第11話 叙任
入団試験を終えて、おれと父上、ヴィオラら使用人は王宮へ招かれた。後日、叙任を皆の前で正式に行うとのことだ。
「それにしても坊ちゃまはいつの間にか、とってもお強くなられたのですね!」
「私も見ていて驚いたよ。ついこの間リトナリア殿と演習した時よりも格段に成長していた」
「いえ、それでも負けてしまいました。しかも手の内はほとんど見せてしまいました。次はもっとやりにくくなると思います・・・」
「何を言っている! 貴様、素晴らしい戦いぶりであったぞ!」
「!!・・・あなた様は・・・」
突然激励をしてきたのは第一王子、シャルル様だ。
「お前から見て、どうだった、騎士長!?」
「はっ! マイヤ卿は対魔法戦闘では王宮騎士団内でも随一。純粋な剣技のみで騎士長となられたお方ですので、その方にあそこまで肉薄されたのは大健闘かと」
シャルルに促されて感想を述べた人はどうやらシャルルの近衛隊の隊長のようだ。
「お褒めいただき光栄です。騎士長様」
確かに騎士長を務めているマイヤ卿に勝とうなんていうのが驕りなのかもしれない。単純におれが努力を始めたのを長く見積もって7年としても、皆それより長く、たゆまぬ努力を続けて今の地位を築いているんだ。
失念していた。おれは特別な奴じゃなかった。たまたま今に至る経緯とか状況が特殊なだけであって元は要領の悪いリーマンだったわけだし。
「私は魔法より、最後の一振りに感銘を受けたぞ!」
「え?・・・」
最後って・・・ああ不意打ちの見えない刃か・・・あれもなぜか見破られたな。まぁ文字通り‟付け焼刃”、ぶっつけ本番だったから酷い出来だった。刃状に維持していた風はマイヤ卿の兜に当たった瞬間弾けて魔法が解けてしまった。
リトナリアさんはどうやって維持し続けているんだろうか・・・今度聞いてみよう。
「魔法は大体が才能で力が決まってしまう。私は幼い少年が魔導士として力を有すると聞き、勝手に努力を知らない成り上がり者だと決めつけてしまっていた」
いやまぁ、それが普通だろうな。才能なのか赤ん坊から始めた分進歩が速いだけなのか、いずれにしろ割とここまでぬくぬくとやって成り上がりました、はい・・・
「だが、あの剣筋を七歳で、しかも実戦の中で振るえるのは努力以外ありえぬ!」
剣?
「魔法の才能がある上にそれに驕らず努力した証があの一振り・・・我々剣を握る者たちは皆、貴様がただの成り上がり者ではなく、己を律し、高めることができる
シャルルの後ろに控える騎士たち。彼らの甲冑の奥からおれに向けられている視線に気づいた。温かい視線だった。
「すまん、偏見で貴様には人を護ることは出来ないなどと批評した。私の間違いだった! 妹、シスのことよろしく頼む!」
「はっはい・・全力を持ってお仕えさせていただきます」
不覚にもおれは少し泣きそうになった。高々15、6才の少年に認められただけなのに、こみ上げてくるものがあった。
剣は苦手だった。でもクズ(義兄)に後れを取らないために努力した。それでもおれの剣など取るに足らないだろう。少なくともみんなは魔法の力を評価する。しかしシャルル王子は違った。一回振った剣でおれの努力を認めてくれた。
彼は伝えたいことを伝えて満足そうに騎士たちを引き連れて去っていった。
「おっと忘れるところであった。妹が貴様、いやロイドを連れてくるようにといっていたのだ」
(王子・・・妹のパシリなのか・・・)
「ちっ違うぞ、たまたま私がお前に会いに行くと伝えたらついでにといわれたのだ」
「いえ、何も言ってませんが・・・システィーナ様がなぜ私を?」
「さぁな、おれと同じで健闘を称えるだけかもしれんが、シスは頭が良いからな。おれには推し量れんのだ。何か重要なことかもしれん。さぁついて来い!」
おれは王子に連れられるままシスティーナ姫の部屋へとやってきた。王宮は何やら迷路のようになっていて方向感覚が狂う。まぁ、迷うことなど無いが。
やはり便利、『記憶の神殿』!
「お待ちしておりましたわ。ロイド卿。ご苦労様でした、お兄様」
「ん?・・・ああ・・ではおれは公務があるからな! 失礼するぞ」
部屋に入ると兄を退出させた。おれは一人だ。姫の方には何名かのメイドとマイヤ卿が仕えている。
(なんだこれ、面接でも始めようっていうのか?)
戸惑っているとまずマイヤ卿が説明してくれた。
「お疲れのところすいませんが、叙任の前にいくつか確認する必要があるので。よろしいですか?」
「こうしてキチンとお話しする機会は中々作るのが難しいのよ? 色々根回しするとお父様とか他の大人を通さないと人に会えないの」
なるほど、姫といってもなんでも自由にはいかないか。王子を使ったのは手続きを省略してこの状況をつくるためか。それにして兄を顎で使うとは、10歳とは思えない。あっちだったら小学四年生とかだよな。
「どうしました? どうぞお掛けになって?」
「はい、失礼します」
ソファに座るとメイドがお茶を用意し準備が終わると退出した。部屋にはマイヤ卿とおれと姫だけだ。密談がしたい・・・いやおれに秘密を明かさせたいのだろうか。
「入団試験は素晴らしい戦いぶりでしたわ。これであなたが私に仕えることに異を唱える者はいない、とまではいきませんがおおむね皆納得してくれますわ」
「光栄です。姫殿下」
「なんだか余所余所しいですわ。シスと呼んでかまわないわ。それかお姉ちゃんでもいいのよ?」
(無理だろ・・・なんだろう、この子、年下の男の子を弟扱いしたいだけなのか?)
「姫様、冗談が過ぎます。ロイド卿、姫様とお呼びしてください。なれなれしくすると周囲の反感を買います」
「はい、私もそう思います。ではお呼びするときは姫様と・・・」
「わかりました、ではそれで結構です。二人の時や今みたいに身内しかいない場では自由に呼んでくださいね。ぜひ」
(うん・・・こういう状況も今後あるっていうのか・・・そうそう呼ぶこともないと思うのだが)
「わかりました。シス様と・・・」
「お姉ちゃん」
「・・えっと・・・シスお姉さまとか・・・」
「お姉ちゃん」
「・・・」
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん・・・」
「はい、お姉ちゃんですよ〜!」
(負けたッ! 強引すぎるだろ? なんでお姉ちゃんにこだわるんだよ! これか、確認したい重要なことって!)
「フフフ・・ぁ、コホン・・・時間もないので話を進めましょう。まずロイド卿にいくつか確認します」
「そうしてください・・・」
マイヤ卿が話を進めてくれた。その間、姫様はニッコニコでこちらを見ていた。
(やり辛いな・・・新しい圧迫面接かよ・・・)
聞かれたのは生い立ち、得意不得意なこと、戦闘経験。それから姫の近衛騎士となった場合に知っておくべきことの確認。礼儀作法や王宮独自のマナー、年中行事での主な役割だ。
(結構忙しいぞ、これ・・・おれの場合、これに個人訓練、合同訓練が入って、合間に魔導学院に・・・無理だろ!)
「大丈夫ですわ。しばらくは私の護衛能力向上を名目に各所にて研修ができるようになりますしその時間もキチンと取ります」
「研修?」
「はい、お姉ちゃんはロイドちゃんの為にちゃんといろいろ考えてますから、心配しなくて大丈夫!」
(ロイドちゃんて・・・いやしかし、研修という名目で公務扱いとして各方面に出向けるのはすごいことだ!そうか、姫の護衛としてこんな特典があるのか・・・でもどうして・・・)
「大変ありがたいことです。しかしどうして私にここまでしてくださるのですか?」
「・・・私、人を見る目は確かなの。王宮内には信用できない者も多く、利己的なものや不正を働く者、地位に実力が伴わない者もおりますの。お父様・・・王も常日頃、頭を悩ませておられるわ」
そんな風には見えないが、国を動かすとは相応の苦労がある、ということだろう。
「でも、ロイド卿、あなたには期待しています。私もまだ力が無い子供だけれど、これからの王国を支えるためにはあなたのような、人の気持ちを考えられる強者が必要です」
姫様はまっすぐおれを見た。気分が高揚するのを感じた。人形のように整った美少女はまぎれもなく、人の上に立つ資質を有しているのだとわかった。
「だから力を貸してちょうだい。5年後、10年後傍にあなたが居るのとそうでないのとでは王国の未来が変わることだってありえるもの」
(すごいな、この子は)
ただのわがままな姫というわけじゃなかったのか。先を見据えてそのためにできることをする。おれと考え方は似ているけど、こんな何不自由なさそうな少女がおれより責任感を持っている。
「それから、ロイドちゃんはモテモテだから。今の内唾をつけておこうと思ってね」
(なにそれ、初耳!)
「すごいのよ。今も試験を見た魔導騎兵隊、魔獣討伐隊、王城守護部隊、珍しいところだと神殿の聖騎士隊からも勧誘がきてます。あとお兄様も時々ロイドちゃんを貸してほしいと言われましたし。でも早い者勝ちですから、ロイドちゃんには私の近衛部隊〈紅燈隊〉に入隊していただきますわ」
魔導騎兵隊…魔獣に乗って魔法で敵陣に先行する特殊部隊
魔獣討伐隊…魔獣の討伐の為に編成される実力は集団
王城守護部隊…城壁の防衛のため魔導士、騎士から選りすぐられたエリート部隊
どれも王宮騎士の中でも上位の者しか入隊できないところだ。なんだか内定をたくさんもらえた就活生みたいになったみたいで悪くない。
(神殿の聖騎士隊っていうのは確かに珍しいな。というより神殿は王国の運営とは独立した組織だから神託が無い限り干渉はしないと聞いたが・・・)
昔母親に神殿に連れていかれたきり入ったことは無いが、教会というより病院に近い建物だった。十字架もないし・・・まぁ当然か。
この王都の神殿は王宮のすぐ傍にあって結構な大きさだ。ギリシャのパルテノン神殿に近い。そこで治療や結婚式、葬式を執り行い、王も年に数回神々に報告をするため直接赴くらしい。
人々の規範やモラルの基盤となるのが神殿の伝える神々の伝説と啓示。人々の善性を保つという大役を司るためか、神殿にいる神官や聖騎士は普通とは異なる力を持っていてその原理は秘匿されている。
「聖騎士ですか・・・」
「気になるなら神殿にも研修に行けますわよ?」
「えっ、いいのですか?」
「私の護衛として、研鑽を積むという名目なら大体大丈夫です!」
「姫様・・・」
「お姉ちゃんです」
「お、お姉ちゃん!」
(もういいや! お姉ちゃんで! お姉ちゃんめっちゃ頼りになる!!)
騎士なんて向いてないと思っていたけど、むしろ魔導学院でのんびりしているよりも貴重な経験がいくらでもできるこちらの方が恵まれているのかもしれない。
「あの・・・ロイド卿に聞きたいことがあるのですが構いませんか? おそらく聖騎士の勧誘と関係することです」
「はい?」
「私の顔を見てください」
マイヤ卿はそう言って顔をまっすぐこちらに向ける。たぶん二十代後半だろう。海外の女優さんみたいな顔を向けられると何だかドキドキする。耐性があると言っても見つめられるとさすがに意識してしまう。
(・・・あちらだったらきっとスーパーモデルとかやっていただろうな)
「ロイドちゃんはマイヤのような大人の方が好きなのね・・・」
「え? ちょ何をちが、違いましゅよ!」
てんぱってしまった!
(ナニコレ! 新手のいじめですか!?)
「コホン・・・いえ、あの、私の顔には傷が無いのですが、これはロイド卿が治したのでしょうか?」
(ん? そういえば・・・)
おれは『記憶の神殿』からイメージをできるだけ正確に呼び起こす。
不可視の刃の風が兜に当たった時、確かにその風がマイヤ卿の頬を切り裂いている。
しかし、今のマイヤ卿の顔はシミ一つない綺麗な肌だ。何の跡すらない。
(これをおれがやったと? いつ?)
再び神殿のイメージを掘り起こす。すると消火のつもりで水をぶっかけた後、マイヤ卿の頬の切り傷は消えていた。
「・・・どうやらおれがかけた『成水』で治ったみたいですが・・・どうしてでしょう・・・こんなことは初めてです」
「ロイドちゃん今どうやって確認したの?」
「え? ええ、ただの記憶法です。『記憶の神殿』といいまして・・・」
「さえぎって申し訳ないが、貴殿は『治癒』が使えるということですか?」
「あ、いや切り傷くらいなら集中すれば・・・でも他人に試したことはありませんし、そもそも魔力を有する他人に直接魔力で干渉するなんてできるのでしょうか?」
前に、魔法の訓練中怪我をしたがすぐに治った。だが、他人にこの治癒の力を使うことは無かった。危険だからだ。
魔力は他人の魔力の干渉を受けると精密なコントロールができない。だから例えば『着火』を他人の身体で直接発動させることは出来ない。魔力量に任せて無理やり魔力を注げばそれだけで深刻なダメージとなりかねない。
それと同じで肉体に干渉して傷を治そうとしても他人にはできない。はずだが・・・
「魔力では無いのよ。神殿の神官が扱う神気のみが〈神聖級魔法〉を発動させられます」
「〈神聖級魔法〉?・・・聞いたことが無いです」
「神殿の秘技です。一般には知られていませんわ。高位治癒魔法はこの〈神聖級魔法〉です。詳しいことは神殿の関係者でなければ知りません」
(まさか、疑問に思っていたことの答えにこんな形で近づくなんて・・・)
他人を治癒する。その方法がわかるかもしれない。
「もし、ロイド卿が神気を有していたらこれは大変なことです。はっきりとしたことがわかるまでこのことはここだけのお話としましょう。部下にも口止めをしてあります」
「そうですね。面倒はごめんなのでそうしていただけると助かります」
思わぬところで可能性が広がった。
属性魔法に加えて神聖級魔法が操れるようになれば無敵。
攻撃だけでなく回復もできる。
これなら即死さえ防げば、天寿を全うできそうだ。ナイフで刺されたくらいじゃ死なないだろう。
(でもあれ?・・・)
姫の護衛と騎士の訓練。暇な時間に魔導学院で魔法の技能を深める。さらに神聖級魔法の修得・・・
(なんかどれも中途半端になる予感が・・・)
「ロイドちゃん、これから楽しみね!」
「・・・はい」
(大丈夫だ!)
まだ七歳。
成人するまであと七年と少し。
(気長にまんべんなくやろう。目指せ万能者だ)
おれはこうして、希望と期待感を持って叙任式を待つこととなった。
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