第8話 計画 後編


◇ ボスコーン家 従者 デイル


ボスコーン家の領地から、ここベルグリッド領までは馬車で六日もかかる。その道のりは決して楽なものではなかった。だが領主に命令されればおれに断る権利なんてない。


ここに来たのは子供を殺す依頼を出すためだ。

カサドの街には冒険者ギルドでは出せないような非合法な依頼を受けてくれる闇ギルドが存在する。

そこで「ロイド・ギブソニアン」の暗殺の依頼を出した。

まだ六歳らしいが仕方ない。最近、平民から召し上げられたらしく、調子に乗って〈秋の狩猟祭〉にも出るというのだ。森での狩猟で多くの武装した集団の中、習いたての馬術で参加するなんて、「殺してくれ」と言ってるようなものだ。魔獣の牙で突けば簡単に事故で済む。護衛に魔獣寄せの薬を付ければいくらでも隙をつける。


 依頼をすると案の定、闇ギルドの連中も土地勘のある地元の森での仕事を、あっさり承諾した。奴らにとってもおいしい仕事だろう。


 だがおれは悪人じゃない。子供を殺すなんて良心が痛む。通りを行き交う人の眼がまるでおれを責めているかのように見えた。皆がおれを見ている気がしてすぐにおれはカサドを出た。嫌なことは忘れよう。おれは宿に戻って、酒を飲みながらペンを取った。

 最近教わったやり方だ。日記をつけると嫌なことを忘れられる。嫌な指示をされたり、失敗したことを書くと覚える必要がなくなるからだそうで、実際効果があった。

 教えてくれたのは、ヴィオラというメイドで、以前領主とともにギブソニアン邸を訪れた時、おれが一目ぼれした女だ。赤毛でハキハキと元気が良く、笑顔を絶やさない娘だった。

 その彼女からある日突然手紙が届くようになった。なんでも主人から文字を教わったから、練習で手紙を書き始めたが、出す相手がいないのでおれに出したらしい。普通そんなことするだろうか? 一度会っただけのよく話してもいない男にどうして手紙を出す? 紙は高価で普通は木札で連絡をする。わざわざ手紙をおれに送る理由は一つ。


 ―――彼女もおれに惚れている。


 それをごまかすために練習と称して手紙を送るなんてなんと愛らしい人だろう。おれは夢中になって返事を書いた。その内容に領主タイルへの愚痴が入っていたからだろう、それで彼女から日記帳が送られてきた。


――――やはり、彼女はおれに惚れている。


 せっかくなので会いに行きたい。だが、彼女のいるギブソニアン邸にはカサドの街からさらに三,四日かかる。寄り道はできない。やることを終えたから明日にはボスコーン領に戻らなくては。



◇名もなき暗殺者


 ちくしょう!!どうしてこうなった!!


 楽な仕事だったはずだ!!おれはただ、〈秋の狩猟祭〉に出てくるガキを事故死に見せかければそれで大金が手に入ったんだ!! 護衛の騎士はまいたし、おれはこの森を知り尽くしている。確実に殺れるポイントで決行した。ガキは慣れない馬を御すのに必死で、こちらには気づいていない。完璧だった。おれに手抜かりは無かった。


 結果、おれは今、冒険者に取り囲まれている。それも並みの冒険者じゃない。三人が三人ともヤバイやつらだ。


 最近上り調子のマスという山の狩猟民。まだ、銅級ブロンズだが弓の達人だ。

〈レッド・ハンズ〉のリトナリア。金級ゴールドクラス冒険者でエルフだ。森で勝てるはずが無い。

〈コンチネンタル・ワン〉のタンク。極銀級ミスリルクラス冒険者、ローア大陸最強の冒険者・・・運が悪いとかじゃねぇぞ、これは!!


 どうして? おれに手抜かりはない。コイツに護衛の依頼がないかだってチェックしたんだ。くどいくらい慎重に確実にやれる仕事だけやってきたのに・・・


 そんなおれの顔を見て何がおかしいのか、ガキがこちらをみて笑みを浮かべている。六歳のガキの顔じゃねぇ・・・ちょっと待て・・・


「お前・・・馬・・ちゃんと乗れてるじゃねーかッァ・・・」


「どうも。不思議と馬には最初からうまく乗れたんだよね」


 はめられた。だがここで殺されることはないようだ。誰が依頼したか話す。それがおれの命と等価の情報料。

 おれは迷わず払った。


◆謀反人 タイル・セイロウ・ボスコーン

 

 計画は完璧だった。なのになぜわしが断頭台にかけられているのだ? いやそもそも計画が失敗したからと言って、わしと〈ロイド暗殺〉を繋げる証拠など出るはずがなかった!


 なんでデイルが日記なんてつけていたんだ!?


 汚れ役をここ何年も任せていた従者のデイル。

 紙は貴重だ。ただの従者の奴に買う余裕などなかったはずだ。だが奴が裏切っていた様子はなかった。忠実だったし、もっとひどい汚れ仕事も命じてきた。だからこそ今回も命じたのだ! それを奴は日記につけていやがった! おまけにカサドの街の冒険者たちが何人も、奴が闇ギルドがある通りに入るのを見ていやがった!


 チクショウ、どうしてこうなったぁぁぁ!!


 ――――――[ザシュ・・・]


 


 刑の執行がなされた周りには関係者のみ。その中には絶叫するベスの姿もあった。これでベスは後ろ盾がなくなり罪人の娘となったのだ。その様子を後方からそっと見つめる男は手に持った本を握りしめた。


(もし、おれが日記をつけていなければあそこにおれも加わっていたのか・・・助かった・・・日記を送ってくれたヴィオラに感謝しないと・・・)



◆パラノーツ王国 国王 ブロウド・ピアシッド・パラノーツ 


 秋の〈狩猟祭〉が終わった今頃は、娘の誕生日パーティーに向けて計画を立てているはずだった。だが、それどころではない。


 長くこの国に仕え、国境付近の防衛を担っていた家の一つ、ボスコーン家が一人の少年を殺めようとした。それも、余がいる〈狩猟祭〉の最中にだ。

 これまでもボスコーン家の権謀術数は余の耳にも入ってきてはいた。だが明らかな証拠もなく裁くことは出来ぬし、防衛の継続の為ならば多少の横暴にも目を瞑ろうと思っていた。

 

 しかし今回は情状酌量の余地が無い。ボスコーン家はおとりつぶし、当主は斬首だ。

 

 計画の目的は家名を維持するためという身勝手なものだ。その為に子供を暗殺するようではどの道、国の防衛など任せられない。伝統があろうと、役目が重かろうと、子供を恐れ、子供を殺そうとするなど貴族としてすでに終わっている。今回この陰謀が明るみに出たことで国家の膿を出すことができた。この功績は大きい。

 

「面を挙げよ」

 

 この目の前にいる、小さな子供がやったこととは信じられん。だが余を前にしてこの堂々たる居住まいと貴族と遜色ない立ち振る舞いは、平民の生まれとは思えぬほど様になっている。周りにいる諸侯と遜色のない風格がある。

 

「此度の謀略を未然に防ぎ、正当なる裁きへと導いた手腕、見事であった。そなたの働きによって国家の政の不備が改められ、その威光が保たれることとなった。国の長として謝意を表明する。余、パラノーツ王国、国王にしてローア大陸の北部を統べる者、古代パラミリアスの正統な血を受け継ぐもの、ブロウド・ピアシッド・パラノーツはヒースクリフ・ドラゴ・ギブソニアンが息子、ロイドに神々の恩寵たるピアシッド山脈が一つ、〈バリリス山〉より名を賜り、我が名においては『子爵』を授けることする!」

 

「陛下! 発言をお許しください!」

 

 やはり、そうすんなりとはいかん。諸侯としては面白くない話だ。六歳の平民出の子供に爵位を与えるなど前代未聞のことだからな。しかも男爵の上だ。当然異論はあるであろうな。

 

「良い。なんだ?」

「はい、確かにこの者は見事な働きをして国家に正義をもたらしました。しかし、爵位を与えるのは早急なご判断かと。せめてこのものが成人するまで待ってはどうでしょうか? 位もまずは男爵からが諸侯の反感も薄いかと・・・」

 

「だめだ。此度の陰謀はこの者の命を脅かしたが、今後同じことが起きんとも限らん。ならば、すでに人の上に立つ力と知恵を有していると余は考え、それにを与えることで今後の間違いを絶つ。これは国の平穏を維持するための措置である。また、この者は魔導士として才覚を顕しておる。その力は宮廷魔導士と遜色ないものと聞いている。このような麒麟児をいつまでも『ギブソニアン家養子』と呼ぶわけにはいくまい」

 

 ヒースクリフよ、よくやってくれたと言いたい。市井から生まれながらの魔導士を見つけ出したのだ。全くもって最良の判断。この子は必ず国に多大な恩恵をもたらしてくれるだろう。新たな技術、理論をこの国の魔導士に授ける革新者となるかもしれんのだから。

 

「しかし陛下、だとしてもピアシッド山の一つから称号を与えるのはいかがでしょうか? その名は代々王族と公爵家が神々より授かりし名です。これは伝統です。陛下はそれを破棄してまで、この者に王の後継者としての権利までお与えになるおつもりですか?」

 

 王国の北西にそびえる山脈はピアシッド山脈と呼ばれ、北からの冷たい風と雪から国土を護ってくれている。神殿の神々の信仰とは別の古の信仰だ。ゆえに国の大事を与る我々王族と王家の血を引く公爵家のみがその山脈より名を受け継ぐ。そして王がその山々を一つに束ね国としてまとめ上げる。。その為、王には〈ピアシッド〉の名が神より授けられる。つまりピアシッド山脈に連なる山の名を授けられることは王族に加えられることを意味する。

 

「この者のこれからの働きに期待しているということだ。すぐに王家に向かい入れようとは思って居らぬ」

 

 とはいえできれば娘と婚約させて王家に加える方が安心だ。この子が将来他国に出奔してしまうのは避けたい。いち魔導士としても異例の速さで成長していると聞く。〈対軍級魔法〉の使い手は王都にもそう多くはいない。それどころかロイドは〈対界級魔法〉も使えるのではと噂されている。真偽のほどは明らかではないが王立魔導学院に入学し、更なる研鑽に励めばそうなるのは確実。

 

 この先の王国の安寧の為にバリリス山と同じく強大で心強い守護者を得るか、それとも一抹の不安を残すか、今ここがそ分水嶺である。

余は得ることによって失うのが伝統だというなら、守護者を得る方を選ぶ。先人たちもそうするだろう。


 沈黙が場を制し、異議がなくなったのを確認したのか、ロイド・ギブソニアンが静寂を打ち破った。

 

「身に余る光栄にございます、陛下。賜わりし偉大な御名に適う臣となるべく、今後も研鑽に励みこの王道楽土の益々の繁栄と、人々の安寧のため、微力ながら全力を尽くします。神々とピアシッドの山々に、正義・誠実・忠誠を誓い、謹んで〈バリリス〉の御名を拝受致します」

 

 観衆がどよめいた。余も驚いた。胸が高鳴ったというのが正しいか。

 大抵の貴族の子息は爵位を授与する際、皆同じことを言う。


「謹んで御身にお仕えいたします」


 これだけだ。事前に授与を伝えていても皆これを言う。

 だが、急遽余の独断で決定した授与の義で、王の前にかしずき、忠誠の言葉をよどみなく話す子供と我が子とを皆が比べたことだろう。その豪胆ぶりと品格ある言葉は、誇りある貴族の体現りそうであった。

 

「六歳・・・これでまだ・・・!?」

「陰謀をつぶしたなど信じられなかったが本当に・・・」

「陰謀潰しの麒麟児、末恐ろしくも頼もしい」

「このような逸材がこの王国にも・・・」

「将来が楽しみだ。ローア大陸一の、いや〈清高十選〉に選ばれてもおかしくない!」

「「おおう!バリリス侯!陰謀潰しのバリリス侯!」」

 

 どよめきはすぐさま喝采に変わった。

 

「・・・うむ、そなたの今後に期待するぞバリリス侯。ところで・・・」


「はい」


「今の誓いの言葉はいつから用意していた?」

 

「「「フハハハハ!」」」


 観衆は余の意地の悪い質問に笑い出した。


「本心です、陛下。申し訳ございません、公儀の場で話すのは初めてでしたので、どこかおかしかったでしょうか?」

 

「「「アハハハハハハ!」」」

 

 よし、娘の誕生パーティーの計画を立てるか。

 

 バリリス候を呼ぶとしよう・・・


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