第4話 女神


 店についに魔導士が来た。フードを目深にかぶった白髪のおばあさんだ。おれは食いついた魚を逃がさない漁師のごとく冷静に、釣り上げるその瞬間に神経を研ぎ澄ました。

 なんとなく魔導士というのは気位が高い、気難しいイメージだったので、子供に話しかけられて気分を悪くすることもあるかもしれない。

 

 おれは前世で読んだ『人との距離感を縮める方法』というHow to 本の知識を思い出す。


 自宅には読んでいないそういう本が山積みだった。クズ上司のパワハラはそういう本での解決できる限度を越していたが・・・だが大事なことは大抵目次に書いてある。

 大丈夫、作戦はだいぶ前から練ってある。それを実行するのみ。

 

 おれはまず魔導士を観察した。コミュニケーションで大事なのは自分が話したいことではなく相手が話したいことをきっかけに会話を成立させることだ。会話が下手な人は自分が話したい話題しかない、相手の話を引き出す前情報が無い。


 しかし、母は声をかけない


(・・・・いらっしゃいませぐらい言ってよ! 帰っちゃうよ!!)


 焦るおれをしり目にちらちらと魔導士の方を伺う母。


(冷やかしと思っているのか? いや、やはり恐縮しているのか・・・何か商品をとって見たらその商品について接客に入るつもりだろうが、その獲物を狙うようなじっとりした視線は客からしたらプレッシャーなんだぞ・・・仕方ない―――――!)


「いらっしゃいませ! お客様! 何かお探しですか?」


 おれはシンプルに声をかけた。この人はさっきから商品をちゃんと見ていない。店内をウロウロしているだけだ。だがこういうパターンもシミュレーション済みだ。


・暇つぶし→声をかければ会話に付き合ってくれる可能性大

・冷やかし→声を先にかけなければ会話の主導権を握れない

・自分が欲しい物が具体的に何かわかっていない→早急に声をかければ相手は助かり会話

に発展する


 すなわち、声をかける以外選択肢はないのだ。

 魔導士はおれに声をかけられてビクッとなったが、こちらをみるとしゃがみこんでおれに視線の高さを合わせる。


(やはり暇つぶしか・・・よし、会話だ、かい―――)

 

「・・・えっ・・・」


 おれは魔導士の顔を見て固まった。フードの中の顔はおばあさんではなく、若い女性のものだった。白髪を見て連想してしまったのだ。白髪の魔女を。

 

 女性は鮮やかな森の緑を彷彿とさせる大きな深緑の瞳に、艶めき、光を放っているかのような白磁器の肌、老いによるものとは異なる艶やかな純白の髪をしていた。前世含めておれが見た中で間違いなく、最も美しい。

 

 息を飲んだ。こういうシミュレーションはしていなかったので、おれは固まって動けないでいた。


(こんな美人がこの世界にはいるのか・・・これがエルフ・・エルフなのか!!?)


 女性は固まっていたおれの頭をなでなでして微笑んだ。その慈愛に満ちた表情は・・・何とも形容しがたい、もはや神々しいとさえ感じた。


「女神・・・!」

「ん?」


(あっやべ・・・!!!)


 おれは声に出してしまっていた。すると女性は少し驚いたがこちらの眼をじっと見つめて話し始めた。人の警戒心を溶けさせるような声色だった。


「あなたに謝らなければなりません。しかしあなたにはこれが必要なのです。わかってくださいね」

「???」


 何の話か分からない。


(自分の話したいことだけ話してはダメなんだぞ)


「ふぁぁぁ・・・・?」


 間抜けな声が出たのもしようがない。突然、おれの魔力が女性の手に吸い寄せられていったのだ。しかし、抵抗する気になれなかった。3割ほど吸い取ると手は離された。


「魔力をため込むと危険ですよ。これ以上はあなたの身体が耐え切れません。寝ている間に誰かを傷つけるのは嫌でしょう?」

「え? どういうことでしょうか?」

「魔法の発動状態を維持したまま魔力を回復し、さらに魔力を込めると意図しない時に大規模な魔法が暴発してしまいます」

「暴発・・・! そんな・・・じゃあ」


(あの魔力集中の訓練でおれの魔力は発動条件を満たしていたのか。それなのに魔法を発動できないからおれの保有できる魔力量をオーバーして臨界点を迎えようとしていた・・・?)


「もしかして魔力を込めると光るようになったのは・・・」

「はい。暴発の兆候です。しかしもう大丈夫。今の保有量が適正です」

「すいません、お手数をおかけしました。もう魔法には手を出しません」

「えっ・・・と、あの・・・」


 素人が手を出すべきじゃなかった。

 この親切なお姉さんが教えてくれなければ、おれは両親ごと家を吹っ飛ばしていたかもしれない。

 挑戦によって必要なリスクは負うべきだが、それを家族が負うのは間違っている。


「なるほど。あなたの選択は尊重します。ですがお伝えしておきます。あなたはその力を必要とする時が必ず訪れます。その時後悔しないために、毎日〈基礎級魔法〉を発動し続けることをお勧めします。そうすれば魔力の保有量は増え、扱いも上達するでしょう。暴発の危険はそれで払うことが可能です」


 基礎級魔法というのは魔法の位階のことだろうか? 続けるにしてもやはりおれには情報が欠けている。


「あの、じゃあぼくに魔法を教えていただけませんか? その基礎級とか詠唱を知らなくて・・・」

「詠唱ですか・・・すいません、私には教えられません」

「・・・あっそうです・・・か・・・」


 この親切なお姉さんでもやはり魔法の教義はおいそれと話すことはできないようだ。


 おれはショックを受けつつも、前向きに考えていた。その基礎級魔法の会得がこの先いつになろうとも、自分に魔法の才能が無かったわけではないのだ。それにこの人に出会えただけでも行幸。このお礼を口実にお近づきになりたい。いやなるべきだ!!


「あのわざわざ来ていただきありがとうございます。ぼくはロイドといいます。三歳です。よろしくお願いします。よろしければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「・・・いいえ、私はあなたにお礼を言われるような、そんな大層な者ではないのです」


(フラれた!!)


「これは償いです。せめてあなたがこの先思いのまま生き、天寿を全うすることを願うばかりです」

「あの、お姉さん?」


 お姉さんは悲しそうな顔でおれの顔から眼をそらした。その口ぶりはこの先おれの身に危険が訪れることを確信しているようだ。そしてそれに責任を感じている?

 

 返ってきた答えが予想外過ぎてさすがに混乱し、会話を繋げることができない。


「・・・すいません、もう行かなくては。私は詠唱について知りませんが、魔法に必要なのは魔力とイメージ、そして確信です。魔力が事象に干渉し起きる現象をイメージし、そうなると確信できれば魔法は発動します。私にできるのはこれまでです」

「イメージ? あのちょっともう少しだけ・・」

「近いうちにまた会うことになります。それでは―――」


 女性はそう言って店からでていってしまった。詠唱を聞き出す予定が、わからないことが増えた。あの人は一体何を知っているのだろうか。


 ちなみに母には聞こえない位置で話していたのであとでいろいろ聞かれた。おれだってわからないというのに・・・

 

 曰くあの人は貴族のご令嬢だろうということだった。どうやらおれが貴族のお嬢様に何か失礼をしてないか心配になったらしい。

 おれはその日ずっと彼女との会話と表情を繰り返し脳内で再生していた。


『近いうちに会うことになります』


(よし、まずは〈基礎級魔術〉から会得してやるぜ!)


 おれはやる気に満ちていた。またあの人に会いたい。その時、習得した魔法を自信をもって見せらせるようになっていよう。そう心に決め脳内の神殿でホワイトボードに計画を書き込んだ。




「・・・」

「何やり切ったみたいな顔してるんですか、女神様?」

「きゃあ!・・・何ですかシス・・・気配を消して背後に立たないでください!」


 そこは長い通路の途中である。ただし通路を形成しているのは天然とも人工とも言えない半透明な結晶。初めからそうであったかのように、奇跡的にピタリと組み合わさり、真っ直ぐな道を生み出している。その結晶の中を煌めく七色の光が駆け巡り、オーロラの中にいるかのような幻想的な空間となっている。

 

 その通路で、フードを下したのは先ほどまでロイドと話していた女。その後ろに金髪を肩で切りそろえた若い女が立っていた。

 紺色の上下に革ベルト、革のブーツ。一切装飾の無い出で立ちだが、腰に携えた剣だけが荘厳な輝きを放っている。女の柔和で眠そうな表情とは裏腹にその金色の瞳は非難の視線を女に向けていた。


「彼にこっそり会いに行って朝帰りですか。何をやり切ったんです?」

「ち、ちちちがいますよ!! わ、わたしっはそ、その彼に・・・」


 女はロイドに見せた落ち着いた雰囲気とは裏腹に、取り乱して身振りを交えて否定する。

 

「いや焦りすぎでしょう。やましいことしてきたみたいですよ、それじゃあ」

「・・・からかわないでください。それでシス、何か私に御用ですか?」

「下界の者に影響を与えるのは良くないこと。まして今日彼に行ったことがどう影響するのか、女神様はわかっておいでですか?」


 シスと呼ばれた女は下手に出ながらも女神と呼ばれる女に反省を促す。


「あのまま放っておけば街は消滅していたでしょう。まさか彼があの平凡な肉体であれほどの魔力を蓄えようとは思っていませんでしたから、今回は仕方ありませんでした」

「確かにあの環境の中、独学で魔力操作を会得したのは予想外でしたね。おそらく彼の世界にも同じような力があるのでしょう。しかし私の言っているのはそのことではありませんよ。なぜ魔力を抜き取ったところに〈神気〉を注ぎ込んだのですか?」


 神気―――神々の行使する力の源である。


「それは魔力の絶対量を〈神気〉が占める分だけ抑えられるからですが?」

「ええ、それはどのぐらいですか?」

「さぁ? 比較する人がいないので正確には。あえてあなたと比べるなら10分の1くらいでしょうか」


 唖然とした顔になるシス。


「あのですね・・・私も一応神なので。その1割の力を三歳児に与えたのですか!?」

「・・・だって・・・」


 女神はすでに泣きそうである。


「あなたは彼がこちらの世界で争いに巻き込まれず生きてほしいから、あの土地とあの家とあの器を選んだのでしょう? 力あるものは争いに巻き込まれる。これでは元の木阿弥です」

「・・・で、でも、すでに魔力は有していたのです。ならば力を正しく扱い、生き延びる手段とするしかありません。〈神気〉はそんな彼の人生できっと役に立ちます。高位治癒魔法、結界魔法も扱えるようになるでしょう」

「・・・魔力をすべて抜き取り、魔法を使えなくすることもできたのでは?」


「・・・ハッ!」


「聖域以外で高位治癒ができたらさぞ有名になりますね。神殿の者たちはまぁ大丈夫でしょうが、帝国の教会関係者は彼を排除するか、取り込むしかありませんね」


「・・・ハッ!!!」


「仮に魔導士としての大成を後押しするにしても、ちゃんとアドバイスできたんですか? 彼が基礎魔法だと思って対軍級魔法を発動したらどうするのですか? 話せる時間は限られていると初めからわかっていたのだから手紙にすべて書いて渡せば・・・」

「ハッ!・・・い、いまからか、書きます!」

「もうだめですよ。あと10年は下界に下りないでください。悪影響が出ます」

「ならあなたが手紙を渡してください!」

「嫌ですよ。なんで剣神の私が魔導士の手伝いなど・・・」

「そんなぁシスゥ〜おねがぁい〜」

「ちょっと、可愛い子ぶらないでください! 私より年上のくせに!」


 人と魔族、その間で繰り広げられた巨大な戦火の中、魔族の王が禁忌に手を染めた。異界の門を開き、英知を掴む禁断の魔法。死して間もない誠一の魂はそうしてこの世界にやってきたのであった。

 下界への干渉を最小限に留めてきた天界の神々はこの時ばかりは傍観してはいられなかった。この世のものではない魂が戦争の道具にされれば、この世の理が崩れ去るかもしれない。


 ゆがみの発生。それは避けなければならない。


 そこで女神はその魂を戦地から離れた、ごく平凡な家庭の、平凡な器に隠した。そうして生まれたロイドは平凡な人生を得るはずだった。


 しかし、今日、女神が天然のせいでロイドは壮絶な人生を歩むことを運命付けられたのだった・・・・


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