第12話 新参


 システィーナ姫の近衛部隊、〈紅燈隊〉


 常に姫の傍に仕え守護する、要は専属ボディーガードのようなものだ。


 隊の構成は王宮騎士七名、うち隊長一人、副隊長一人。

 各騎士の下に従騎士、小姓が二、三名ずついる。

 総勢二十名弱。


 隊のシンボルはランタン。所属する者は皆ランタンを象った紅い徽章を持つ。



  

 おれも紅燈隊に正式に配属された証として、その徽章を授かることとなった。


「これで私の騎士ですわ。しっかり私を護ってね」


「はい。身命を賭して姫様の守護にあたります」


 姫に徽章を直に付けられる。


 おれが七歳の子供じゃなかったら、さぞ絵になる光景だっただろう。しかし成長期まだ序盤のおれを姫は見下ろす形だ。それでも徽章が付けられた姿を皆が拍手で祝福してくれた。


 これでおれは王宮騎士団紅燈隊所属の騎士。

 陛下から叙任されたおれは身分が騎士爵となり、やや子爵より上の身分となった。


 この国、騎士爵の身分がかなり高い。

 やはり、戦闘の能力にはそれに見合った地位と発言力が求められる。

 そして、陛下はそういった能力を持つ者の登用を、貴賎に問わず積極的になさる方だった。


 その陛下は祝宴の会場で父上と酒盛りを始めている。珍しいことだが息子の就職と大出世が決まったのだから浮かれてもしょうがないか。


 王宮の庭園で内輪の会で小規模だったが、王族が来ているからかかなりの来客数だ。各王族の近衛部隊が集結している。


 陛下の〈金冠隊〉、王妃の〈金華隊〉、シャルル王子の〈蒼天隊〉、第二王女の〈緑玉隊〉、そしてシスティーナ第一王女の〈紅燈隊〉だ。


 これらの隊はそれぞれ独立してはいるが王族の守護という目的の為一致団結しなければならない。こういう場での親睦も大事なのだろう。いざと言う時見ず知らずの人間に背は任せられない。


「皆、君に期待しているのだよ」

 

 そう話しかけてきたのは〈蒼天隊〉の隊長、ハイウエスト卿だ。


「マイヤ卿との戦いぶりを見るに今でも十分大きな戦力となる。それに魔導士が騎士というのがおもしろい。〈紅燈隊〉がうらやましいよ」


 近衛部隊は王族の守護が主な任務。

 加えて有事の際は、魔獣討伐や違法者の逮捕、敵軍との戦闘などに参加する。その多くの場合、騎士は宮廷魔導士の盾、時間稼ぎに回される。だが皆はおれが魔法での盾役になることで戦いを変えられると思っているのだろう。

 

 この手の話はマイヤ卿に聞いている。おれは盾に専念するならば守護者としては最高だそうだ。

 確かに守る方が得意だ。普通、魔導士は詠唱の時間を必要とする代わりに強力な魔法を放てる。しかしおれはその必要が無いため敵の魔導士の魔法を見てからレジストできる。味方の損害を少なくして進軍を進められるというわけだ。


「ロイド卿、そちらの居心地がわるくなったらいつでも我が隊に来てくれ。私も隊の皆も歓迎しよう」


 そんなことこんな場で言っていいのかと言いたいが、確かにそうなる可能性は高い。なぜなら今この場に〈紅燈隊〉メンバーは半分もいないのだ。


「ハイウエスト、妹の隊の者を勝手に勧誘するな。私が怒られるではないか」


 シャルル王子はやはり妹には嫌われたくないようだ。けどあなたもおれを貸し出してほしいっていったらしいじゃないか。


「しかし、この状況はどうにかせねばなるまい。ロイド卿、どうするつもりだ?」

「いえ、どうすると言われましても、反感があるのは仕方ないことですし、いずれ認めてもらえればそれで・・・」


 おれが騎士になったことで、従騎士のだれかはしばらくチャンスを失ったのだ。その従騎士本人と育てた騎士は納得できないだろう。これは時間をかけて認めてもらうしかない。

 それにもう一つおれにはどうしようもない理由がある。


「『陰謀潰し麒麟児』ともあろう貴様が弱気な物言いだな。だが確かに、貴様も苦労するだろうな。相談があるときは私に言うがいい!」


 おれが紅燈隊になじむのに苦労する最大の理由、それは・・・

 


 隊の全員が女ということだ!


 これは今判明した。姫の為に傍に女性の騎士を選んで置いているだけかと思ったら違った。

 紅燈隊は女騎士で構成された隊だった。


 まさかそんなことがあろうとは考えもしなかった。騎士の大半は男だ。魔導士と違い、騎士や戦士職はやはり体格で優る男の方が多い。ところが一部の天賦の才で騎士となるものが、この紅燈隊や王妃の金華隊に集うのだという。


 騎士を目指し幼少のころから小姓として騎士に仕え、従騎士なってからも鎧を磨き、武器を磨き、馬の世話をしながら戦い方や戦術を学ぶ。彼女たちからすればおれは部外者。誤解を解けば受け入れられるといった話じゃない。


「時間が必要なのは貴殿ではありません。しかしあの娘たちが貴殿のことを知る機会を与える必要はあるかもしれない。どうですかロイド卿、従騎士の演習に参加してみては・・・」


(確かに、隊になじめるのか悩む時間が惜しいな)


「そうですね。私は騎士として無知ですから、従騎士の先輩方から学ばせていただきます」


「へぇ、あれだけの魔法が使えるというのに謙虚なのね!・・・不気味な子・・・」


「オリヴィア! やめなさい!」


 オリヴィア卿は紅燈隊、副隊長。

 入隊試験の後真っ先にマイヤ卿に駆け寄ってきた人だ。

 長身のマイヤ卿と並ぶと際立って小柄に見える上にツインテールの幼顔。実年齢は判断できないが、見た目は15,6歳だ。


「だって、隊長。皆思っていますよ。この子本当に七歳なのですか? それに神聖―――」


「オリヴィア、やめなさい。怒りますよ」


(部下に口止めというのはこの娘にだったか。なんか口軽そうだな)


「取り繕っても隊内じゃ噂になっています。この子は人族なのかって。魔力の高いホビット族の魔導士をギブソニアン家が名声を得るために雇っているとか、本当は魔族や魔物なんじゃないかって・・・」


「なっ・・・」

 

 マイヤ卿がギョッとした。

 これから部下になるものに差別意識がすでに広まっていると分かったのだ。当然だろう。

 しかもこれは人種差別とベルグリッド伯の父上に対する不敬にも当たる。さらに魔族だ、魔物だというのは魔導士への根拠のない中傷にもつながるタブーだ。


(おれを気味悪がるのはわかるが、おれを排除するために父上を巻き込み、勝手にあることないことを吹聴するのは許せない。コイツはここで懲らしめてやる必要があるな)


 だがおれより先につかつかと間に分け入り、オリヴィアを締めた者がいた。


[パッシィィン!]


 オリヴィアは頬を打たれてというより、打った者に驚き呆然とその者の前で跪いた。


「副隊長、私、作り話と小言を言う方が嫌いなの。今日はもういいから、帰ってくださらない?」


 システィーナ姫の一言に顔面蒼白になりながら、オリヴィエはその場を逃げるように後にした。周りはいたたまれない空気となり、シンとしている。


「ごめんなさい、これじゃお祝いにならないわ。どうしましょう・・・ロイドちゃんはあんなに素敵な贈物をくれたのに台無しにしてしまったわね」


「そんな姫様・・・」

 

おれの為に怒ってくれた少女は悲しそうに微笑みながらおれの方へ歩み寄り、傍にいたマイヤ卿に視線を移した。


「マイヤ、今のお話は本当?」


「申し訳ございません、私も今知りました。まさかあのような中傷を広める愚か者が我が隊にいたとは・・・私の責任です」


「そうね・・・でも元はといえば私が勝手にロイドちゃんを引き込もうとしたのがいけなかったのだわ・・・」


「よさないか、システィーナ。他人の悪意に屈してはならん」


 話を聞いていたのか、陛下が話し始めた。


「皆も聞け! 力あるものを恐れ、貶めることで自らを護ることは人としての退化である! 人の退化は国の衰退! 卑劣な者に人徳は無く、礼を欠く者は愚か者、それに気づかぬ恥知らずを余は軽蔑する! 諸氏もまた軽蔑すべし! ロイド卿への無知蒙昧な言動は慎め! 余は国の衰退を断じて許さぬ!」


 陛下の言葉に皆背筋を伸ばし直立している。


(これが人の上に立つ者の威厳か・・・陛下がここまで庇ってくださっているからには役に立たないとならないな。陛下の話にはおれも同意見だし)


 おれは卑怯者に殺された。卑怯な奴は害悪だ。そいつがなにか功績を残そうと、身分が高かろうと全てまやかしだ。卑怯者は人の良心や思いやりの心、信用を踏みにじり、他人をゆがめてしまう。今のおれのように・・・


 ふと、視線を巡らすとそこには普段見慣ない凝った装飾を施された甲冑の者たちがいた。その中心にいるのは神殿の神官、しかもかなり上位の階級の者とわかる法衣を纏っている。


 彼らはこちらに歩みより陛下の前で膝を折った。


「崇高なるお言葉でございます陛下。我ら神殿の者も悪意ある言葉と妄信に頭を悩ませております。しかし人の性とは御しがたく、妬みや嫉みがなくなることはございません」


「面を上げよ、大神官。して、どうするというか?」


「はい、ロイド卿に対する不信を我らが取り去って進ぜます」


「ほう・・・なるほど。つまらぬ戯言で身を護ろうとする輩に、ぐうの音も出ぬ事実を突きつける、良いだろう・・・ロイド卿!」


(大神官、神官を束ねる人か。この人なら噂をどうにかできるのか?)


「はい。お初にお目にかかります。ロイド・バリリス・クローブ・ギブソニアンと申します。本日は私の叙任祝いの席に足をお運びいただきありがとうございます」


「大神官様、わざわざ来ていただいたのにお見苦しいところをお見せしてしまって、申しわけございません」


 そう姫がフォローを入れてくれた。


「いえ、いつの世も人の愚かしさが浮き彫りなるのは正しき行いをするものがいるからこそです。そして人に道理を説くのは神官の務め。この件に関しましては私共の方にも責任がございます。そこでロイド卿には神殿に一度来ていただきたいのです」


(これは例の神聖級の話か・・・おれも自分がどうして知らない魔法を無意識に使えたのか知りたいと思っていたが・・・)


「神殿に赴くのは構いませんが、何をするのでしょう?」


「あなた様が人であるか、何者か、それは神殿で診ればわかること。そして力を持つものには神々より神託が下ります。とまぁ、お堅いことを普段は言いますが、簡単に言えば身体を診て問題がないとはっきりさせようということです」


 なるほど。神殿の者は治癒魔法が使える。それは人体を詳しく診れるということだ。おれだけじゃあ確かに自分が魔物じゃないなんて証明する手段がない。言われたら反論が難しい。

 それに神託か。

 前は信心深くなかったけど、今は信じられるかもしれない。おれがここに転生したことは誰かの意志によるもののように感じる。魂とか輪廻転生はもろに宗教的だ。科学的な理解を完全に超えるものが存在するのは確か・・・


「わかりました。これまでの数々の幸運、いやこの世に生まれたことを神々に感謝するいい機会かもしれません。では行きましょう」



 

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