第15話 学院


 騎士たちに魔法を教えようと話してから約一カ月。


 おれは王立魔導学院の実技試験の列に並んでいた。


「それでは魔導学院初等科の入学試験、実技を始めます。受験番号順呼びますので並んでお待ちください」


 王都の中心にある煉瓦造りの建物の一角、魔法の演習用の広場の前に魔導士を志す者たちが集う。

 そこには子供だけでなくちらほら大人の姿もある。冒険者や技術系の職業で魔法技能が必要な者などである。


 しかし何の嫌がらせなのか大人も子供も同じ列に並ばなければならない。


 めっちゃ恥ずかしい。


 この精神的な圧迫により試験で実力を見せられなかったものも多いという。


(まぁ、おれには関係無いのだが)


 この空間年齢層にジャストマッチしているおれを気にするものはいない。

 なのに、こちらに向けられた視線はやけに多い。原因は隣にいるこの人だ。


「さすが『陰謀潰しの麒麟児』は有名ですね。皆あなたを見ていますよ」


「いや、おれじゃなくて隊長を見てるんだと思いますよ」


「え? そうでしょうか? 私の格好は場にそぐわないですか? 鎧は物々しく、他の受験者の方々に迷惑かと思って普段着なのですが・・・」


 おれとマイヤ卿は今この入学試験に受験者として来ている。

 おれは中等科の講義受講と魔導図書館の閲覧権を得るための交換条件、入学試験、初等科学年試験、初等科卒業検定の一つ目、入学試験をクリアするために来ている。

 そしてマイヤ卿はおれが教えた魔法が使えることを証明し、おれの理論や教えが騎士団でも有用であると示す為試験に参加した。


 マイヤ卿に魔法を教えてから1か月。

 その成果を見せにやってきたのだ。


 そんな彼女は試験会場でかなり目立っている。

 着ているのは最低限の刺繍が施された比較的地味なシャツにズボンとロングブーツ。

 だがスタイルのいいマイヤ卿が着ると、かっこよすぎる。

 スーパーモデルのように視線をくぎ付けにしている。


「それでは次の方どうぞ」


 しばらくしてマイヤ卿の番が回ってきた。

 

 実技試験の内容は単純である。

 一番得意な魔法を見せる。これだけだ。

 

 受験者たちの魔法を見ると概ね〈基礎級魔法〉を詠唱で使って見せていた。中には魔法陣を時間をかけて書いているものや、詠唱を短くしてアピールしているものもいた。

 だが無詠唱は一人もいない。やはり無詠唱に対する印象は「高等技術でとてもやる気にはなれない」といった所だろう。


「ほう、騎士団隊長のマイヤ卿でいらっしゃいますか」


「ええ、ちょっと事情がありまして。実力を示せれば我が隊の力を底上げできるかもしれないのです。なので真剣にやらせていただきます」


「では、得意な魔法の発動を」


 マイヤ卿は体内の魔力を集中しパスを放ち、イメージを膨らませている。


「《風の加護よ、我が追い風となれ!》・・・『風圧』!!」


 圧縮された空気がマイヤ卿を押出し、急加速させる。そしてその勢いのまま跳躍。鎧を着てないこともあって高く跳んだ。たぶん10メートルくらい跳んでいる。


(いや、跳びすぎだろ)


「「「おおお!」」」


 試験官たちは一様に感嘆の声を漏らしていた。それもそのはずだろう。それまでの受験者とは明らかに実用性が違う。

 

 短時間での発動。

 移動と跳躍をアシストする実戦向きの効果。

 そして発動させたのは『風圧』。〈対人級魔法〉だ。


「これは素晴らしいですな! マイヤ卿がこれほどの魔法を使える方とは初耳です!」


「詠唱が通常とは異なりますがあれはオリジナルですか?」


「自らへの風圧によるダメージをどう回避しているのですか?」


 試験中にも関わらずマイヤ卿は質問攻めにあっている。これほどの評価があるなら大丈夫だろう。

 ちなみに、着地の際に魔法で衝撃を緩和などはしていない。この世界の武人の頑丈さの理屈は未だにナゾである。

 この使い方を魔導師が興味本位で真似したら地面に激突して・・・死にます。


 おれが同じ事をしたとしても空中でバランスを保ち平静を保ちながら、地面に向けて再度『風圧』を発動させなければならない。


こわいのでできない。


「ちょっとお待ちを」


 話を聞いてやってきたのか教師の一人が話しかけてきた。


「今のは本当にあなたの魔法なのでしょうか?」


「え? はい私が発動しましたが」


「おかしいですね。詠唱が間違っているにもかかわらず魔法が正しく発動するとは思えません。それに今のはあなたの身体能力でごまかしているのではありませんか? 騎士団隊長ならあれぐらい魔法が無くともできるでしょう」


(なんだこいつは!)


 難癖をつけて今のを無効にしようとしている。

 

(人の努力を不正呼ばわりするとは・・・)


 さすがに試験の監督官もこの明らかな言いがかりに異を唱える。


「しかし、教授・・・見ていましたが他に魔法を発動させた人はいませんでしたし、風は目視できるぐらいはっきりとでていましたし・・・」


「黙りなさい! 自明の理を解するのが我々魔導士です! 騎士があのような魔法を易々と使えることなどありえません! その事実をもとに不信な点を挙げていけば怪しいと気づくでしょう! この者は我々の神聖な教義を冒とくしているのだ! 即刻追放なさい!」


(事実をもとにって・・・お前が事実に目を背けてるんだろう)


 こういう話の通じない輩は前世でもよく見たな。

 威圧し相手の話を遮り大声でまくし立て、同じことを何度も繰り返して話す。それを相手が根負けして言うとおりにするまで止めない。

 

(おれも根負けさせられていた方だが今はどうかな。試してみよう)


「随分と偉そうだが、あんたにできるのか?」


「なんだ貴様! 関係ないものは黙りなさい! 不合格にしますよ!」


「関係はある。おれは試験を受けに来ているのにあんたが難癖付けているせいで待たされているんだ」


「難癖だと・・・黙りなさい!」


「あんたが言った通り、この人が不正をして誰か別の者に魔法を発動させたというなら・・・」


「黙れと言ったら黙れ!!」


「・・・同じことができるんだろうな? 無詠唱で人の動きに合わせて的確に魔法を制御することができるんだろうな?」


 これはかなり難しい。無詠唱ができても、他人の動きに合わせるためにはパスを維持するために一定の距離を保つ必要がある。しかし今のような急加速で離れられると維持は難しい。一歩間違えれば対人級魔法なのだから、殺してしまう。


「わ、私にできないことと、この者の不正は関係ない!」


「できないのか? あんたの神聖な教義とやらは不正をするものに劣るんだな」


「「「ぷっ」」」


子供に言い負かされるあわれなオヤジが嘲笑される。


「ええい、私を愚弄するつもりか! 小僧が!」


「なんの根拠もなく彼女を愚弄したのはあんただろ」


「・・・! もういい! 貴様も出ていけ! 貴様にこの崇高な魔導学院で学ぶ資格など無い!」


「そうですか、魔導学院の教授は口先だけなんですね? 横暴を働くしか能がないなら誰にだってできそうですね。不正を証明できない上に子供にキレる、反論もできない、典型的な能無しですね。どうして能無しに従わなくてはならないでしょう? おれを出て行かせたいなら魔法を使ってみろ」


「おのれ・・・《我が意に応えし土のーー》」


(土属性か、詠唱おそっ!!)


 挑発に乗った教授は魔法を詠唱するが発動しない。おれが発動する属性に合わせて魔力で干渉しているからだ。


(それにしても大したことは無いな)


「なんだ・・・?《我が意に応えし風・・・》」


(無駄だ、この程度の実力では論外)


「はぁはぁ《我が意に応え水・・・》」


(あれだな。勉強はできるけど融通が利かない馬鹿)


 何度魔法を発動しようとしても何も出ない教授は焦って魔力を繰り返し消費し、あっという間に膝をついた。口ほどにも無いとはこのこと。


「ぐぅクソ・・なぜ・・・」


 大声で喚いて何もできない教授はいい笑いものだった。


(これで少しは身の程を弁えるだろうか。まぁどうでもいいが)


「帰りましょう、マイヤ卿。ここには失望しました。この程度で教授を名乗る者がいるのならここで学ぶことはなさそうです」


「そうですね」 


 おれは肩書を買いに来たわけではない。中身のない講義を受けて金を払えば要職に就けるというなら講義は受けないし金も払わない。

 時間の無駄だ。


 しかし立ち去ろうとするおれたちを引き留める者がいた。


「お待ちください! ロイド卿!」


 振り返るとそこに学院長がいた。


 清高十選と呼ばれる10人の魔導士最高峰に位置する人物。


「学院長! この者らは我々の学院を貶めに来たのですよ! 早く追放しなければ!」


「この馬鹿者がぁ!!!」


 その声は学院中に響くくらいでかかった。


「出ていくのは貴様の方だ!! 受験生に難癖をつけ、詠唱を自ら編み出したものを異端扱いするとは・・・ここは貴様の理論を正当化する場ではないわ!!! 学院を私物化しよって!!!」


 どうやらこいつは詠唱が決まったもの以外認めたくないという個人的な理由で試験結果にこれまでも口を出し続け今年になってついに現場で難癖をつけるようになったという。

 そしてついに学院長の逆鱗に触れたというわけだ。


「私を追放だと・・・いくら学院長でもそんな勝手は許されませんぞ! 私の父が誰かご存知のはず!!」


 そしてこの馬鹿が、この程度で教授を名乗り、でかい顔をしている理由もわかった。ただの親の七光りだ。


「では貴様はこの方がどなたかわかっているのか?」


(ん・・・そこでおれに話を振るのか? マイヤ卿もおれをみてうなずくなよ・・・)


「この方こそ、陛下にバリリスの名を賜わりし麒麟児、ロイド卿であるぞ!」



「・・うぇ・・・? あのシスティーナ王女殿下の御付きの・・・」

「そうだ!」

「ベルグリッド伯の息子の?」

「ああ」

「ボスコーン家をおとり潰しに仕向けた陰謀潰しの麒麟児・・・」


(ひ、人聞きがわるいな、あれは勝手に潰れただけだ)


「ひぃぃぃ!」


 教授は逃げるようにその場を逃げ去っていった。別に追わないが逃げて行った。

 教授の家は子爵らしく学院に多額の援助もしていたらしい。だがおれの今の影響力はそこらの子爵を圧倒的に上回る。なにせ姫を通じて陛下に口添えができる位置に居るのだから。

 

(まぁしないけどな)


「ロイド卿、マイヤ卿もまことに申し訳ございませんでした。あのような、あのような愚か者がこの学院に居るのを許してしまった私の責任です。ですが他の教師たちは誠実に生徒の力を伸ばすために努力を惜しまない者ばかりなのです。どうかあのものを見て学院全てに悪い印象を持たないでいただきたい。切にお願い申し上げます。どうかこの通り」


 そういって深く頭を下げる学院長。


(ちょっとやめてぇ! こんな偉い人に頭を下げさせてたら、なんかだれかに殺されそうな気がする)


「わかりましたから頭を上げてください。私がここに来てまだ数刻です。それでこちらの全てを理解した気になっていたのは私の驕りです。こちらこそ申し訳ございませんでした」


 危うく大きな勘違いをすることになるところだった。

 おれも調子に乗ってしまっていたのだ。反省しよう。


「ロイド卿・・・ご理解感謝いたします」


「ロイド卿はいい子ですね・・・いえ良い判断でした」


 結局、おれのせいで試験が止まってしまったのでおれたちはその場から移動し学院長の部屋に通された。


 本当に申し訳ない。


「なるほど、ロイド卿が編み出した訓練方法ですか? 構いません。本来なら魔法の正しい技術を広めるのが我々の役目ですが、現状では変化を受け入れ新たな方法で実用性を伴った形で追及していくことに重きが置かれています。実績のあるロイド卿ならば現場にあった魔法の行使を広められると信じます」


 とりあえず騎士団内での魔法に関する講義は勝手にやっていいそうだ。


「それから今回はこちらの落ち度ですのでロイド卿の入学試験は免除とさせていただきます。まぁロイド卿の実力はあの反魔法で証明されたようなものですが」


「そうですか。ありがとうございます」


 これであとは初等科学年試験と卒業検定だけだ。


「それにしてもおどろきましたぞ。まさかマイヤ卿に魔法を仕込むとは。彼女の二十年前の入学審査では『見込みなし』となってましたが、いかようにしてあのような高度な魔法を教え込んだのですか?」


 おれは特別なことは何もしていない。

 ただ魔法が使えるようになる第一段階は、魔力の流れを掴むことだと認識をさせることから始めた。


 魔法というと、まず正しい詠唱を習うようでセンスがある者はそれですぐ魔法が使えるようになる。だが自分の体内の魔力を感じ取れない者は詠唱をしても魔法は発動しない。


 だから体内の魔力を実感できるようにしたのだ。

 

 具体的にはおれが魔力を注いだ。

 それによっておれの魔力に反発する自分の魔力の動きを感じ取れるようになる。そうしてから魔力を意識して動かす地道な訓練をしてもらい、あとは具体的な魔法のイメージを固めてからそれを発動させる。この時詠唱があった方が発動する気がするなら詠唱をするのもありだ。

 

 魔法が使えるようになったら、〈基礎級魔法〉の常時発動、維持を行う。これにより魔力の制御と魔法の発動場所の精度が上がりより大きな魔法を効率的に無駄なく発動できるようになる。

 

 それに慣れたら、実用的な魔法を一つ徹底的に繰り返し洗練していく。

 

「・・・魔力を注ぎ、魔力の反発する動きを実感させる・・・」


「ええ、シンプルでしょう?」


「無理ですね。とても真似できない」


「え?」


 清高十選たる学院長なら言わずもがな、魔力を操る魔導士ならだれにでもできるはずだ。


「いえ、魔力を流すことは簡単ですが、人体に魔力を流す際に相手に影響がない程度でその量を一定に保つ必要があります。しかしこちらの魔力も相手の魔力の影響を受け不安定になる。まして相手は魔力の動きを自覚できない非魔導士ですから、なおその魔力の反応はランダムです。それに合わせて一定時間魔力を流し続けるのは至難」


 要するに、普通は相手の魔力の反応に自分の魔力の制御を乱されるから、自分もしくは相手に何らかの影響が出てしまう危険があるということだ。


 マイヤ卿の時も確かにおれの魔力に対して不規則な反応があったが、さほど危機感を感じなかった。単に魔力が濃い部分はこちらも濃く、薄いところはこちらも薄くして、均衡を保てばいいのだ。


「・・・ロイド卿、手をいいですかな?」


「・・・あぁ、いいですよ」


 おは学院長と握手をした。これは学院長との『魔力比べ』である。


 そのまましばらくおれたちは動かない。


「あの、何をしているのですか?」


「『魔力比べ』ですよ」


 通常は手に集中した魔力の量で押し合いをする、いわば魔力版腕相撲のようなものだが、今回はちょっと違う。


「私が学院長を魔力で覆い、それに対し学院長が体内で魔力を動かす。互いの魔力を均衡状態に保てるかの実験というわけです」


 そう言って解説している間も学院長の体内の魔力は激しく均衡を崩そうとするが、おれの魔力と相殺され動きは緩やかになっていく。


「ぐぅ! 私の負けです・・・よもやこれほどとは・・・」


「大したことはありません。魔力の量を調節しただけです」


「それが難しいというか、感覚だけで魔力を相殺するなんて芸当は出来ません。ここまでの魔力操作ができる者は清高十選でも二、三人でしょうな」


(なんせこっちは魔力操作だけでひたすら3年もやってたからな。あの時間は今思い出しても苦痛だったが、役に立ってよかった)


「もはや学年試験も免除いたしましょう。魔力操作の新たな訓練法もご教授いただきましたしな。卒業検定さえキチンと受けていただければ、他の教員たちも文句はありますまい」


「そうですか。ありがとうございます。それで、 その試験は今からでもできますか?」


 面倒なことが一気に片付きそうだ。あとは卒業検定を合格すれば、更なる知識が手に入れられる。


「いえいえ・・・試験はここでは行いません。少し待っていただけますか? 今季の卒業見込み者たちが来月に行いますので」


「ここでは行わないのですか? ではどちらで?」


「ここより西のピアシッド山の麓にて。そう・・・迷宮ですよ」


 迷宮。

 そこは誰が何のために築いたのか謎の地下都市である。

 複雑な構造と不意に途切れる道、侵入者を阻む罠、そして迷宮の魔石を核に無限に生まれる迷宮魔物。


 世界に確認されている大迷宮六か所の内の一つがパラノーツ王国の管理する『ピアシッド迷宮』である。


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