第8話 計画 前編
◆ 極銀級冒険者 〈コンチネンタル・ワン〉タンク
おれに計画なんてない。冒険者とはそうあるべきだからだ。どんな事態に直面しても最高の結果を生み出し続ければいい。それで失敗しても、それが己を高めるチャンスになる。それでおれは〈コンチネンタル・ワン〉―――大陸一と呼ばれるようになった。
だからおれは“運命のめぐり合わせ”というやつを信じてる。偶然といえばそれまでだが、案外この広いローア大陸を無計画に渡り歩いていても意外な奴と出会うことは多い。そういう時おれはその出会いを大切にするようにしている。偶然だと割り切ってしまえばつまらないし、後で後悔するなんて冒険者らしくない。
おれがこのパラノーツ王国に来たのは、そういうわけで何かの計画があってのことではなかった。しいて言えば迷宮攻略でもしようかと思った程度だ。実際おれの足は迷宮には向かず、高貴な貴族の屋敷に向いた。というのも、ベルグリッド領の冒険者ギルドに顔を出すとそこに、昔―――ガキのころ好きだった女がいて、そいつがその屋敷に用があるというから勝手についてきたのだ。
「お前には関係ないだろう。見舞いで来たんだ。むさ苦しい男が一緒だと彼も怖がる」
なんでも、ギルドの演習場で実践演習をしていたら飛び入りで貴族のガキに挑まれて、返り討ちにしたらしい。
「なんだよ。貴族のお坊ちゃまにおれといるところを見られるとマズいのか?」
会うのは実に12年ぶりだ。大陸最強になったというのに話に華を咲かすどころか、ずっと貴族のことばかり気にしている。まぁコイツにとっての12年はおれのとは感覚が違うんだろうが、さすがに妬けてくる。その貴族が嫌な野郎で無理強いしてるなら許せん。そいつがいいやつで、こいつが惚れてても許せん。どちらにせよ一発殴る。そうしよう。
屋敷に入ると出迎えたのは老練な執事やかわいい顔のメイドだ。だがヒースクリフという奴がいない。若くして領主になった天才魔導士という噂は聞いた。そいつに会いに来たものだと思ったがどうやら留守らしい。
「ようこそお越しくださいました、リトナリアさん」
「突然押しかけて申し訳ない、その後体調の方はどうかと思ってな。本当にすまなかった」
「!?」
どうしてガキに話してるんだ?
二人の話を聞くとどうも、戦り合ったのはこのロイドという領主の息子のようだ。
まだ6、7歳くらいだろう。ロイド、ロイド・ギブソニアン・・・どこかで聞いた名だな・・・どこでだったか・・・
そりゃ見舞いにもくるわな。リトナリアはベテランの冒険者で対軍級魔導士だ。子供相手に怪我をさせちまってそのままではいられないだろう。
一発殴るのは勘弁してやるか・・・
「それで、そちらの方は?」
「ああ、すまない、こいつは勝手についてきてしまって旧友の・・・」
「タンクだ!・・・コンチネンタル・ワンといった方がわかるだろ?」
使用人たちは騒然としている。まぁそうなるわな。だがロイドの反応は薄い。まさかおれを知らないのか?
「初めまして、ロイドと申します。ここでは何ですのでどうぞ奥へ。ヴィオラ、お茶を入れてきてくれ」
「はい」
メイドが下がり、ロイドは執事を伴って部屋へ移動する。その時何やら執事とやり取りをしていた。
このガキ、やっぱおれのこと知らなかったな!?
まぁいい、冒険者は子供の世界じゃない。
「当主殿のいない間にお邪魔してしまってすまない。こちらとしてはなるべく早くうかがうべきと思ってな」
「とんでもない。演習での怪我ですからリトナリアさんのせいだとは思っていません。ほとんど自分の魔法の未熟ゆえの怪我でしたしね。ですがせっかく来ていただいたのですからお話し相手になってくれませんか? 冒険者の方と話すのはなかなか機会がないので」
しっかりした話し方をするガキだな。貴族のガキはひねくれてる奴が多いと・・・・
ああっ思い出した・・・!コイツ南のボスコーン家の当主が話していたあのガキか・・・!
北に来る前、国境付近の依頼をやっていて会いたいというから招きに応じた。おれの武勇伝を聞かせると気をよくして色々と話してきたが、その内の一つに、娘の嫁ぎ先に養子がやってきたというのがあった。そのひねくれたガキは元平民で、まだ幼いのに家督を狙って小賢しい真似をするいう。そんなガキがいるのかと憤ったが、そのガキがこのロイドらしい。近くそいつを「どうにかする」と言っていたがたぶん暗殺ってことだ。その時は、性根の腐ったガキが身のほどを知らずに好き勝手やっているならおれにはどうしようもないと思ったが・・・
聞いた話とだいぶ印象が違うな。平民出だとは言われてもそう思えない。
それに、おれはともかくリトナリアを前にして堂々としたものだ。こいつは〈レッド・ハンズ〉の異名がある
だがロイドの態度は自然だ。それに礼節ってやつが身についてるように見える。演技や付け焼刃の人まねとは思えない。どうにもこの子供のことが気になる。これも“運命のめぐり合わせ”だろうか? なんとなくコイツの動揺したところを見たい。正体を知りたい。コイツの腹の内がもっと知りたい。ならどうするか・・・
「なぁお前、義母の実家に命狙われてるぞ」
「!」
驚いたのはリトナリアだ。
「貴様一体何を言っているんだ! 不敬だぞ!」
[ドゴッ!]
ぶん殴られた。魔導士のくせにいいパンチだ。メイドちゃんが慌てふためいてるじゃないか。執事のおっさんがロイドの前に出た。警戒すんなよ。
さてどう反応する? ロイド・・・
「ああ、リトナリアさん、大丈夫です。知ってます」
「!」
驚かされた。このおれが、まさかこんな子供に。依然としてこの子供の心の内は計り知れない。
「ボスコーン家は落ち目ですからね。今この家の家督が僕の方に傾きかけて焦っているでしょう。それも上の兄二人はどうしようない下種ですから」
コイツ本当に子供か?
なんか憑りついてんじゃね?
「このまま時間が経てばそうなる可能性は日に日に増していきます。彼らが地位を確固としたものにするにはギブソニアン家の当主の地位が必要ですから、僕を始末するのが確実です。その為に屋敷には間者が潜り込んで、いつも僕のことを見張っていますしね」
「えぇそうだったんですかロイド様?」
メイドちゃんも知らなかったのか・・・
「とぼけるな、間者はお前だろ!」
何・・・だと・・・
この純朴そうなメイドちゃんが!?
ここで暴露していいのか?
皆の視線が集まってようやく理解した様子のメイドちゃんの顔に焦燥感がにじみ震え始めた。
「うえぇぇぇぇ!!!!? ちちちちちちがいますよ! ロイド様!」
「うん、だろうね。ヴィオラのことは信じているよ」
コイツ・・・!
メイドちゃんが不安そうな顔から一転、うれしそうな顔になるが、君を追い込んだのもそいつだぞ?
いいのか?
「庭師のピップだよ。庭仕事と花の入れ替えで屋敷中のどこでも行き来できるし、だれにも指示されないで行動できる」
「えぇ! ピップさんいい人なのに・・・私にお花くれますよ?」
「それは・・・ヴィオラがかわいいからだよ」
「え? えへ、えへへへ、そうですか?」
確かにメイドちゃんはかわいいが、情報を得るためだろう。おれでも情報を得ようと思ったらこの子に聞くだろう。こんな無防備な娘は珍しい。
「ではそのピップという男を捕まえるか? 白状させれば下手に手出しできなくなる」
「いえ、ちょっと計画がありましてそれに彼が必要なんです」
「そんなこと話していいのか? おれたちは部外者だぜ。おれに至っては初対面だしな」
「いえ、ぜひ計画を聞いていただいてご意見を賜りたく思いまして。それにタンクさんが敵ならわざわざ警告なんてしないでしょう。それに・・・」
「それに?」
ロイドがじっとおれの眼を見た。まるで心の内をのぞき込むような眼だ。
「これでも下種とそうでない人を見分けるのは得意なんです」
「・・・おれを値踏みするとは良い度胸だ。そうか、なら話してみろ。内容次第では手伝ってやってもいい」
「私も協力しよう。見舞いに来たのに茶までごちそうになって何もしないわけにはいかない」
「ありがとうございます。その計画というのは・・・」
驚いたことにその計画というのは、すでに動き始めていた。
まず、ボスコーン家についての情報を屋敷に来てすぐ集めたロイドは、自分がいずれ命を狙われると確信した。立件されていないがボスコーン家にとって都合の悪い者がよく事故死したり行方不明になっていたからだ。そこでロイドは暗殺するならだれが実行するのかを考えた。ボスコーン家は武名ではなく政治で成り上がった家。金と権力で人を動かしてきた。しかし落ち目の今、動かせる人材は限られる。汚い仕事で重要な仕事。それを任せられるのは家族以外で付き合いの長い家来のはず。そして、その家来を三人に絞った。
暗殺の計画を立てるならこちらの情報は常に手に入れようとするはず。そう思っていた矢先、庭師のピップが屋敷に来た。三人のうちの一人だ。ピップが間者なら暗殺の実行は別の者にやらせるはず。残りは二人。
うち一人は北には同行したことが無いという。タイル・セイロン・ボスコーンに付き従って来るのはもう一人の、デイルという従者。暗殺を依頼するなら、こちらの領内でならず者や傭兵を探すはず。事故や行方不明を装うのは殺すより難しい。隠れて密かに行動し見つからずにことを済ませて逃げるなら、土地勘が必要になる。ロイドはベルグリッド領に来たことがあるデイルに的を絞った。
まず面識があるヴィオラの名を使って手紙を出し、情報を得ようとした。しかしさすがに暗殺命令の内容を手紙に書くはずがない。そこで日記帳を送り付けた。そこに記録を付ければタイルと暗殺の指示を結びつける証拠になる。上手く日記を書くように誘導に成功したので、ロイドはすでに次の計画を実行に移そうとしているのだという。
〈秋の狩猟祭〉への参加をピップの前でにおわせる。森での狩猟、なれない馬での移動、公然と武装が許される状況でなら、タイルは動くかもしれない。それに狩猟祭が終わればすぐロイドは王立魔導学院に入学してしまう。王都の学院の警備の中での暗殺はほぼ不可能だろう。この機をタイルは逃さないはず。
暗殺の指示を受けたデイルはベルグリッド領のどこかで暗殺者を立てるだろう。このデイルの行動を証明できれば、暗殺者を捕まえて、デイルとの関係を立証し追いこむことができる。追い込まれたデイルは命を保証する代わりに日記の記録を差し出すだろう。
「問題はデイルが来るとして、いつどの街に来るかはわからないこと。デイルが依頼を出した、それを立証できるようにしないと暗殺者を捕まえても黙秘されたらタイルを潰せない」
計画は身を護るものではなく、ボスコーン家を潰すためのものだった。記録をつけさせるというのはいい手だし、暗殺の機会を誘導するのも賢い。だが・・・
「だめですよ坊ちゃん! 自分をおとりにするんですか! 絶対やめて下さい!!」
そうだ、この計画は暗殺を阻止できればの前提で進んでいる。
「森で暗殺に長けた奴に狙われたら助かる保証はどこにもないぜ。バカらしいとしか言えん。やめとけ」
「大丈夫だ。私が護ろう」
「なに!」
「リトナリアさん、頼めますか」
一通り話し終えたロイドが紅茶を優雅に口に運んでいる。まるでこうなることを予想してたかのように。確かに森に暮らすエルフがいれば上手くいくかも・・・だが・・・
「お前は前衛タイプだ。遠距離から狙われたらお前も対応できないかもしれんぞ」
こいつの戦闘は〈対魔級魔法〉『風の刃』で敵をバラバラにするのが基本戦法で、両手に魔法を纏って接近する近接戦闘タイプだ。だから〈レッド・ハンズ〉と呼ばれている。まぁ実際は返り血なんて浴びないからいつも両手は綺麗なままなのだが。・・・皮肉ってやつか。
「大丈夫だ。最近面倒を見た若い奴にマスという弓の名手がいる。エルフの私より上手いし、私が頼めば借りを返すはずだ」
「・・・」
あれ・・・上手くいきそうだな・・・いや物量戦になったら・・・いや暗殺でそれはないか・・・いやいや! 戦いに絶対はないし、こいつの言ってることは全部予想だ。そううまく事がコイツの思い描いた通りに運ぶとは限らない。
「心配ならお前も来い。そもそもお前が言い始めたのがきっかけで彼は計画を話した。傍観すまいな、コンチネンタル・ワン」
「クソ・・・こういうのに関わるのは冒険者らしくねぇぜ。護衛なら騎士がいるだろう、領主のヒースクリフってやつも相当な魔導士なんだろう? そいつがコイツを無理やり後継ぎにしようとしたのが始まりなんだ、そいつに責任を取らせろよ!」
「父上にはこの計画は話していません。これは僕が下種の謀に屈して言いなりにはならないという意思表示。それに父の力を使っては意味がありません」
なんだろう、今、コイツに心が動いた。かっこいいじゃねぇか!
「おそらく父上が僕を養子にしたのは元は義兄の為だったのでしょう。ただ環境を変えて考えを改めようとしたんです。父親が領主でも、いつまでも悠々自適には暮らしていける保証が無いのだと分からせるために。ですが彼らは改めなかった。ボスコーン家も同じでした。だから責任を取らせるんです。愚かであることは大罪ですから」
「・・・いいだろう、協力してやる。ギルドに手配書を回して、そのデイルってやつを闇ギルドのあるすべての街で、街中の冒険者に監視させる。そうすりゃ、言い逃れはできねぇ。監視して手は出さないようにおれの名で手配書をつくらせる。護衛は
「なるほど、いい案ですね。それにタンクさんとリトナリアさんが護衛なら安心です」
「だがこの貸しは高くつくぜ。将来絶対返してもらうからな」
「はい。よろしくお願いします」
こいつはただのガキじゃない。将来コイツはでかいことを成し遂げるだろう。それを横で見るというのも悪くない。一方でこいつは危険でもある。
昔、人族で魔王と呼ばれた最初の男は金と言葉で中央大陸全土を支配したという。そいつは信じられないことに二十歳にも満たないガキだったそうだ。コイツも目を離せばそうなるかもしれん。コイツが八番目の魔王にならないように傍で見張っておくとしよう。
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