第16話 道中


「坊ちゃま、どうかヴィオラも連れて行ってください!」


「心配するな、すぐに戻ってくるから」


「でも迷宮は恐ろしいところだと聞きました・・・もし坊ちゃまに何かあったら・・・」


「大丈夫だよ。迷宮と言っても一階層しか行かないんだから」


 そう言ってなだめても、ヴィオラは不安そうな顔で今にも泣きそうだ。


「約束する。おれは無事に戻ってくる。だから父上と待っていてくれ」


 おれはヴィオラを抱きしめる。


「おいおい今生の別れってわけじゃないんだ。ロイドなら大丈夫だよ。往復で四日だ。主人の帰りを待つのも君の仕事だ」


 ヴィオラは父に諭されようやく落ち着いた。


「だってロイド様が居ないとまた奥様に・・・」


 どうやら彼女はベスの世話をさせられていびられるのが怖いらしい。おれがいる間はおとなしくしていたが、おれの留守の間に何をするかはわからない。


「それは安心してくれ。ヴィオラには騎士養成所の宿舎に行ってもらう」


「え?」


「おれは宿舎に住むから、ヴィオラにはそこでメイドとして住み込んでもらうことになる。おれは小姓とかの面倒を見られないからその代わりさ」


 養成所の宿舎は王宮と魔導学院、それと神殿にも近い。

 基本は従騎士たちに魔法を教えながら剣術や騎馬の訓練を行い、姫の護衛を交代で担うことになる。空いた時間で神殿や魔導学院に行かなくてはならないので今のままギブソニアン王都別邸で暮らすのは時間の浪費だ。


「先に引っ越しの準備をしていてくれ。紅燈隊の従騎士たちに案内を頼んでいるから詳しくは彼女らに聞いてくれ」


「よかった~わかりました! 坊ちゃまがお戻りになるころには快適なお住まいをご用意していますね!」


 屋敷を出ておれは姫に会いに王宮に向かった。

 一応姫の護衛として雇われている身なので王都を離れるときは断っておくのがいいと考えてのことだ。

 

(この時間は庭園でお茶だな)

 

 まだ護衛を始めて二カ月も経っていないが姫の一日のスケジュールは覚えた。姫の予定はいつもきっちりしていて、それの繰り返しだ。

 

 庭園に着くと姫と貴族の子女らが談笑している。向こうもこちらに気づいたようで何やら話のネタにされているのか、皆おれを見てニコニコしている。守護をしている紅燈隊の者と子女たちの従者たちもクスクスと笑っている。


「ご歓談中に失礼します。姫様、先日お話させていただいた通り、これから迷宮に赴きます」


「ああ、心配だわ」


「私が居なくとも、他の紅燈隊は全員残るのですから大丈夫ですよ」


 迷宮へは学院の一団と共に出立する。おれには従者はいないので他の卒業検定者とともに今回の検定に同行する騎士たちに守ってもらうことになっている。おれ個人のために姫様の守護を手薄にする理由は無い。


「違います、私が言っているのはロイドちゃんの身の安全のことよ」

「・・・私ですか? 私は大丈夫ですよ」


 むしろおれの道中が危険なら、同行する魔導学院の学生たちも危険ということになる。


「迷宮までは丸一日以上の道のりですわ。その間に山賊や魔獣が出ることだってあるの。道中見知ったものが居た方が安心では無くて?」


「しかし紅燈隊に同行させては姫様の警備が手薄になりかねません」


「でしたら、私も一緒に行けば・・・」


 つまり、姫様、遊びに出かけたいのか。

 

(いや、確かにこうも毎日同じことの繰り返しだとつまらないだろうけど、そんなことしたら怒られるぞ。姫様が)


「土産話で我慢してください」


「フフフ、冗談よ。行ってらっしゃい」


(いや、本気だっただろ)


「それでは行って参ります」


「待ってロイドちゃん」


「はい?」


 姫様に手招きされて、近くによるとグッと手を握られた。後ろで女の子たちがキャーキャー言っているが、姫様の表情は真剣だ。


「我が騎士ロイド・バリリス。あなたの道中の無事を祈っています。立派に勤めを果たして私の元に帰ってきてください」


 やはり大げさな気がするが、それだけこの世界での旅が危険ということか。魔法が使えるからと、少し気が緩んでいたかもしれない。長旅で子供の体力なんてすぐそこをつく。


(魔法が使える大人でも死ぬ危険がそこら中にある。それがこの世界なんだ)


 おれは真っ直ぐ姫様の金色の瞳を見て答えた。


「慢心することなく、全力で事に当たります」


 姫様は微笑みながら、そっと手を放した。


「戻ってきたら今後のことをゆっくり話しましょう」


(今後ってなんだ?)


「あと、あちらに綺麗な方がいても浮気はだめよ」


(うわき・・・浮気って何? どうして凄むの?)

 

 おれは適当な返事をしてその場を後にした。


 王宮の庭園から魔導学院へ行き、迷宮行きの馬車の一行に加わる。


 おれは同行する学生たちと同じ馬車に乗った。

 試験官の一人が、より上等な馬車を勧めてくれたが受験者一人だけ試験官と同じ馬車ではまずかろうと話して、荷馬車の荷台に乗り込んだ。

 六人乗りの馬車の中に知り合いはいない。だが、他の五人は、おれが誰だか聞きたそうにしつつもしばらくは黙っていた。

 これから向かう迷宮は遠足とは違う。不安と緊張の顔で皆黙っている。

 

 

 

 迷宮都市。

 

 ピアシッド迷宮の周囲に広がる街には、あらゆるものがそろう。

 

 神殿、冒険者ギルド、商業ギルドを中心に王都とほとんど変わらない賑わいを見せている。異なる点は街にいる冒険者の多さだ。

 

 迷宮は冒険者にとって資金調達には格好の場所で、なおかつランクも上げやすい。

 迷宮内では魔石や過去の遺物、特殊な生態系でのみ育つ珍しい植物、美しい鉱石が採れる。これらを冒険者ギルドで換金しその功績がランクにも反映される。

 また迷宮での救助要請や魔導士の調査護衛なども頻繁に依頼がされるため冒険者が仕事に困ることがないのだ。

 

 そこで毎年行われるのが王立魔導学院の初等科卒業検定だ。

 この検定で迷宮の第一層を行って戻って来るのが第一試験。

 

 初等科の卒業生のレベルは

 

【基礎級魔法】を制御できる

 3属性以上を扱える

 

 くらいのものだが、第一階層には大した迷宮魔物は出ないので冷静に進めば問題は起こらない。

 

 しかし、そうは言っても不測の事態というものは毎度のように起こる。

 

 パニックになって2階層へ行ってしまう者

 同じ検定受験者を迷宮魔物と間違って攻撃する者

 迷って戻って来られない者


 検定の受験者はほとんどが十代半ばの子供であり、明かりの無い真っ暗な洞窟内で冷静さを保てない者は結構多いんだそうだ。

 ゆえに、毎年この検定には騎士団から護衛を生徒たちに付けるよう、陛下から命が下っている。魔導士の卵は王国の財産であり、死んでもらっては困るのだ。

 今回も各騎士団、軍から騎士や兵が派遣されている。


「「「----、---」」」


 馬車が王都を出発ししばらく経って、おれ以外の五人はなにやら雑談に華が咲いている様子だ。


「なぁ、外ばかり眺めていないで、君も話さないか?」


「え?」


「今話していたんだ。これから向かう迷宮についてさ」


「検定は別に競争じゃないんだから、皆で情報の交換でもしないかってことだよ」


「夜までずっと暇だしね。知らない顔もいるしまずは自己紹介からかな」


「・・・」

 

(別にいいか)


「では、一番年下の私から自己紹介させていただきます」


「そうだな」


「頼む」


「私は、ロイドと申します。魔導士を志しております。行く行くは宮廷魔導士となり陛下にお仕えするのが目標です」


 ギブソニアンの名は出さない。いう必要もないからな。


「そうか、ロイド君ね・・・じゃあ次は・・・」


 そうして順番に自己紹介をしていった。


 そして迷宮について持ちうる情報を交換したが、皆大して特別な情報は持ち合わせていなかった。迷宮に入るのは皆初めてで、出てくる迷宮魔物に効果的な魔法、奥にたどり着くのに最短のルートなど、その辺の冒険者に銀貨一枚で聞けば教えてもらえることばかりだ。

 そしてどの講義を受けているとか、あの先生はどうだとか、中等科に行ったら何を学ぶとかでひとしきり話し合った後、話題はおれに向いた。


「・・・ところでロイド君は学院で見たことないけど、どの講義を受けてるの?」


「そうそうおれも気になってたんだ。他の皆は見かけたことがあったけど、お前は知らないんだよな」


「というか、ロイド君ていくつなの? その歳で卒業検定を受けるなんて、何回飛び級したの?」


(さて、どう答えるか・・・)


 正直に言っても良いけど、洗いざらいおれの生い立ちから今の生活まで話す義理は無い。同じバスに乗り合わせたからと言って個人情報まで詳しく話す奴はいないだろう。


「私は・・・」


「停止! 全馬車停止しろ!」




 

 ロイドが適当に答えようとしたその時、護衛の騎士から警戒の知らせが鳴り響いた。


「な、なに?」

「なんでこんな山道のど真ん中で止まるんだ?」

「落ち着けよ、馬車の故障か、道が塞がってるとか・・・」


 しかし、周囲の護衛の騎士の物々しさはもっと深刻な事態を示唆していた。馬車の中は不安に満ちている。そして一人がつぶやいた。


「まさか、魔獣・・!」


「「「「・・・」」」」


 その言葉に皆黙って、身構えていた。ロイドを除いて。


 山間部には魔獣がたびたび出没し、旅人の乗る馬車が襲われることは多い。だが今回の一団は馬車八台、護衛の騎馬十騎。この多勢に襲い掛かるのは大物か、群れの可能性が高い。

 

 その可能性を皆が考えていた。どうか外れてくれと願いながら。

 

「ブロオォォロォッ!!!」

 

 しかし、その悪い予想は当たっていた。

 

 外にいる誰かが叫んだ。


「スパイダーブルの群れだッ!!」


(大物の群れだったか・・・)


「お、おい! まずいぞ!」


「やだやだ死にたくないよぉ!」


 外から聞こえた知らせ、スパイダーブルの群れというのは銀級の冒険者パーティーが3チームは必要になる。

 要するに魔獣討伐の熟練者が15から20人いてようやく渡り合えるということだ。それも足手まといが居ない場合ならの話だ。今ここには魔獣討伐の経験のない守護対象が御者も含めて40人はいる。

 

 護衛の騎士は10騎。

 群れの数にもよるが、スパイダーブルは、すさまじい跳躍力と不規則で素早い動きをするため騎馬は不利となる。10匹以上いたら馬ごと引き殺される。

 

 つまり、馬車を囲んだ騎馬10機の隊形は全く無意味。

 

 スパイダーブルの群れが迫るのを見て、すぐにそのことに気づいた一人の騎士は考えを巡らした。そしてすぐある考えに至った。


(そうだ、あいつが居た!)

 

 活路を見出した騎士は早かった。すぐに馬車に駆け寄り、荷台の幕を開いた。


「ロイド卿、頼むッ!」


「「「「うぁぁぁぁ!」」」」

「うぉい!驚かせるな!」

「「「「こっちのセリフだッ!」」」」


 突然幕を開かれた荷台の中の少年たちは心臓が止まる程驚き騒ぎ出す。しかし、騎士に彼らのことを気に留めている余裕はない。


「何匹ですか?」


「自分の眼で確かめろ! お前が後衛をやってくれ!」


「では0−10−1で盾役も兼任します」


「いや、三騎逃げたッ! 0−7−1だ!」


 護衛の騎士が三人逃げだしたようだ。


 盾役0、中衛7、後衛1の隊形。 


 ロイドは荷台を出るとその上にいそいそと登り、辺りを見渡す。すると、スパイダーブルの一匹が先頭の騎馬を吹き飛ばしたところだった。


 その一匹はそのまま勢い止まらず馬車に突っ込こむ。

 だが守りに定評のあるロイド相手ではそのわかりやすい攻撃が裏目に出た。

 

 それは、はたから見ると、スパイダーブルが馬車の前に突然現れた尖った岩に突っ込んだようだった。

 

 岩はスパイダーブルを貫いた。

 

【対魔級魔法】―『岩の槌』

 

 だれもロイドと魔獣を狩った経験はなかった。しかしその一回の魔術の行使が騎士たちの士気を高めた。


 一撃。


 的確かつ無駄のない、迅速なバックアップが付いている。それが戦いに踏み出す一歩を格段に軽くした。極度の緊張から解放され、程よい興奮と集中により訓練時と同じ軽快な動きを見せる。騎士たちは一匹ずつ、スパイダーブルを片付けていく。仕損じて反撃を受けても、盾役を兼任したロイドの魔法が防いでくれる。


 ロイドの立ち回りはその力に反して地味だった。だが、それは集団戦における魔導士の理想的な働きであった。

 仲間が攻撃に向かえば、『氷柱墜とし』や『連弩弓』など素早い魔法でフォローを入れ隙を作る。

 反撃は『風の盾』で弾き、油断して体勢を崩してもそれを狙う動きに合わせてカウンターの『岩の槌』で一刺し。


 不規則な動きに苦戦しながらも騎士とロイドの防衛ラインは下がることなく維持された。

 



 

 終わった時には18匹ものスパイダーブルが討伐されていた。

 騎士たちは自分たちが成し遂げた、奇跡的な戦果に高揚し、それと同時に畏れを感じていた。

 

 それは間違いなく、この戦果を可能にしたまだ七歳の少年に向けられていた。


「すごすぎるよ、ロイド君! 君って何者なの?」


 馬車に居た一人が興奮した様子で尋ねてきた。


(何者と言われてもなぁ。謙遜しても嫌味っぽくなりそうだし)


 ロイドは畏まられるのが好きではない。誠一だったころの性分というべきなのか、日本人の美徳が魂に残ったのか、謙虚さを貴ぶ精神がロイドの振る舞いに大きく影響していた。

 かといって嘘をつくのも好きではなかった。これまで馬鹿な子供の振りをしてこなかったのも、騙し通すほどの演技力が無かったからであった。

 

 それゆえに彼は明かす必要のない身分を打ち明けた。

 

「ロイド・バリリス。陛下よりシスティーナ姫の護衛を仰せつかっている王宮騎士団、紅燈隊所属の騎士です」


「「「騎士!?」」」


「父が宮廷魔導士でして、少しばかり習いました。魔法の方が得意なので宮廷魔導士になりたかったのですが、ちょっと事情があって先に騎士に叙任していただいたんです」


「ロイド君てひょっとして貴族様?」


「バカ! 騎士爵ってことだろ! すいませんロイド卿。知らなかったものですから」


「ああ、不敬とか言いませんから大丈夫です。元々平民だったので気軽に話してもらう方が慣れてますんで」


 質問攻めになりそうだったが、早急に宿場街まで馬車を走らせなければならないため馬車を点検後すぐに出発した。

 ロイドは違う馬車に乗せられた。先頭の試験官たちが乗る馬車だ。


「ロイド卿、この度は我々をお救いいただき感謝しますぞ」


「大した役にも立たず申し訳ない」


「いえ、逆に助かりました。あの場を私に預けていただけたおかげでスムーズに魔法を行使できましたから」


 魔法の通り道、パスを通じて魔法を発動させる時、他の魔導士が別のパスを造っていると、それらが互いに干渉し合い魔法の制御が安定しなくなることがある。ロイドは騎士たちの支援のために小規模な魔法を広範囲に複数同時に発動させていたため、その干渉があるかないかは非常に重要なことだった。それを見越して彼らは下手に助力をしなかったのだ。

 彼らは魔導士とは言っても研究者よりの人たち。今回はたまたま試験官三人が全員そうだったためロイドが全面的に戦闘を担った。


 この事件を機に魔導士としてのロイドの名は学生内で知らない者はいないくらい有名となった。

 特に道中を共にした卒業検定受験者たちは、自分たちより幼い少年の一挙手一投足に目を向けた。



◇  

 

 一方そのころ、騎士の一人が街道を登って、魔獣の大量出現とその討伐を知らせた。その魔獣の多さに驚愕しつつも、ロイド卿がまた、常識はずれの功を上げたと話題になった。


 この一件でロイドのことを認めていなかった派閥の中にも、ロイド卿は別格であるとの印象が広まっていた。しかし、この件を聞いて焦る者たちもいた。


「くそ、スパイダーブルの群れを前に逃げるどころかそのまま先に行ったというのか!」


「どうしますか? 馬を走らせて一時的にを止めさせては・・・」


「間に合うわけなかろう! それに奴らがこちらの都合など考えるものか!」


「しかし、万一、奴らがロイド卿と遭遇でもしたら・・・」


「いや、奴らもバカじゃない。今までも問題を大きくしないことでひっそりとやってきたのだ。それに万一奴らがへまをしても我々とのつながりを証明は出来まい」


 王宮の一室でこそこそと話す二人。

 彼らはロイドの陰謀潰しの名が伊達でないことを知っていた。ゆえに、自分たちの陰謀の傍にロイドを近づけさせまいとした。


 騎士に未熟なものを配置し、試験官は学者気質の老人だけに。そして魔獣寄せの道具で街道に魔獣を放つ。これでロイドを引きかえらせることができると踏んでいた。

 いや、そうなって欲しいと願っていた。


 悪い予想は当たる。


 崩壊の音が聞こえ始めていた。この時すでに彼らは何となく感じていた。自分たちに迫る断罪の日がもうそこまで来ていると。


 

 何も知らないロイドは宿場町に着くと泥のように眠った。

 文字通り、山を超えたとロイドは安心し切っていた。

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