第7話 演習



「冒険者ギルドに行こう」


 王都から戻るなりヒースクリフ―――父上はおれを冒険者ギルドに誘った。


「父上、とうとう冒険者に登録して腕試しですか?」


「ん? いやいや、そうじゃないさ。お前は魔導士の戦闘だと私以外ほとんど知らないだろう? 今、この街に有名な冒険者が来ていて、ギルドの依頼で演習をやっているらしいんだ。見学自由だというから席を採っておいたんだ」


「ウワッ! 行きます!!」


 確かにこれまで、魔導士の戦闘だと父上のスタンダードなスタイルしか見たことがなかった。


 父上は後衛魔導士。騎士をサポートしながら、大きい魔法を発動させる。詠唱は短く、判断力、統率力があり、安定した戦いができる。


「その有名な冒険者とは・・・」


「ちょっと!! あなた!! そんなガキにかまっている暇があるなら、自分の息子のために手紙でも書いたらどうなのッ!!! 今が大事な時期なのよッ!!!」


 唐突にヒステリックを起こす恥ずかしいおばさんにももう慣れてしまった。大事な時期というが辛うじて魔導学院の進級試験に合格し、縁切りを免れた二人の恥ずかしい義兄はもうすぐ次の進級試験なのだ。これに不合格になってくれたらと思う。ベスも必死で気が気でないらしい。


(なら、自分が王都に残ればいいのに・・・)


 結局この人は自分が苦労するのが許せないんだろう。息子が縁切りされれば自分が苦労する。だから必死なのだ。心底醜い人だと思う。

 

 そんなおれの蔑む眼が気に入れなかったのか、ベスの怒りの矛先がおれに向かった。


「下賤の生まれがぁ!! 何見てるの!! 不敬罪だわ!!」


「いいかげんにしないか!! お前こそ貴族だと自負があるのなら、そしてこのベルグリッド伯である私の妻であると少しでも自覚があるのなら、それにふさわしい気品と優雅さを持ったらどうだ!? 家に着くなり喚くなど、聞き分けの無い子供のようなことするんじゃない!!」


「・・・うぐぅぅうぅ・・・・」


 父上の一喝で、顔を真っ赤にし、呻きながら自室に向かう。父上が付いていこうとするメイドたちを制した。一人で頭を冷やさせるためというが、メイドたちに当たらせないための父上の配慮だろう。なんて出来た人なんだ。


 しかし、これでは父上の心労は計り知れない。王都でもおれを養子に入れたことで宮廷魔導士から陰口をささやかれるようになったらしい。元々、魔導士の才能だけで成り上がった、小さい地方領主の息子だった者が、王都でも一二を争う大領地の伯となったのだから面白くないと思う連中はたくさんいるだろう。加えて、息子と妻の蛮行、異常行動は有名らしく、王都の貴族間ではギブソニアンの名はあまりいい印象ではない。それでも父上が領民に認められ、信頼されているのは領地経営の才能はもちろん、その力を陛下がお認めになっているからでもある。陛下は実力を重んじる人らしく、自ら人材を発掘し重要な役職に就けることがよくあるという。しかし、それはそれで重責だ。陛下の顔に泥塗るようなことは出来ない。それで父上は王都とこの領を忙しく行ったり来たりしている。


(この人の心労の種にだけはならないようにしよう。おれが認められれば汚名もすすぐことができる。あと一年もすれば王立魔導学院の入学試験だ。そこでギブソニアンの名を魔導士の大家として広め、うるさい連中をみんな黙らせてやる!!)



 おれと父上は貴族とはわからない格好で冒険者ギルドの演習場に来ていた。気を遣わせるのは忍びないとのことだ。今回ついて来たヴィオラ、護衛のローレル、スパロウも私服だ。逆になんの集団なのか目立っている気がしないでもない。


「ギルド長、我がままを聞いてもらってありがとう」


「いえいえ、領主さまの頼みであれば無下には出来ますまい」


 ちなみにギルドは国に所属するものではないため、政治権力とは無関係だ。このギルド長はパラノーツ生まれだろうが、ギルド職員の中は国際色豊かだ。獣人や魔族の血が入っている者までいるが、ここに所属している時点で特例とされ、その人権は強力に守られる。そうで無ければ暗黒大陸や、獣人が多く住む緑龍列島での冒険者の活動が困難になる。ギルドは常に中立、依頼があれば仲介する。実力は公平に精査し、その基準を揺るがすことは許されない。


「そちらがお噂のロイドくんですか?」


「はい、初めまして、この度は貴重な場を設けていただきありがとうございます。精一杯学ばせていただきます」

「おお、これは、しっかりした坊ちゃんですな。どうぞ、こちらの見やすい席へ」


 演習場には多くの見物人が来ており、そのほとんどが冒険者と見受けられた。


「姉さん、行っけぇーーー!!」


 やけに気合の入った応援が聞こえた。その視線の先には一人の女性が倒れた冒険者を見下ろしている。そこへ別の冒険者が囲んで襲いかかった。


「うわ・・・」


 屈強な男たちが女性に群がる様子は犯罪に近い画だったので、その空気の異様さに引いた。


(これが冒険者の演習・・・想像よりも荒々しいな・・・しかし、あんな対多数戦を受ける辺り、あの女性もそれなりの冒険者なんだろうな・・・)


 女性は長い髪をなびかせながら、スルスルと器用に男たちの包囲網をすり抜け、省略詠唱で素早く魔法を発動させた。対人級魔法『突風』により、次々と男たちは吹っ飛ばされていく。


(あれ・・・ひょっとしてこれ・・訓練を受けてるのはあの男たちの方か!)


『突風』を掻い潜り一人の素早い男が短剣を構えて接近した。他の者と明らかに違う動き。女性の風魔法は避けられ、ついに近接戦の間合いに踏み込まれた。

 ところが、女性は淡々と短剣を交わしながら、男を殴った。カウンターで入った拳は男のみぞおちをえぐり吹っ飛ばした。


「ええええ!!」


 明らかに女性の腕力ではない。


「風の魔法を纏って『風圧』で拳の威力を上げたんだよ」


「なるほど・・・・いや、そんな精密な操作ができるのなら距離を取った方が安全に倒せるのでは?」


 風魔法を近接戦闘に応用するなんて発想は無かった。魔法がそもそも遠距離武器だ。機関銃があるなら殴るより撃つ方が確実だろう。殴って仕留める方がかえって難しいのではないか?


「若様ぁ、私たち前衛職から言わせてもらえば、遠距離の魔法は確かに怖いですけど、それを掻い潜った後、接近戦で魔法を撃たれるのはもっと怖いんですよー」


「そりゃ、まぁそうでしょうけど・・・」


「うむ、若様は魔法を距離を取って放つことに固執して居られる。そのほうが安全で確かにやり辛くもあるが、予想できる戦法でもある。近距離で何かをしてくる相手は精神的に攻め辛い」


「あの魔導士はまさに、攻めにくい、守りにくいを体現しているのだよ。私にはできないが、ロイド、お前には参考になる戦い方だと思ってね」


(ということは、あの人が、有名な魔導士・・・)


「彼女はリトナリアと申しまして、〈レッド・ハンズ〉の異名を持つゴールド級冒険者です。ご覧いただければわかる通り、エルフ族です」


「うわぁ〜すっごい美人ですね、ロイド様!」


 ヴィオラは戦いよりもエルフを見られて感動しているようだった。確かに人族には無い長い耳をしている。長くスラッとした手足、胸当て以外は濃い灰色か黒で覆っていて、そこから覗く肩とももが白く艶めいている。引き込まれそうな美貌、それをひけらかさない気品、かえって増す妖艶さは確かに人族とは違った。


 その戦い方は美麗にして華麗、そして大胆なものだった。


 基本的に接近して、魔法を纏った拳や蹴りで相手を吹っ飛ばす。しかし、距離を取ると普通に遠距離攻撃も放ってくる。剣も風の魔法で弾いておりその精度も一級品と見受けられた。


 冒険者たちが果敢に挑んでいったのも最初だけで、挑む者は減っていった。


「お、お前まだだろ、行ってこい!」


「無理言うなよ! 一人じゃ何もできねぇじゃん、お前行けよ!」


「いや、たぶんここで見てた方が勉強になるんじゃないかと・・・」


「「「確かに・・・」」」


 リトナリアへの畏怖が場に萎縮した空気を生み出していた。


「これまでかな。あの短刀を持っていた冒険者がたぶんシルバー級で、この場では相当な上位冒険者だったのだろう。他は申し訳ないがめぼしい者は・・・ん、誰か挑戦者が現れたようだな」


「ん?・・・まさか!!」


「私、気づいてましたけど黙ってました、ビシッ!」


「ローレル、貴様!!」


 慌てる大人たちを尻目にすでおれは演習場へ降りていた。

 エルフはすぐおれに気が付いて、駆け寄って来た。先ほどと変わってにっこりと微笑んでいる。

作り笑いだが。


「どうしたの? ここは遊ぶところではないんだよ?」


「いえ、見ているだけでは物足りなくて、飛び入りってありですか?」


「ロイド・・・」


「若様大胆ねー」


「いや、だめでしょう! 止めましょう!!」


「そうですよ。ご子息がお怪我をされでもしたら・・・」


 おれはエルフと対面し、その風格に圧倒されそうになった。


(これがゴールド級か・・・この人と戦えば今のおれに足りないものが見えてくるかもしれない。)


「・・・」



「ロイド様は大丈夫です!! ちょっと怪我したくらいじゃへこたれませんし、頭はいいし、きっと深い考えがあるんですよ!」


「しかしですね・・・」


「・・・ロイドは全力を出せる相手が必要だ。まぁ、見届けてやろう。戻ってきたら怒るけど」


「おい、なんだあのガキ、まさか挑むってのか?」


 観客が騒ぎ出した。彼らが見に来たのは冒険者同士の戦いだ。おれのような子供がお呼びで無いのは当然だろう。すいませんね。


「おい、職員はつまみ出せよ!」



「ボウズ!! そのネーちゃんは見た目よりおっかないぞ! 気ぃ付けな!」


 ヤジが飛ぶ中、リトナリアがおれを値踏みするように見つめる。


「真っ直ぐ見返すか、私の眼を。君は誰かな?」


「失礼しました。私はロイドと申しまして・・・いや、おれは魔導士の卵でさっきの戦いを見て挑戦したくなった。それだけだ。現状の自分の力と足りないものが何かを突き止めたい。魔力の消費したあなたを相手にそれが叶うかはわからないが、この機会を逃すといつになるのかわからないんで、だめもとで声を掛けさせていただいた」


「・・・そうか、正直な子供は大好きだ」


 リトナリアが笑顔で構えた。おれはそれを了承と受け取って、戦闘態勢に入った。


「え?・・・やるのか?」


「まじか・・・」


「あれまだほんの五、六歳ぐらいだろ? 絶対冒険者じゃねえぞ・・・」


「おい、職員何してんだ!! 早くやめさせろ!!」



[ボゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォォォッ!!!!!]


 そこに、目の覚めるような、という表現がふさわしい、会場全体に響き渡る大きな音が周囲の雑音をかき消した。


『暴風』を発動させたリトナリアに対し、おれが『暴風』で相殺させたのだ。それを合図としておれとリトナリアの演習試合が始まった。


「あれを、相殺するとは・・・口だけではないようだ!」


「いえ、今のはヒヤッとしましたよ」


 そう言いつつ、おれは基礎級魔法による牽制を複数準備した。


「む、無詠唱で同時発動をこれだけ・・・!!」


 まずは一番発動時間が掛かる土魔法。これを地面に複数発動待機の状態で用意し、頭上に『氷柱墜とし』を創る。

 この間、リトナリアはこちらの出方を見て、攻勢に出てこなかった。出てきていれば『風圧』で押し返していたのだが・・・


「―――ッ! 氷だと!クッ・・・」


[ドッドッドッ!]


 高速回転しながら落ちてきた氷柱を避けた先には『破岩』を仕込んでいる。


「む、今度は土魔法か!」


 彼女は足元をすくう穴にも冷静に対処し、素早くその場を駆け抜ける。


(あれは・・『送風』で加速しているのか・・いや。まさか・・・)


 飛んで地面の罠を全て躱したリトナリアはそのまま宙に浮いて滑空している。


(『風の舞踏』か・・・ならばこれでどうだ!)


 おれは『石礫』で生まれた弾丸を『風圧』で撃ちだした。『連弩弓』と呼んでいるオリジナルの複合魔法だ。しかしこれもリトナリアは躱しこちらに迫る。『突風』を駆使した急旋回で的が絞れなかったのだ。おれは近接戦闘の距離にまで彼女の接近を許してしまった。

 だがそれは想定内だ。彼女が接近するのは先ほどの試合を見ればわかること。


[ドシュ!!]


「――また、罠か!!」


 おれの周囲をグルっと囲むように『岩の槌』が発動した。巨大な杭のような突起物は牽制と同時に隠れるための遮蔽物にもなる。


 クルリと身をひるがえし、着地したリトナリアは遠距離から『突風』を繰り出した。これは『岩の槌』に阻まれておれには届かない。その間におれはさらに魔法発動の準備に取り掛かる。


(遠距離で戦った方が分がある。罠を創り、スキを生ませれば勝てそうだ)


 おれは残りの魔力を加味して、風と相性のいい土魔法で押し切ることにした。あの速さを罠で封じられれば、あとは土の圧力で倒せる。


「なるほど、その歳で大したものだ。だが、受け身になりすぎだ。敵がどんな力を隠しているのか、知らずに安心するな!」


 急に悪寒がしておれはその場に伏せた。するとおれを囲んでいた『岩の槌』による盾が斬られて半分になっていた。頭スレスレだった。


「安心しなさい。これを当てはしない」


(『風切』でこれほどの威力が出せるものなのか? マズい、これじゃ岩の盾ぐらいじゃ防御しきれない!)


 計画が崩れ、慌てるおれにリトナリアは容赦なく距離を詰める。しかもさっきよりも格段に速い。『風圧』による加速。自身に強力な風を当てるという難しい魔力操作を戦闘中に動きながらできるというのは、まさに蒼天の霹靂だった。


「クソッ!!」


 とっさに放ったのは『連弩弓』


 しかし、リトナリアは避けずに突っ込んできた。両腕でガードの構えをして高速で飛来する岩の弾丸を受けた。弾丸は弾き飛び、粉砕して土煙を生んだだけ。彼女の両腕は全ての弾を防いだのだ。


「ばかな!!『風の鎧』なんかで防げるはずが・・・!」

「今のはヒヤッとした! だが終わりだ!」


 苦し紛れにおれは足元に仕込んでいた土魔法『土壁』を発動させた。しかし、やはり、その壁は一瞬でバラバラに粉砕された。かろうじて分かったのは彼女の腕が纏っているのはただの風ではなく、『風切』であるということ。


 切断力を持った風をどうやって腕に維持しているのか、そもそも、腕はなぜ切れないのか、そんなことを考えながら迫るリトナリアにおれができたのは『風圧』で押し返すことのみ。それも風魔法に長けた彼女に今更効かないことは分かっていたが、おれは全力を出すことに夢中だった。


 リトナリアもまた最小の詠唱だけで『風圧』を発動させた。魔力の残量はおれの方があると思っていたが、それもおれの皮算用だったようで、激突した『風圧』の跳ね返りにリトナリアが『風の盾』まで発動させていたのに対し、おれはその圧に踏ん張りが効かず思いっきり後方にたたきつけられた。


「がはっ・・・」


「しまった!!」


 おれは気を失った。その直前、慌てた様子のリトナリアが駆け寄ってくるのが見えた。

 

 全力を出したが、手も足も出なかった。ショックだったのは当然だが、何か自分の凝り固まっていた部分が柔軟になった気がした。戦いに参入したことに意味はあったと言えよう。


 しかし気絶したおれが目覚めると父上には怒られ、ヴィオラには泣かれ、ローレルにはからかわれ、スパロウには気を使われた。




 後で聞いた話ではこの時、おれが誰かは冒険者ギルド内では秘密にされた。ただ、戦ったリトナリアにだけおれが誰なのかを伝えたそうだ。

 のちにこの時のことは明るみになるが冒険者内ではうそのような笑い話として広まり、おれのことも一目置かれるようになった。


 一部なれなれしい奴も出て来た。自称リトナリアの弟分。弓使いのマス。


「いやぁロイド君有名だよー! 『無謀にも〈レッドハンズ〉に喧嘩を売った領主の息子は、勇敢にも最後まで戦った』ってね。まぁおれが広めたんだけど!!」


 なぜ明るみになったのかと言えば、それまで大して口外されていなかったおれという存在がある事件をきっかけに一気に広まるからなのだが、まさかこの事件にリトナリアさんとマスも関わるとはこの時はまだ思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る