第6話 神童



◆ギブソニアン家 メイド ヴィオラ


 ロイド様がこの屋敷に来た日、私は当主様からロイド様の面倒を見るように仰せつかりました。奥様とご子息にいきなり罵声を浴び、さぞ不安でいっぱいのことと思い、まずロイド様のお部屋にご案内しました。

 

 正直、このお屋敷でのお仕事は辛い。

 奥様はヒステリックで人の話を全く聞かないし、ご子息は超問題児。

 長男のブランドン様は腹を立てるとすぐ手が出る。12歳だけど体格は、私ともうたいして変わらないので本気で殴られると命に係わる。

 次男のフューレ様はいつもにたついてて感情が読みにくい。油断しているとスープに虫を入れたり、虫を服に入れたり信じられないような嫌がらせをしてくる。

 今はその二人が学院から戻ってきているので、屋敷内はいつもより殺気立っている。

 

 そんな中、彼の傍に仕えることなってしまったのだから、怖いのは私だ。でもこの子はもっとだろう。きっと想像もしていなかった生活になる。もしかしたら平民で居た方が楽だったかもしれない生活を強いられるのだ。そう思うと、せめて私がこの子の味方になって支えてあげなければと決心が着く。


 それにしてもどうして当主様はこんなことをするのかしら? この子がこの家に居てどんな目に逢うか、私ですらわかる。当主様は温厚で誠実な方だから、この子を酷い目に逢わせるようなことはしないはずだけど・・・


「初めまして、ご挨拶が遅れましたが私はロイドと申します。五歳です。このギブソニアン家の養子に迎えられたので、ロイド・ギブソニアンでしょうか? こういった生活に不慣れな無作法者でご迷惑をお掛けすると思いますがこれからよろしくお願いします」


「・・・・へ?」


 

 部屋に入れると開口一番、丁寧なあいさつをされ固まってしまった。メイドにこんなにかしこまる貴族様なんて居ない。どう返していいのかわからなくなってしまった。


「私、あの、ヴィオラと申します。十五・・・いえ十七歳です!・・・ロイド様、こちらこそお世話をさせていただくのでよろしくお願いします!」


「え?・・・あはは、そんな畏まらなくていいですよ、年下の平民同然に扱ってください」


 おかしい・・・この余裕はどこから来るのだろう? それに口調が大人のようだ。貴族っぽくないけどまるでヒースクリフ様みたいだ。ああそうか、当主様の真似をしているのかな?


「ロ、ロイド様はいずれこのお屋敷の御当主になられるかもしれません。そのような高貴なお方にお仕えする以上、他の高貴な方々と同様に接しさせていただきます」


「ぼくは三男で養子で元平民だよ。その物言いは聞かれたらマズいのでは?」


「ああッ!」


 そうだ、つい口から出てしまったけど、この子が当主になるかもなんて、奥様が聞いたらきっと私の首に噛みついて殺されるかもしれない。

 

 でもでも、長く苦しんだ末にあの二人のどちらかに仕えることになるなんて考えられない! それに比べてこの子には何か風格のようなものがある。十年すればきっと立派な貴族様だ。そう考えれば少しは私の立場もマシになるかもしれない。


「わ、私はロイド様にこの家の当主様になっていただきたいです。ヒースクリフ様の領地経営の手腕は素晴らしく、領民の生活を第一に考えてくださっています。しかし、あの二人のどちらが継いでもこの家は没落するでしょう。皆そう言ってます。だからヒースクリフ様はロイド様をこの家にお迎えになったのだと思います」


 言ってしまった・・・五歳の子供に・・・・ばれたらきっと、家督簒奪を企てたと処罰される。


「おお・・・正直だね。まぁおれもあの二人と母親はどうにかしないとと思った。あの三人は病んでいる。ああいう輩は普通、痛い目を見て恐怖心からおとなしくなるか、そのまま殺されるかだけど『ギブソニアン』の名前があって誰も手が出せなかったんだろう」


 なにこの子、コワッ!


「ああ、そうか! だからヒースクリフ様はおれに『ギブソニアン』の家名を与えて始末をさせたかったのか!」


 ええ!!

 コワワッ!!


「いやいや違いますよ! ロイド様が始末したら当主になれないじゃないですか!」


「ハハ、冗談だよ。でもこの後の展開は読めてる。おれは陰湿な攻撃を受ける。やり返したら、処罰される。その繰り返しだろう」


 この子・・・わかってるんだ・・・なのにどうして・・・


「私がお支えします! ですからどうか希望を捨てないでください!」


「それならヴィオラ・・・あの二人の得意なことは何だろ?」


「へ・・・? えっと・・・・・・・・・ブランドン様は暴力です。フューレ様は嫌がらせですかね」


 ロイド様が戸惑っておられる。なんだろ? 変なこと言った?


「いやそうじゃなくて、得意な分野は?」


「ああ! え〜っとブランドン様は剣術、フューレ様は魔法です」


 とは言っても、同世代と同等なのがそれぐらいしか・・・


「そう・・・なら計画を立てられそうだ。半年我慢すれば後の半年は快適に暮らせるだろう。一年ほどでおれは王立魔導学院に行き、あの二人と顔を合わせることになるが、計画がうまくいけばおれに敵対はできなくなるだろう」


「えっ? そんな簡単に? どうやるんですか?」


「単純だよ。『力』だ」


 彼の確信に満ちた顔は五歳とは思えないほど凛々しく、立派だった。



◆駐屯騎士団 第一陣部隊・隊長 スパロウ・スペイド・スピリタス 


 ギブソニアン家の剣術指南としてこのロイドという少年に稽古をつけて三日目。もう数えきれないほどおれは驚かされている。

 以前もおれはこの家の剣術指南をしていた。しかしギブソニアンの二人の息子が全くおれの言うことを聞かないので一度指南役を辞退した。今回はヒースクリフ様が頼まれるので仕方なくこの仕事を受けた。仕方なくだ。

 だが、正直、この子の相手をしている方が騎士団の訓練よりよい訓練になっている。

 

 このロイドという平民出の子供は魔法の天才だ。そして彼の魔法は全て実戦を想定している。初めは剣術のみの稽古をしていたが、彼には剣術の才能はあまりないようで、初日でそれを自覚していた。剣に対する恐怖心で身体が強張る。子供なら仕方ないが剣術を修めるためにはこれを克服しなければならない。しかし二日目には克服してきた。というより剣が当たりそうになると魔法を使う。なので、どうやっても彼に剣が当たらないのだ。

 さすがに魔法で攻撃はしてこないが、魔法による防御を頼りにどんどん前進してくるので手数が多い。接近戦で魔導士と戦う経験などめったに無いことだ。おれは彼との訓練に夢中になっていた。なりすぎてしまった。

 それで同時期、馬術の指南で雇われた腐れ縁のローレルに注意されてしまった。

 

「それじゃあ、若様の剣術の鍛錬にならないでしょう? 防御も剣でできるようにならないとダメなんだから! きみの訓練じゃないよ!」

 

 ローレルに注意されるとは不覚!

 この女は普段はフラフラしているのに、時々まともなことを言う。確かに剣の試合で魔法は使わない。四日目からは魔法を禁止しての訓練となった。

 

 素振りや型の練習をメインにやっていく。地味で辛い反復練習なのだが、彼は一切泣き言を言わず、淡々とこなす。普通五歳くらいの子供は続けられず途中で飽きたり遊びたがったりするものだが、彼は違った。ローレルに話すと馬術でも同じらしい。


◆駐屯騎士団 第二陣部隊 隊長 ローレル・ダイヤ・ブルボン



 この子は常に考えてる。というか警戒心が尋常じゃない。私が忍び寄ると魔法を放つ態勢に入っている。いやちょっと後ろから抱き着こうかと・・・。

 

 この子、スパロウより隙が無いよ?


 こうゆうタイプは馬と相性悪いから苦戦しそうだなぁ・・・とか思っていたら、すぐ乗れるようになった。馬が相手だと全く警戒が無い。なんで?


「だって、馬は可愛いじゃないですか。賢いし、信用できる」


「ええ~先生は?先生も可愛いでしょう?先生のことも信頼して~!」


「先生も・・・賢いですよね、本当は」


 聡い子供に賢いと言われてしまった。本当に五歳かい? 応答がスパロウより大人だ。


「アタシそんなこと言われたの生まれて初めてかもね~。若様からはそう見えるの?」


「ええ、教え方がうまいです。理論的で」


 いえいえ、あなたの理解力がすごいんですよ。あと馬を信頼して身を預けることができてるからかな。馬は感情に敏感だし、若様を馬の方も警戒してない。これを教える方が難しいんだよね。前に上の二人に教えた時は全然ダメで、二人とも馬に嫌われてたなぁ。アタシのせいにされたからちょっと本気で怒っちゃって、それからまともに教えてないから今も乗れないのでは? これは、もしかしてすでに馬術は二人よりできてるのでは?


「あと先生も可愛いですよ」


 スパロウより大人だぁ。でも若様、できればもう少し感情を込めて下さい。そんなついでみたいに・・・

 でもなんだかこの子のこと気に入ったかも。

 

 魔導士ってエリート志向でプライド高い人多いけど、ヒースクリフ様の影響かな? 若様にはアタシたち前衛職に対して優越感があまりないみたい。このままで大きくなっておくれ。この歳で魔導士なのに魔法もひけらかさないなんて、達観してる~!

 というか魔法を見せようとしない。ちょっと私、警戒されてる?

 「見せて~」って頼んだら上を指さすから見ると、基礎級で『水流』?をずっと使い続けてた!

 もう馬術の授業は一か月くらいやってるけどその間ずっと、というか外にいるときはいつもやってるらしい。でもなんであれ落ちてこないんだろう?『水流』って水を操る魔法だけど、水が宙に浮くなんて普通あり得ないよね。


「『成水』で水を作り出してプロペラ状に成型。中心以外を『水流』で回転させてホバリングさせてるんです」


 と、若様が説明してくれた。なるほど、〈プロペラ?〉、〈ホバリング?〉。わかりませ~ん!

 アタシが聞くと若様は一つ一つ、魔法の工程を見せてくれた。蝶の羽に角度つけたようなものがプロペラね。これを回転させることで風をつかんで宙に浮く・・・なるほど。


 風属性の魔法を使わず基礎級だけで風を利用するなんてすごい発想!


 でもこれってどう利用するんだろう?

 

 すると宙に浮いていたプロペラが急降下して地面に激突した。


[ドッ!]という音と土埃が舞う。

 

 落ちたところにはこぶし大の穴が深く空いていた。プロペラはというと氷柱状になっていた。若様によると、高速回転を逆向きにして急降下、回転率を上げたことと、急降下で水の温度が下がって、水と風の複合魔法『氷結』と同じ効果が得られるらしい。なるほど。

 

 う~ん・・・これは聞いてよかったのかしら? 水の基礎級だけで【対魔級魔法】に相当する複合魔法を生むなんて、秘術なのでは?


 魔法の等級は魔導士の実力の指標。


 基礎級―対人級ー対魔級ー対軍級ー対界級。


 この順でより高い等級の魔法を使える人ほど有能とされる。


 でも若様の説明だと〈基礎級〉しか使えない人が〈対魔級〉を扱えることになちゃうよね? しかも複合魔法なんて高等魔法なんだし・・・もしかして秘密にするとか考えがない?


「さぁ? 父上は特に何も。魔導士は父上を含めて二人しかあったことが無いんです。だから魔導士の常識とかぼくに聞かれてもよく知りません。これはまあ・・・気が付けば誰でもできるので使っている人もいるんじゃないですか? ローレルにも教えましょうか?」


「やった~! お願いします、先生!」


 こうして馬術の時間にアタシが魔法を教わることになった。何か忘れてる気がするけど多分大丈夫だよね!

 

「ローレル! 貴様おれに偉そうなこと言っておいて自分も若様に教わってるじゃないか!」

 

 スパロウに見つかってしまった。ちぃ・・・

 

 こうして二人仲良く、授業の合間に若様に魔法を教わることになった。こっそりね。

 

 すぐ団長にバレたけど。


◆駐屯騎士団 団長 エルゴン・スペイド・ピット


 ヒースクリフ殿が養子を迎えた子供、ロイド君と言ったか。あのローレルが珍しく褒めていた。奴は適当に社交辞令を使うことが多いが、今回はそうではないらしい。剣術の才能は無いらしいが直向きに修練を重ねているとスパロウの評価も高い。これは一度会っておく必要がありそうだ。

 

 上の二人はダメだ。この領地を継ぐことはさせられない。どうしてヒースクリフ殿の息子がああまで病的な性格に育ったのか、もはや本当に彼の血が入っているのか疑わしいほどだ。

 もしロイド君に才覚があるのなら、早めに挨拶に行き、縁を築いておかなければ。養子が優秀な成果を上げれば・・・奥方が黙っていないだろう。あの人は感情的に動くことが多いからな。私が後ろ盾の一人になれれば、少しは歯止めになるはず。さすがに騎士団長が気にかけている中、大胆な行動には出られまい。そうと決まればまずヒースクリフ殿に打診せねば。


 そんなことを思っていたら、ローレルとスパロウはロイド君から魔法の手ほどきを受けていると発覚した。ここのところ二人の戦いが変わったのでおかしいと思い観察していたところ、訓練中スパロウがおかしな魔法を使ったのがきっかけだ。


 スパロウが扱えるのは土の〈基礎級〉のみ。魔剣には火属性の魔石が埋め込まれており、その火の制御だけならできる。今までは魔剣に火を纏わせ攻撃、土魔法で目くらまし、防御をしていた。


 ところがスパロウが見せたのは、土魔法を魔剣の鍔に纏わせる、一見無駄にも思える魔法だった。しかし鍔に纏わせた土魔法、おそらくは『粒砂』が鍔の周りで激しく回転していた。すると魔剣の発する火力が増し、『炎の槍』となって放出されたのだ。本来これは火と風の〈対魔級〉複合魔法のはずだ。

 

 それに対しローレルも水魔法を風の魔剣に纏わせた。

 

 〈基礎級〉しか扱えないローレルの水魔法では『炎の槍』は止められないはず。だがローレルは剣の先に『成水』で生み出した水で模った蝶のような盾をつけた。炎に対し小さいそれは役に立ちそうもない。

 

 だが次の一瞬ローレルを見失った。後方へ高速でバックステップしたのだ。そしてそのまま剣を地面に向けると高く飛び上がった。


 風魔法の〈対魔級〉『風の舞踏』か?


 風の魔剣で風を起こせても空は飛べなかったはず。しかしローレルが剣を向けるとそこから風が巻き起こり自在に空を舞った。

 

 二人を問いただすと、ロイド君が編み出したプロペラなる羽の形にすることで、土魔法『粒砂』が風を生み、炎を大きく、水魔法『水流』は風の魔剣の生む風ををさらに大きくしたのだという。

 

「このプロペラなる術は秘匿されるべき革新的術だ。ヒースクリフ殿になんと言えば・・・」


◆ベルグリッド領 領主 宮廷魔導士 ヒースクリフ・ドラコ・ギブソニアン伯爵


 ロイドが我が屋敷に来て二カ月が経った。

 毎日、馬術や剣術の稽古をして、同時に歴史や家紋と力関係を学び、その間も魔法の訓練も怠らない。

 

 常時〈基礎級魔法〉を発動させる訓練は他の魔導士に教わったようだ。

 どんな者だったが訊ねるとロイドは彼女を絵に描いた。


 白髪に深緑の瞳。非常に整った顔立ちの若い女だ。


 まず驚いたのはその美しさだ。

 絵が美しかった。


 新しい息子は実に多才だ。


 彼女は魔力で惨事が起こると言って魔力を吸い取ったらしい。それが本当だとしたらロイドは〈魔物堕ち〉しかけてその女性に救われたことになる。


〈魔物堕ち〉は体内の魔力が集中して蓄積することで不安定な魔石ができて、それに合わせて肉体が魔物に変わる現象だ。対応策が魔力を吸い取ることなのかは知らないが、防いでくれたというなら彼女に感謝せねばなるまい。

 

 ロイドは彼女について私に心当たりを訊ねたが、おそらくこの国の者ではあるまい。

〈魔物堕ち〉を防ぐほどの知識と技術を持つものは私が知る限りこの国にはいない。おそらく帝国の筆頭魔導士か中央大陸の東南の共和国の魔導士だろう。どちらもこの国より魔導について先に進んでいる。

 それを伝えると、稽古の合間に中央大陸の言語まで学び始めた。末恐ろしくも頼もしい限りだ。

 

 私との魔法の訓練は週に一度のみ。

 お役目上、王都へ出向くことが多く、その時魔力が無ければ仕事にならない。宮廷魔導士として王都近郊の森で魔獣を狩ることもあるし、騎士団との連携のため演習に参加し、対魔導戦法のため騎士たちの相手役を務める。だからロイドには悪いが全力ではできない。

 しかし、その一度が来るたびに、彼は変わり、新たな戦法と魔法の応用を試してくる。今はまだ私の経験と術の練度が優っているので負けはしないが、全て無詠唱で私と同じくらいの大量の魔力、おまけに五歳とは思えない判断力と気転は脅威だ。いや、頼もしい限りだ。魔導学院を卒業するころには抜かれているかもしれない。

 そんなロイドの弱点は戦法が防御に偏っているところだ。こちらの攻撃に対し防御に魔力を使いすぎる。そして攻撃は少ない魔力で済まそうとする。こちらが翻弄すると魔力を消費して攻めに転じることができなくなる。これは魔法というより度胸の問題かもしれない。今度、冒険者をしている他の魔導士の訓練を見学させるか。ロイドは魔導士の実物を知らなすぎる。

 

 とはいえ、その成長ぶりは期待以上だ。決して良いとは言えない屋敷の精神衛生状況でも、出会ったころより笑顔が増え、話も流暢になった。稽古で他の者に接しているのも良いのかもしれない。

 馬術のローレルと剣術のスパロウの二人には、ブランドンとヒューレの稽古の時申し訳ないことをしてしまった。二人とも当時より出世して部隊長となったのに無理を言ってお願いした。二人にとってもロイドとの稽古は収穫があるだろうからとお願いしたのだが、どうやら本当に得るものがあったらしい。騎士団長のエルゴン殿が訪ねてきて話してくれた。


「プロペラですか? ああ、ロイドがいつもやっているあれですね」


「そうです。たったあれだけで魔法に風の力が上乗せされるなんて革命です。〈基礎級〉を習得しただけの者でもそれ以上の魔法が使えるのですから」


「それであの二人が複合魔法や〈対魔級〉を急に使えるようになったのですね」


「申し訳ない。指南役を仰せつかったというのに生徒から技を盗むとは思わず。二人にはプロペラは使わないように制約させます」


「いえ、かまいません」


「え? いやしかし、あれは魔導士の秘技なのでは?」


「ロイドが生み出したものはロイドのもの。どうしようと彼に任せます。それにあれは簡単に見えてそれなりにコツが必要ですよ」


『成水』で水を生み出し『水流』で、動かさない部分と回転させる部分を別々に制御しなければならない。 

 つまりあれだけのことに三工程必要だ。


「騎士の二人が修得したのならロイドが進んで教えたのでしょう。自分に教えをもたらしてくれた報酬としてね。我が子ながらあれは律儀な奴でして。それに親バカと思われるでしょうが、あれは多才でして。教えるのも上手いんです」


 普通天才は凡人と知識や感覚を共有するのが難しいものだ。


「ロイドはできない者のわからないことがよくわかるようで。最近では世話係のメイドに文字と魔法を教えていますよ」


 世話係になったメイドのヴィオラも最近より明るくなった気がする。いや他の者たちも、屋敷にいるものたちの雰囲気が変わった。ロイドの急激な成長と貴族に相応しい立ち振る舞いはベスやブランドン、フューレを刺激したが、実力が違いすぎた。


 ロイドはフューレを魔法で、ブランドンを剣で負かし、ベスと正面から言い合い言い負かすほどの弁を具えていたのだ。恐ろしいことに「力」によって三人を黙らせた。私がいない間、ロイドがいるおかげで屋敷に無用な緊張が生まれなくなったのだろう。ありがたいことだ。


「左様ですか。ならば私もロイド君の意志を尊重します。口出しはしません。しかし別のことでは口を出させてください」


「・・・妻と息子たちのことですね」


「そうです。失礼ながら、私は正直、今までなぜあなたが平民の子を養子に迎えたのか半信半疑でした。貴族の間では根も葉もない噂が囁かれ、あなたの立場も危うい。それでも大きな決断をしたのは何の為かと」


「・・・今は?」


「彼の成長がこの領地と王国に明るい未来をもたらしてくれることに疑いはありません。私はその妨げになるものから彼を護ると誓います」


「ならばそれは彼に会って直接言ってやってください」

 

 エルゴン殿の後ろ盾は大きい。騎士団長は出兵しているが領地を持つ騎士爵だ。この国では男爵、子爵より高い身分。

 正直なところ私も、妻とその実家の動きには警戒が必要だと考えている。

 

 ボスコーン家。南部の国境沿いにある名家で、家名を護るためなら何でもする利己的で横暴な家だ。今でこそ下級貴族に落ちているが、伝統を重んじるこの国では未だ発言力のある古い家柄で、私の婚儀も半ばボスコーン家維持のため国から強制されたものだった。それを今更恨みはしていないが、私の我慢にも限界がある。 

 ロイドを家に迎え育てることで私はボスコーン家に与しないとはっきり示した。そのようなことをすれば奴らはコネのある貴族に私の不評を広め地位を貶めると予想していた。だが、狙いは恐らく反れるだろう。 

 息子は優秀すぎる。魔導士としての才覚がありそれに溺れることなく全てに全力だ。いずれロイド・ギブソニアンの名は王国中に知れ渡るだろう。ボスコーン家はそれを早急に防ごうとロイドを標的にするはず。ボスコーン家の血が入っていないロイドが後継ぎになるのを奴らは容認しない。

 

 しかし、地位にしがみ付く古い力より、強く健全にはぐくまれる力に伴う地位の方が価値がある。それを賢明な王ならばご理解くださるはずだ。いずれ引き合わせなければならんな。

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