるんじゃないか、と思ったんだ」

「なるほどなぁ~」


 TRPGの面白さは何と言っても、普通のRPGではできない自由度にある。

 データの要領や想定から組み込める内容に制限のあるRPGとは違い、フレキシブルに人間が判定、設定、変更、修正を行えるTRPGは非常に自由度が高い。

 それゆえに実現できた展開だと言える。


「あ~、それってあのゲーム?」

「あれは神だよね」

「異論は許されないよね」


 大絶賛する一同。本当に良い物は誰が見ても良い物で、誰だってドラマティックな展開というのは好きなものなのだ。

 そう、シナリオや展開の優劣のみで言うのならば、当然プロの作ったRPGだって劣っている訳ではない。むしろ優れている。


「狂った皇子がまた魅力的だったよなぁ。『豚は死ねぃ!』」

「あれね。散り際も格好良かったし、未だに根強い人気らしいよ」

「だろうなぁ」


 そこからはしばし、過去の懐ゲー談義に花を咲かせたりしつつ。

 僕たちは共通の話題で楽しみながら帰路を歩む。


「しかし、その手があったか、って感じだよね」

「慣れて逆に麻痺してくると、説得とかどうせ成功しねぇだろうし、ボコって終わればいいべやってなっちまうもんなぁ」

「普段はGMが想定してない限りそういうルート少ないもんね」

「まぁ、下手に同情できる敵って嫌う人多いからねぇ……」

「あ~、いるいる。戦う相手はボコるための気持ち良いマトじゃないとヤダーってタイプ」

「そうそう都合よく理由なき敵ばかり、というのも逆におかしいはずなのだがな」


 欝展開を嫌うプレイヤーは多い。

 だから、最初から敵の事情なんて共感できない“わかりやすい悪役”の方が好まれる傾向にあったりもする。


 誰も楽しいゲームの中でまでドロドロとしたストーリーに巻き込まれたくは無い、といった所なのだろう。

 わかりあえそうな理由すらも無い、実にわかりやす~い糞悪党って感じの悪役を、最後にぶん殴って終わればいいんだ~、って感じのプレイヤーは結構な数いたりする。


 もちろん、ドロドロとした欝ストーリーが好きな人も少人数程はいたりもするので、稀に対立したりしなかったり。


 多様な人間が絡み合うがゆえに、面倒なことも多い。

 人間関係と一緒だね。


 まぁ、それはさておき。例えば物語なんかでもやっぱり好き嫌いは人それぞれ結構顕著に出たりするもので。

 僕やタケシ、アキラは大絶賛しても、リョウや麻耶嬢みたいに、へヴィなのはちょっと、って感じで同じ作品でも全員が絶賛とならないケースも多い。


 そう、例えば、トールが苦手とするらしい作品なんかがそれだ。

 彼には僕のお勧めをいくつか貸したのだが、一部重めの結構厳しめなシナリオな奴は苦手だと話してくれた。


 一撃必殺ハゲマントとか、ストロベリってる二人とパピヨンな変態男の出てくる武装して錬金なアレみたいな、単純で軽快でコミカルで爽快な奴がトールの好みのようだ。


 名作ではあるのだけど、どこか救われなかったり途中までが重かったりする話、途中で重度の欝展開なんかが入ると、最後がハッピーエンドだと聞かされていても辛いのだそうな。


 某魔法少女の定義を覆した欝ストーリーで有名なアレとか、鍵っ子大好きなアレ系ADV(アドベンチャーゲーム)シナリオのもの全般に、ひぐらしの鳴いている某。何度も死に戻りして人生リベンジするうんこマンな物語とか、西と東で日本が内戦しているグリペン飛行機大活躍なソレとか。


 メジャーなものからマイナーなものまでおススメの物は大体見せたけど、そっち系の感想は全滅だった。というか、最後まで見れないのだそうな。


 けど某有名ロボット物シリーズの、最後はコクピット貫かれてミンチより酷ぇクリスマスの悲劇な嘘だと言ってほしいアイツの物語とかはギリOKらしい。

 けど、それさえもアウトな人だっていたりするから、どこまで大丈夫なのかは人によってボーダーラインが実にわかりづらい。


 だから、同じゲームをプレイするとしても、コンセンサスは結構大事だったりするからTRPGは難しい一面もある。

 人間関係と一緒だね。


「色んな物語を借りて見てきたがな。一つわかったことがある」


 トールが珍しく意見を口にする。


「それは、主人公は決して諦めない。という事だ」


 主人公は諦めない……?


「いや、主人公だからこそ諦めてはいけないとも言えるのかもしれない」


 言われてみると、確かに、とも思える。


「主人公は諦めない。諦めないからこそ、道は開かれる」


 そもそも途中で諦めてしまえばそこでゲームオーバーだ。物語は続かない。

 ゴールにたどり着くには、不屈の精神で何度でも立ち上がり、挑戦し続ける必要がある。


 シナリオゲームの主人公の必須特性。それは決して諦めないこと。

 例え不可能に見える困難にさえも、それに立ち向かえる強い意志こそが奇跡を生む……。


 昔は勇者の武器は勇気だ。なんて言葉があったけど、確かに、物語を紡ぐ主人公に一番必要な武器は、諦めない心なのかもしれない。


「それを試してみただけだ。失敗しても死ぬわけじゃないしな」

「なるほどなー」


 頭の良い人は考える事が違うね。

 今までそんな事、考えたことも無かったよ。


 賢い人っていうのは、こういった遊びの中や、物語の中からでさえ、真理みたいのを見つけ出していけるのかもしれないね。


「なかなかに楽しめたよ。こんな世界もあったんだな」


 そこにあったのは、笑顔。

 いつも暗めでニヒルな感じのトールが珍しく見せた、ほがらかな表情だった。


「それならよかった、誘ってみてよかったよ」

「感謝する。ケイトと出会わなければ一生繋がらなかった世界だろうからな」

「確かに」


 剣道だったっけ? なんか武術系の何かで物凄い所まで行ったらしいとは聞いてたけど、何故かうちに編入してからはやってないみたいで、暗い顔をして黙々と勉強だけして帰る寂しげな背中に、ふと、気になって声をかけたんだよね。

 そんな世界で道を究めた人が、どうして学校ではやってないのか。まぁ、学校外で本格的にやってる可能性もあるから、断られたら断られたでいいか、って気持ちで誘ってみた今日までの行動。

 無駄ではなかったようでよかった。


 純度の高い元スポーツマンにいきなりこんなディープな世界を見せてしまって、引いてないか実は心配だったりしたのだ。

 そりゃあ、少しづつ色んな作品を見せて慣れさせはしたけど。カミングアウトみたいなもので結構勇気がいるものなのだ。この手のディープな趣味に誘うのって。


 寡黙で無表情だったトールの顔は、いつの間にか苦笑の表情に変わっていた。


「それにしても何だよ、無口クール腹ペコロリとか、属性盛りすぎだろ」


 笑いをこらえてらっしゃった。


「いかすだろ? 今後も使ってみてもいいんですぜ?」

「遠慮しておくよ。次からは武人系の、自分に近い奴から慣れていく。異性キャラって実は難易度高いんじゃないか?」

「それね。確かに普通はそうなんだけどねぇ。本当にこの馬鹿が失礼しちゃってもー」

「痛っ、楽しかっただろ~? いいじゃねぇかよ~」

「しかし、延々、無表情で干し肉喰い続けるヒロインて、シュールすぎんだろ……っ」


 思い出してイメージしてしまったのか、ツボに入ってるご様子。


「あ~、腹痛ぇ」


 散々静かに爆笑を繰り返した後に、スッキリと、何か憑き物を落としたような表情でトールは、


「“遊ぶ”っていうのは、楽しいものなんだな」


 呟いてから笑顔を見せた。


 決して交わる事が無かったかもしれない人生が交わった。

 僕がやった事はおせっかいだっただろうか?

 そうかもしれない。それでも、僕は、なんていうか。

 困ってる人とか、黙って見てられないんだよね。


 色んな人から助けてもらったりしてるから、そのおすそ分けみたいにさ、誰かを救えたりできたら嬉しいじゃん? みたいな。

 そうやって、みんながみんなで励ましあえたら、世界はきっとよくなるのになぁ、みたいに思って、実行している訳ですよ。


「今度は、まともな格好いい奴をやりたいかな。サムライめいた武人とか……」


 一瞬、トールが言葉を止めて難しい表情に浮かべる。


「いや、剣は飽きたからな……そうだな。魔法格闘家みたいなのはできるだろうか」

「魔法と白兵両方はビルドが難しいな」

「まぁ、難しいけどいけなくもないね」

「ふむ、そうか……じゃあそっち方面を希望しよう」

「よっしゃ、新入部員ゲット!」

「いや、三年ゲットしてどうすんの」

「しまった! 今年で卒業じゃねぇか」

「ボクだけになっちゃうよ~」

「がんばって後輩もあつめねぇとなぁ~」

「今から間に合う?」

「間に合わなくても、なんとかしねぇとなぁ」

「ボク、がんばる」

「涼きゅんががんばるなら私もがんばる~」

「麻耶にゃん」

「涼きゅん」


 二人ひっしと抱き合おうとする所をアキラがインターセプト。


「家でやれ」


 若干キレ気味で。


 いつも通りの楽しい毎日。何も文句の付けようも無い。幸福な時間。

 夕日が落ち、夕闇の紫に染まる空を見上げる。


 剣道とか、武術とかスポーツには勝ち負けがある。

 サッカーでもバレーボールでもそうだ。


 この世界は争いに満ちている。


 戦争だけじゃない。政治だって、選挙とか、勝つ者がいれば負ける者もいる。

 ミュージシャンやアイドルだって、成功する者もいれば人気争いに負けて消えていく者もいる。

 ゲームだって、対人格闘、対人シューティング、トランプ、麻雀、将棋やチェスもだ。

 歌だって、テストみたいな勉強だってそうだ、人は常に、何かで争い続けている。



――遊びでさえも、争うものしかない。



 けど、TRPGに勝ち負けは無い。

 みんなで一つの目標に向かって行動して、誰も勝ち負け無しで楽しめる唯一のゲーム。

 それがTRPGだ。


 この争いに満ちた世界で、勝ち負けの無い数少ない遊び。だから良い、と僕は思っている。


 集団で何かひとつの目標に向かってがんばれる。これはサッカーなどのスポーツでも言える。けど、それらゲームには勝ち負けがある。誰かが負けて悔しい思いをする。優劣を付けようとする。


 けれど、TRPGにはそれがない。


 何より、スポーツのように肉体を伴わない。

 知的遊戯のように勝利を争うことも頭脳の優劣を必要とする訳でもない。

 勝ちも負けもなく、ただみんなが楽しむために、一つの目標に向かってみんなでがんばれる。


 勝ち負けは無いのに、そこには達成感があるんだ。


「うん、満足! 今日は本当に楽しかった~!」

「相変わらずケイトは楽しそうだよな~」

「うん、だって楽しいからね」

「笑顔がまぶしいわ~。嫉妬しかねないレベルで」

「ナイススマイル」

「あ、ありがと」

「なんかもう、な~んも悩みさえも無いって感じだよね~」

「いや、あるよ? 僕だって、悩みの一つや二つくらいっ」


 楽しい時間に浸っているから忘れていられるだけで、誰にだって忘れてしまいたい嫌な現実があるものだ。

 けどそれは人様に見せるようなものではない。


 だから、そんな嫌な記憶は楽しい出来事に置き換えて、人は前を向いて生きていく。


 多分、大人はそれをお酒や煙草で行うのだろう。

 それを僕らはゲームや漫画やアニメで癒すのだ。


 そんな心の拠り所を、誰が気持ち悪いなどと否定し、規制する権利があるだろうか。


 足元に転がる、地面に捨てられた週間雑誌。

 見出しにはこう書かれていた。


 幼女誘拐レイプ殺人。犯人の部屋には無数の漫画が!!

 ゲームは脳に異常をきたす? 正しい子供の育て方!!

 校内で刃物振り回し児童殺害男。犯人はアニメ好き!?

 更なる増税!? 日本崩壊か! 与党は何をやっている!?


 理解する気の無い大人達の、攻撃の矛先が歪められた駄文が乱立するくだらない雑誌。

 足元に落ちていたそれをタケシがおもむろに拾い上げ、近くのゴミ箱に投げ捨てる。


「ナイスシュート」

「ゴミはゴミ箱に、ってね」


 オタクに対する偏見は根強い。

 世界的に見ても、アニメや漫画、ゲームを嗜むのは子供まで、という固定概念が世論を占めている。

 世論を閉めている意見は民主主義の世界では絶対の正義。つまり、異論は悪なのだ。


 それでも僕は言いたい。


 面白いものを面白い。楽しいものを楽しいと言って何が悪い?


 気持ちが悪いなんて感情論で他人の趣味をどうこう言う権利が誰にある?


 インターネットやマスメディアにおける偏向報道もいい加減にしてほしい。


 チェックのシャツを着てバンダナを巻いてリュックを背負って吃音口調で喋るガリかデブ。

 ござるだのバブみだのわかりみが深いだの、訳のわからない言語を喋る。


 リアルでそんな格好で、リアルでそんな喋り方をするオタクを僕は知らない。



 みんな普通で、ただちょっとだけアニメや漫画が好きってだけの、本当に普通な、いい奴らばかりだからだ。


 それなのに、テレビやネットは誇張してオタクという謎生物を創造して気持ち悪がって楽しむのだ。


 陽キャの楽しみはイジメしか無いのか。


 勝ち負けのあるもっとも低劣な遊び。それがイジメだ。

 そしてイジメを行っている側はただ遊んでいるつもりだからイジメを行っている自覚さえ無い事が多い。

 嘆かわしいにも程がある。


 見本となるべく、誰もが見るマスメディアがそんな事をしている訳だ。

 そりゃあ僕みたいな奴は、イジメとは程遠いエンターテイメントを求めてしまいますよ。

 アニメとか漫画とかゲームみたいなね。


 それを理解できないから、今のメディアは少しづつ視聴率が落ちているのだろう。

 そして、そこに気づけないで、擦り寄ったふりをして、失敗するのだろう。


 なんとも悲しい世界である。


 っと、もう分かれ道だ。


「じゃあ、また明日ね」


 麻耶嬢が帰り道へと向かう。


「送って行くよ~麻耶にゃ~ん」

「ありがと涼きゅん」


 それにリョウが付きそう。逆方向なのに。


 去っていく二人の背中を見送り、少し進んだ先。


「おっと、ここまでか。んじゃあな。今度はあんな無様な真似しないからな。覚えとけよ」


 同じ団地とはいえ、棟が違うのでタケシがここでお別れだ。


 そして、



「俺はこっちだ。じゃあな」


 団地の更に向こう側にある住宅街に住んでいるというトールが電灯に照らされた夜闇の中へと去っていく。


「うんまた明日ね~」


 アキラとは同じ団地なのでエレベーターまでは一緒。

 違う階なので降りる場所が異なるため、そこで別れる事となる。


「じゃあまた明日。今度も、今日みたいな燃えるやつ期待してるからね~」

「あぁ、任せろ。だが、たまには他の奴がGMやってもいいんだぞ?」

「う~ん、一番シナリオ作り上手いのアキラだからなぁ。もうしばらく甘えさせてもらうよ」

「そうか」


 静かに笑うアキラを残し、僕が先に降りる。


 エレベーターが閉まる。


 団地の廊下を家へと向かって歩む。




 今日も楽しかった。


 本当に、最高に幸せで、楽しくて。



 周りからはくだらないって思われるかも知れないけど、みんなで遊んでいた時間は――。




――平凡だけれど、最高に楽しい一時だったんだ。


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