第10話 入団



私は職務とはいえ、この状況にとまどいを感じていた。


やりすぎではないかと。


 私の目の前にいるのは7歳の子供だ。

半分ほどの身長の彼はこちらを見上げている。

私も7歳の時、彼と同じく入団試験を受けて騎士の小姓となった。その試験は、走ったり他の子と模擬戦したり、あとはいくつか質問に答えるだけだった。

 

だが彼の場合は違う。半径30mの闘技場の中央に立ち、持っているのは子供用の木剣ではなく実践用の真剣。

甲冑はなく品のある貴族衣装に身を包んでいる。


「王宮騎士団、システィーナ王女護衛 〈紅燈隊〉隊長のマイヤ・ハート・リーグです」


彼はそれを聞いて、とても嫌そうな顔をした。


ごめんなさい。


あなたに実力を意地でも引き出すようにとのご命令ですから。




「バリリス侯、貴殿には本気を出していただきます。当然魔法もです。ただし剣は落としてはいけません。・・・できれば剣技の方を見せて下さいね。勝敗よりも力を証明すること。いいですね?」


 長身の女騎士だ。姫の誕生会でおれが侍女と間違えていた近衛騎士隊長。


騎士爵で王宮の役職もちだから子爵のおれより身分は上のはずだが、礼節は騎士道の基本というわけか。


ローレルとは違うな。

だがスパロウとも違う。


堅さが無く自然だ。装備も、彼らが魔石を埋め込んだ甲冑や剣を用いていたのと異なり、彼女のはシンプルな聖銅オリハルコン製だ。あれは魔力を通さないらしいがおれの魔法も防げるのだろうか。背には150cmぐらいの大剣。女性に振るえるのだろうか。


いや剣をまともに振るえるかどうか試されるのはおれの方か。


「お望み通り。魔法を含め全力を出します」


 負けるつもりだった。だが、この人相手に適当に負けを演出することは出来そうにない。おれに手を抜かせないために隊長を出すとは、おれの浅知恵など見抜かれている。


ならば、ここでの最善は全力を出すことだ。騎士をやめる口実は後で探せばいい。


 おれは剣を構えた。マイヤ卿もそれに応じて剣を抜いた。

 左手で右肩に背負う大剣に手をかけ、抜くと同時に構えている。細身で長身の女性が片手で大剣を構える姿は、非現実的すぎる。


 周りには関係者がそろい、始まりの合図を待っている。


「先手をどうぞ。貴殿の試験ですから」


 この余裕。

 なんとかこの悠然とした女から、隙を生じさせなくてはならない。

 見れば、結構な美人さんだ。スラっとしたモデルのようなスタイルをしていてそれなりにモテそうだ。

 毅然としていて女性的、ならこれでどうだ?


「・・・・・マイヤ卿は今年でおいくつですか?」

「なっ!」


 隙あり!


 おれは最速の魔法『成水』を頭上に生み出し『水流』でプロペラ形成と回転でホバーさせる。それと同時に『砕石』を辺りに数か所、マイヤ卿の前後左右に仕込む。


 発動はまだだ。

 

 回転を上げた水流をその回転による推進力で急降下させ、マイヤ卿に向けて降らすと、急速気化冷凍により氷柱状になる。

 

 おれのオリジナル省エネ魔法『氷柱墜とし』


 マイヤ卿はまだ頭上に気づいていない。騎士のかぶる兜は上への視認性が低い。そして足元も。


妙齢の女性が突然年齢を聞かれると固まる現象も有効打となった。これは決まった!

 

 かに見えたが『氷柱墜とし』は全て躱され地面をえぐるのみだった。


 

(どうやって避けたんだ? てっきり魔法は使えないのかと思っていたが違ったか?)


「驚きました。無詠唱でこの速さと威力を兼ね備えるとは・・・しかし実践経験が無いとこうなります。我々は魔法への対策は熟知しています。だから反射的に身体が動く。そしてこの魔法がいくら速くともこれでは矢と変わりません。あと女性に年齢を聞くのはマナー違反ですよ・・・」


(ごめんなさい・・・いや!! それは矢は見ないで躱せるということか? 人間離れしているなぁ)


 ならば・・・!


 『砕石』にさらに魔力を込め『砕岩』を複数同時発動。マイヤ卿の足元が完全に崩落した。しかし彼女はあせる様子も無く足場になる瓦礫を選び地上に戻った。これで倒せるとは考えていない。まずは態勢を整えよう。


「ん?・・・なるほどこれは光魔法『迷彩』ですか。お恐れ入りました。土魔法の発動の速さといい、魔法を実践的に使われますね」


 対人級光魔法、『迷彩』は風景と同化する潜伏用の魔法。動くと見つかるが魔導士は動く必要はない。時間を稼いで次の魔法の準備を重ねる。その工程が増えるほど戦況は有利になる。


「身を護るためには実に効果的な技術です。貴殿はすでに普通の魔導士の域を超えている。しかし・・・それに反比例するかのように、貴殿は弱い」


(何? おれが弱いだと?)


「リスクを冒さず、堅実なやり方で身を守るのに必死ですね。魔法が、その技術が、敵を倒すためではなく、身を護るために得たものに見えます。だからどんなに主導権を握ろうとしようとも戦いが拮抗すると攻めきれない。攻める勇気がない」


(ちがっ・・・違う!)


 おれは変わった・・・

 生まれ変わって、あんな理不尽で、無残な最期で人生を終わらせられることが無いようにおれはできることは何でもやってきた!・・・・・はずだ。


 ・・・いや・・・自分に嘘をついてもしょうがない。

 おれは変わってなどいない。

 その証拠におれは魔力切れを恐れて大きな魔法を実践で使えない。攻めきれない。


 それは以前リトナリアさんと演習で対戦した時もそうだった。熟練者の動きと勘はおれの予想を超える。

消極的な魔法は効果が低かった。そして本気で迫ってくる者に未だに恐怖を感じている。

 自分の命が奪われる感覚が生まれ変わった今でも魂に刻み込まれているようで、おれの身体を強張らせる。

 そんな自分を護ることを前提とした魔法の修得は‟攻め”ではなく、よくても‟牽制”、ほとんどが‟守り”だ。


「はっきりいって攻める気のない者の攻撃は怖くありません。攻めるための守りではなく、守るための守りなど魔力の無駄です」


 マイヤ卿がまっすぐこちらへ駆け出した。

 

(速い! あれが鎧を着た人間の動きか?『迷彩』は機能してたはずだが、どうしてわかるんだ!?)


「うっ!・・・」


 とっさに『土壁』を間に築くが土を押し固める前に突破される。


「シッ!」


 大剣の間合いに入ってしまった。だが振りかぶられた剣線が届く前に『風の盾』を発動!


 基礎級『気流』を一か所に集中させ風の層をつくる対魔級魔法。

 魔力が続く限りこの見えない盾は消えない。


 期待通り剣は盾に阻まれそれた。その隙に脇を駆け抜け、盾に使用していた風で『風圧』を発動させ一気に距離をつくった。


 しかしマイヤ卿は踵を返しすぐに追ってきた。


 このままではだめだ。やはり全力で攻めないとこの人は止められない。魔力量のことを気にしていても小細工をした分無駄になる。


覚悟を決めねば!


いまここで今までの自分にできなかったことをしなければ!

 

 頭に浮かぶのはおれを殺した下種の下卑た笑い。


 今のおれだったら・・・


『連弩弓』


 土と風の複合魔法。生成した『石礫』を『風圧』ではじき出す。礫の大きさは弾丸をイメージして堅く鋭く最高レベルまで圧縮して小さくする。つぶてを生成して風圧で撃つ。


[ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ]


 一回撃つのに0.1秒ほど。これを繰り返した。狙うのは剣を持つ手に集中する。容赦の無い弾幕にマイヤ卿の脚が止まるが直撃を回避してジグザグに進んでくる。


「マシに、なりました!」


 しかしこれはマイヤ卿を誘導するための攻撃。次第にその位置に彼女が入った。


 よし!


「死んでくれるなよ!」


 おれは魔力を闘技場全体に一気に流し、『砕岩』と『土壁』を発動した。『砕岩』というより『崩落』に近い大きな穴。当然中心はマイヤ卿がいる、闘技場の中央だ。土壁に使用した土が崩落の穴を広げ、彼女は深く落ちる。


「なっ! これは!」

 

 彼女が逃げられないよう土壁を高く穴を囲うように建てる。もちろん閉じ込めて勝つつもりなど無い。


「このまま土砂で押しつぶせばいいものを・・・やはり甘いですね」


 違う。発動の遅い土魔法で穴を塞ぐのは間に合わないことはわかっている。だから炎で塞ぐことにした。


 複合魔法『火炎旋風』―風の魔法で火力を上げた炎の旋風が穴の出口に投入され、内部を焼き尽くす。逃げ場はない。


 それは火山が噴火したかのような光景だった。ただし炎の猛威は天から噴出孔に注がれている。

 

 これでも、あの人は出てくる。

 

[バゴッ! ゴオオ]

 

 その予想通り壁が崩れ、そこから炎と共にマイヤ卿が出てきた。一瞬で断崖を駆けあがり壁を切り開いたようだ。そしてそのままこちらに突進してきた。

 今回はさすがに無傷とはいかなかったようで、鎧は煙を上げ、所々焼けて火が付いたままだ。それでも勢いは変わらない。

 

 おれは剣を構えた。


「やっと構えましたね、バリリス侯!」


 マイヤ卿の大剣が振るわれるより早く、剣を振るった。

 マイヤ卿はまだおれの剣の間合いの外。しかしこれがおれの奥の手だった。

 

 『風の刃』―リトナリアさんが得意とする風の対魔級魔法

 

 それを剣の先に纏わせ間合いを広げたのだ。切先の延長である。

 

 大技を二連発した後の不可視の刃。

 

 虚をついた必中の攻撃。一切の躊躇なく、普段の稽古通りの型で振るわれた剣はマイヤ卿をとらえた。

 

「うぐっ」

 

 魔力を一気に消費したことによる疲労が握力を奪う。それでも必死に剣を握りしめ、袈裟気味にそのまま振り下ろした。

 

[ガッコォォォオッ]

 

 金属が鳴く音がマイヤ卿の鎧から発せられた。鮮血が舞い、それが地面に注がれる。

 

 膝をついて敗北を認めたのは・・・・おれの方だった。

 

 


 一瞬、剣筋が鈍った隙にマイヤ卿は不可視の刃を避けた。それが兜に掠って弾き飛ばし頬を切り裂いた。

 

 しかし、それを意に介さず彼女は切っ先をおれの喉元に突き付けた。

 

 負けた・・・大技を連発したことが無かったから・・・



 あの虚脱感さえあるとわかっていれば・・・

 



 決着を知らせる鐘の音が鳴り響き、観戦していた者たちはそれが公務で入団試験の審査であることを思い出した。誰ともなく席を立ち拍手で両雄の勇気と力を称えた。

 そんな中、特別の緊張感で戦いを見守り続け開放された者たちがいた。


「ふぅ・・・」


 ヒースクリフは冷や汗をぬぐい、ホッと息をついた。まさか息子がここまで善戦するとは思わなかった。最悪の場合怪我を負わせられるかもしれないと考え内心ひやひやしていた。


(よくやった・・・! ロイド、お前を誇りに思うぞ!)


「彼は・・・七歳ですか・・・これは何とも・・中等科ではなく高等魔導院でもよかったかもしれませんな」


 そうしてやや興奮気味の魔導学院長はロイドの魔法のすばらしさを事細かに語り始めた。

 学院で面倒を見ることを拒否したが、受講と試験の資格を許し、図書館での閲覧の許可もした。

 上二人の問題児の件があり半端になってしまったロイドと学院のつながりを彼は多少後悔していた。


「彼女は運がいい。ロイド君に膝をつかせられるのは今だけですよ。三年後、いや一年後この構図が逆転していても不思議ではありません。そして、いずれ彼は我々魔導士のいずれをも超えるでしょう。近い将来、〈清高十選〉となる。私が保証します」


「うむ・・・両者ともに素晴らしい戦いぶりであった。ここにいる者の総意として、このロイド・バリリス・ギブソニアンに資格があるものとして、余、ブロウド・ピアシッド・パラノーツ一世の名のもとに王宮騎士の称号〈クローブ〉を与えるものとする」


「「「「「おおう・・・!」」」」


「・・・え? なにが・・・?」


 しばらく落胆に沈んでいた意識が引き戻されたのは名前を呼ばれたからでも周囲の歓声やどよめきのせいでもなかった。


「おめでとう。貴殿は晴れて騎士となったのだ」


 マイヤ卿がロイドに声を掛けた。煙を上げた甲冑のまま。


[バシャ!]


「ふふふ、そんなに騎士は嫌ですか? 意外と子供っぽいところも・・・いえ、実際まだ子供でしたね」

 

 不意打ちのごとく無詠唱の『成水』で水を頭からかぶったマイヤ卿はずぶぬれとなった。


「いや、すいません自分でやっておいてなんですがとりあえず火を消した方がいい思いまして。大丈夫なんですか? 氷出しますから冷やさないと」


(ここまで他人に傷をつけたのは生まれて、転生する前も含めて初めてだ。気分が悪いな)


「貴殿は万能ですね。そちらこそ無理をしないでください。魔力が残っていないでしょう。それに大丈夫ですよ。この鎧は熱を通しませんから火傷はほんの少しです」


(そう言われてみれば感覚としては魔力を感じない)

 

「あれ・・・・でも今・・・」

「そこをどきなさい」


 声を掛けたのは武装した騎士たち。マイヤ卿の率いる隊の者たちだ。隊長を傷つけられ殺気立っている。それでも声を張らないのは子供相手だからだろう。


「よしなさい。彼への無礼は騎士道に反しますよ」


「隊長!早く脱いでください! 治療しなくては! さぁ早く!」


「全く、私は大丈夫です。それともここで裸になれと?」


「あ・・・いえ! すいません!」


「役目は終わりました。ここでは叙任の儀は無理ですから王宮に戻りましょう。ロイド侯もお早く」


 続いて、ロイドの元に駆け寄ってきたのはヴィオラだった。


「ロイド様、心配しましたよ~!」


 泣きながらロイドに抱き着きまた泣きじゃくる。


「ごめんよヴィオラ。まだまだ危なっかしくて」


(いい機会かもしれないな)


 ロイドは七年磨いてきた自分の魔法に限界を感じていた。敵に打ち勝つどころか自分を護れず、女の子を泣かしてしまった。

 ヴィオラを連れて原形の無い闘技場を後にする。そしてこの先待ち受ける変化を受け入れる覚悟を決めた。


 


 マイヤ卿は着替えて王宮に向かおうとしているときあることに気が付いた。


 最後のロイド侯の一閃。兜を弾かれ頬を斬られた。


「私の顔、どうですか?」


 と周りにいる騎士、従騎士たちに問いかける。先ほどから痛みを感じないし出血も止まっている。


「きれいなお顔立ちです。傷が無くて何よりだわ」


「傷が無い?」


「はい、兜を飛ばされたのが見えたので真っ先にお顔を確認してしまいました。でもお綺麗なままでよかった。あのクソガキ、もしマイヤ様のご尊顔に傷をつけてたら叩き斬っていました」


 確かに斬られた。だがそのあとすぐに来た彼女たちは私の顔の傷を見ていないという。一体なぜ?


「そうか! まさか・・・!」


「きゃあ、マイヤ様どうされたのですか?」


 普段、冷静さを崩すことのないマイヤ卿が驚くのも無理はなかった。

 

(ロイド侯が私に水をかぶせた・・・)

 

 マイヤ卿はその場で鎧とインナーを脱ぎ始めた。

 

「マママママイヤ様ここでお着替えになるのはマズいですやめて、他の隊の騎士もいるんですのよ!」

 

 しかしそんなことはお構いなしにマイヤは肌を露わにして確認をした。

 

「火傷がない。跡すらない」


 それを聞いて、周囲に緊張が走る。いくら優秀な騎士だろうと、あの火力を浴びて無傷なわけがない。事実、聖銅製の鎧ですら一部変形していたほどの威力。


「まさか、神聖級の・・・生命魔法・・・治癒ですか? でも・・・ここから神殿までどれだけ・・・」

「このことはここだけの話にします。いいですね皆さん!」

 

 ・・・ロイド侯、まだ秘密がありそうですね。


「あのマイヤ様、そろそろ服を着てください。皆さん見てます」

「あ・・・」


 その後王宮ではマイヤ卿が怒りのあまり他の騎士の前で武装を脱ぎ捨て裸になったと噂になった。

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