第14話 魔獣
神殿でのゴタゴタが終わって、おれは約束通り従騎士たちによる演習に参加していた。
戦闘訓練やそれに伴う配給やキャラバンの設営の流れ、基本的な馬術、緊急時の隊形と対応のシミュレーションなどだ。
この内おれが参加した方が良さそうなものは、基本的な戦闘訓練全般と隊形の確認ぐらいだろう。
さすがに従騎士相手に魔法は使えない。訓練にならない。だが剣術だけなら7歳のおれと十代半ばの女の子で互角といったところだ。
「いや、そこらの町娘と違って彼女たちはそれなりに剣術も収めているのですがね・・・ロイド卿は相当剣術も習われたのでしょうか?」
そう剣術指南役の男に聞かれた。彼は七歳にしては、魔導士にしては剣が振れていると言いたいのだろう。だが騎士と名乗るからには剣を使いこなせなくては。
「大したことは無いです。正直に言ってもらって構いませんよ? 剣術では騎士を名乗るに値しない。自覚はあります。しかしどうも剣を向けられると身構えてしまって・・・」
前世で刺された記憶がおれの身体をどうしても強張らせる。魔法での防御があればいくらかマシだが剣術だけはやはり怖い。
「何を言ってるんですか! 普通七歳で大人用の剣は振れませんよ! それでどこが大したことが無いですか! 一体どんな相手を想像してるんです!?」
「はぁ・・・? 相手はいつも駐屯騎士団のスパロウとローレルでした」
「ああ、なるほど部隊長クラスが指南役でしたか。道理で・・・」
「なんです?」
「彼らのような一流の騎士と切り結ぶと短時間で急速に成長できるんです。普通は駐屯騎士団にあれほどの人材を余らせておくことが無いので、貴族のお抱え指南役でもいない限り無理ですがね。私のように演習の指南役になるものは大抵が負傷兵やけがの後遺症で戦闘に参加できなくなったものですから。従騎士たちは集団演習のほかにお付きの騎士に相手をしてもらったり、技を教えてもらったりして成長していくものなのです」
なるほど、おれは恵まれていたのか。ありがたみが足りてなかったかもしれない。
しっかりと型を教えてくれるスパロウと、相手の虚を突く小技ばかり吹き込んでくるローレルのおかげか自分にできなくても、相手がしてくるであろう動きが読めるようにはなってきた。だからと言って全てに身体が反応できるわけではないが・・・
「ロイド卿はこれから身長が伸び体力も増えます。何よりリーチ、間合いが広くなりますから今の見切りを伸ばしていけば、近いうち剣技だけでも騎士としてやっていけますよ」
(う~ん、どうだろうか)
剣をいくら振るってもこの世界ではあまり役に立たない気がする。マイヤ卿やスパロウ、ローレル、あとタンクとかなら剣で魔獣と戦えるだろうが、普通に剣を振っても魔獣に剣が届く前にやられそうだ。
「なんのお話ですの? 私たちも混ぜてください!」
魔獣についての基礎講義を終えた従騎士たちがやってきた。
「ロイド様は魔獣の講義、受けなくて良かったの? 私たち今度演習で魔獣討伐にも参加するようになるんだけど・・・ロイド様も来ますよね?」
(魔獣討伐・・・だ、大丈夫か?)
「いやロイド卿、魔獣討伐を見学するんだよ。実際に狩るのは魔獣討伐部隊だ」
「ああ、そうですよね」
指南役がおれの顔色を見て取ったのか補足してくれた。
「ロイド様は魔獣についてお詳しいのかしら?」
「まぁ・・・一通り狩ったよ。魔法の訓練で」
「「「・・・え?・・・」」」
「え?・・・あぁもちろん一人でではなく、父上や駐屯騎士から護衛を出してもらって」
「そ、そうですわよね。ベルグリッド伯がいれば・・・」
「でも今、一通りって言いましたよね? ちょっと討伐した魔獣の名前を言ってごらんなさい」
「え~とフラッシュラビット八十九羽・・・カットディア十五頭、イビルアイウルフ七匹・・・スパルタンベア三頭・・・スパイダーブル十八頭・・・ゴーストタイガー一頭かな」
「討伐数覚えてるのね・・・」
「いや、そこじゃないでしょ!! ツッコミどころは!!」
「・・・ロイド様のお宅ってかなり厳しいのね・・・」
「え? いや全くそんなことないよ」
父上は割と、自由にしたいことをやらせてくれる人だ。普通、5、6歳の子供が「魔獣を見たい」って言ったら「大きくなってからな」とでも言うべきところを、父上は魔獣の図鑑をおれに渡して「どれを狩りに行く?」と聞いた。
以来、魔獣狩りには何度か連れて行ってもらった。父上は宮廷魔術師として頻繁に魔獣狩りをしていたとのことで、魔獣との戦闘はかなり手馴れていた。魔導士として求められる戦い方、不利な状況での対応策、基本的なサバイバル術などを教わった。
「怖くないの? 講義でフラッシュラビットに出会ったら次の瞬間首を爪で引き裂かれるってくらい速いって・・・」
「確かに速いけど、小さくて軽い魔獣だから『風の鎧』で攻撃は防げた」
『風の鎧』は気流を全身に纏うことで投擲物などを常時受け流すことのできる魔法。直接の斬撃や正面から至近距離の矢など、貫通力のあるものは防ぎきれないが、フラッシュラビットはこの『風の鎧』に当たると勝手に吹き飛んで致命傷を受ける。素早さの代償にフラッシュラビットの身体は非常に軽い。
だから特に脅威を感じたことは無い。
けど、確かに前衛職の騎士にはやっかいかもしれない。フラッシュラビットの爪は矢じりに使われるくらい鋭く、完全武装した鎧の甲板も貫ける。
「じゃあイビルアイウルフの第三の眼は? 『風の鎧』じゃ防げないでしょ?」
イビルアイウルフは黒い体毛の巨大な狼のような魔物で、眉間に第三の眼と呼ばれる器官がある。この眼は個体ごとに異なる能力があり、敵を金縛りに掛ける、錯乱させる、失神させるなどと言われている。
「その能力はたぶん魔力を無理やり相手の眼から脳に送り込む光魔法の一種だ。その効果に個人差があるからあるものは失神し、あるものは恐怖で固まり、ひどいと発狂する。だから魔力を送り込めないように目に魔力を集中するだけで防げるよ」
イビルアイウルフの天敵は魔力を操れる魔導士だろう。第三の眼が無ければただのでかい狼だ。
「カットディアの何でも切り裂く角にはどう対抗したんですの?」
「眉間に『氷柱落とし』一発」
「スパルタンベアのパワーと剣を通さない体毛はどうやって・・・」
「土魔法『砕岩』で穴に落として、水魔法『成水』で窒息させた」
「スパイダーブルは・・・」
「突っ込んできたところに土魔法の『岩の槌』で串刺し」
話していて気が付いた。
魔法が使えないとやっぱり厳しい。
彼女たちが恐れるのも無理はない。
というか剣でこれらの魔獣と戦うなんて人間離れしすぎだろう。
この世界の人族の身体能力はあちらとは比較にならないくらい高い。
マイヤ卿がおれとの入団試験で見せた動きはまるでハリウッド映画のCGみたいだった。全力で跳んだらたぶん垂直に3mくらい跳べるんじゃないだろうか・・・
だがその力は彼女たち従騎士には当てはまらない。こちらの世界の常識から考えてもマイヤ卿やタンクはいわば『超越者』だ。『超越者』とそうでない者の差には筋力とは別の力が作用している気がする。それが何かは今のところ謎。この世界にだって解明されていない力、秘匿とされている力はある。
「さすがにゴーストタイガーには苦戦したんじゃないですか? その体毛は矢を弾き、鈍重な攻撃は素早く躱し、魔法での攻撃を察知できる上、その爪は岩を切り裂き、牙は極銀の鎧をも貫く。そしてその全てを掻い潜って斬撃を当てたと思うと、いつの間にか『幻影』と入れ替わり、背後にいる・・・」
「ひぃぃ!」
「やだぁ! 絶対遭遇したくないよ!」
「ロイド様はこれとどう戦ったのですかッ!」
(なんだか攻められてるようで居心地が悪いな・・・そんな詰め寄らなくてもちゃんと答えるっての・・・)
「確かにやっかいな相手だった・・・森で痕跡を見つけたけどあまりに危険だからと父上が撤退を決めたんだ。でもその時には感づかれてしまっていて・・・」
「ゴクッ・・・」
「仕方なく・・・」
「・・・」
「対軍級魔法の『
周囲の土を巻き上げ空で矢状に形成し、プロペラ回転と風圧で斉射する。地上の標的は石の小さな矢でぼろ雑巾のようになる。
「「「「参考にならないっ!」」」」
(そんなこと言われても・・・あっそうだ)
「じゃあ皆も魔法を修得すれば・・・」
「そんな簡単に言われても・・・」
「私たちに才能があるなら魔導学院に入ってますから・・・」
「私は入学試験受けたけど落とされました」
騎士団に入る者には貴族の次女、三女など比較的身分の低い貴族の娘たちもいる。そのままでは貧乏貴族との縁談か平民の有力者との縁談しかもらえない。しかし彼女たちは王都で役職に就くことで、より身分の高い相手との縁談を獲得できる。そのためまず魔導士を目指して王都に来る。しかし魔導学院の倍率は高く、試験に落ちた場合騎士養成所に入る。
他には元々騎士爵のある家に生まれたものや、高名な冒険者が騎士団に推挙した子がこの騎士養成所に入り、騎士の世話をする小姓をしながら必要な素養を詰め込まれる。
従騎士になったこの娘達はそれまでに魔法に対する訓練はしても、魔法を使う訓練はしていない。初めに素養が無いとされたからだ。
しかし、それはあくまで詠唱魔法を使いこなす才能が無いというだけのこと。人は誰しも魔力を有している。あとはイメージと正しい工程を学べば使うことは可能だ。おれがそうだったし、スパロウとローレルもそれで上達した。
もし攻撃に魔法を使うほどの魔力が無くても、目くらまし、不意打ち、攪乱用に特化した一芸があればそれで充分だろう。元もと剣の才能があるこの娘たちなら、それで生存率は格段に上がる。
「おれが教えてもいいけど、こういうことは勝手できないから。まず隊長に相談してみよう」
この娘達の訓練もただ闇雲なものではなく、実戦に向けて段階が踏まれている。それを邪魔するのは良くない。
「本当に私たちにも魔法が使えるの?」
「やってみる価値はあると思う。少なくとも今から始めれば遅いことは無い」
「・・・!」
ここで剣の相手をしてもらっているだけでは心苦しいし、このまま魔獣の相手をして死人が出てしまったら後悔しそうだ。
「まぁ、皆の訓練時間が長くなるから嫌ならいいんだけど」
「「「ぜひっお願いします!」」」
よし、とりあえずマイヤ卿と話してみるか。
◇◆◇
「いいと思います」
マイヤ卿はあっさり了承してくれた。
(この人、全く魔法を使わないから何かこだわりとか・・・)
「騎士の矜持で禁じてるとかじゃないんですか?」
「へ・・・?」
「マイヤ卿は魔導具も使っていないのでそういうことかと・・・」
「いえ、あの・・・私、王都に来た時に魔導学院の入学試験を受けたのですが、落ちまして・・・」
(あああ、そんな悲しそうな顔されても、どうしよう)
「マイヤ卿もやってみませんか?」
「私がですか?・・・」
「詠唱魔法でだめでも無詠唱で魔法が使える場合や、詠唱の文句を馴染みのある語句に変えてイメージしやすくするなどで改善するかもしれません」
「私にも可能性があると?」
「まぁものは試しです」
「・・・ウフフ・・・私が魔法を・・・・フフ」
(うわぁ、なんかいつもクールな人なのに、顔緩むと女子だな。いや女子だけど・・・あ、キリッっとなった)
「では、まずは魔導学院で講義を行う許可をもらう必要があるかもしれません。まぁ、あくまで後で難癖をつけられないようにするためですが。そのために実際、魔導学院の試験に落ちたものに魔法を修得させる必要がありますね」
(ん・・・? なんだこの間は・・・・?)
「ロイド卿の理論で魔法を会得できると証明する実例が要りますね」
(ああ・・・はい)
「では、マイヤ卿にその実例になっていただいてよろしいですか?」
「ふ・・・いいでしょう私が実験台になりましょう!」
(楽しそうだな・・・おい・・・)
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