第3話 魔法
もし生まれ変わったら・・・
そんな妄想をしていた時期があった。いや割と大人になってからの方が多かったかもしれない。後悔を振り返り、あの時ああしていれば、生まれ変わったらもっとこう、上手くやる、そんなことを考えて、現実から目を背ける時間があの時には必要だった。
しかし、おれが転生して最初にしたことと言えば現実に向き合うことだ。逃げる以外に選択肢がないほどまでに追い込まれてしまう前に、できることをやらなければならない。また誤解で刺されて死ぬなんてごめんだ。
まずやるべきこと―――すなわち、言語の理解。
言葉がわからなければ情報も状況も分からない。赤ん坊の柔らかい頭はどんどん言葉を覚えていったが、両親の赤ん坊に話しかける内容だけでは言語の全体像は分からない。そこでおれは頭の中に『記憶の神殿』を築いた。
これは馴染みの深い空間を正確に脳内にイメージすることで、そこに置いた記憶を場所や他の記憶と関連付けて覚えられるというものだ。おれは社屋をイメージし、そのフロアごと、部屋ごとに記憶を整理して置き、見たもの、聞いたものを忘れないようにした。そうすることによって引き出した記憶を繰り返し再生し、それを元に解読を進められる。特に手書きで記録できない状況では記憶が頼みの綱だ。海外ドラマで見た眉唾だったが、効果は抜群だ。
ある程度言葉が理解できるようになると、自分を取り巻く環境が理解でき始めてきた。
おれは貴族の生まれでもなければ、特別な才能を持つ両親の子でもなく、ごく平凡な小さい雑貨店の息子として生を受けたらしい。
名前はロイド。
そしてこの家はカサドという比較的人の往来が多い街道筋の街で、ベルグリッド伯領内に位置しているらしい。ここから北に向かうとその直轄領であるベルグリッドという街があり、そのさらに北に王都が存在する。
街にいる剣や槍などを持った屈強な男たち、運び入れられる〈魔獣〉の死体などを見ると恐ろしいが、この王国―――パラノーツ王国―――は結構平和が続いているらしく、長らく戦争をしていないとのことだ。
ついこの間まで、パラノーツ王国がある大陸と海を挟んだ東では、〈帝国〉と〈魔族〉による大戦争があったというが、火の粉は降りかからず平穏を護り続けてきたのだという。
要するに今回の人生もまた、平凡が約束されたかのような語ることの少ないものになるだろうということだ。今後の人生は手に取るように想像が付く。この潰れかけの雑貨店を継いで結婚して子供に店を継がせるか、家を出て別の仕事を探すかだ。
しかし、この家を出てできることは何か。平民のおれでもなれる好待遇の仕事は何か。パッと浮かんだのは魔法職だ。科学が発展していないこの世界で優遇される人材は魔法が使える者。この身体にその潜在能力があるのかどうかは怪しいがおれには魔法が使えるという確信があった。
この赤ん坊の身体になってから、何か前世では感じたことの無いものが体内にあるのを感じたのだ。この感覚は転生での唯一の特典だ。たぶんこれが魔法の源、エネルギー源だろう。体が動かせない間、おれはこのエネルギーを動かす感覚を養おうと日々研鑽を重ねた。
一年ほどでその作業もスムーズに行えるようになり、操れる絶対量も増えた気がした。
しかし、おれが魔法を使うにはまだ足りないものがあった。
魔法とはすなわち見えない重火器と同じで、こちらも持っていなければ自衛のしようがない。しかし、修得には難問があった。魔法の修得について知っている者が周りにいなかったのだ。魔法はごく一部の者にしか扱えず、その修得方法は魔導士に教を乞うか高価な本を読むか王都の魔導学院に入学するかしかないらしく、そのどれもがおれには無理だった。
特に欲しかったのは詠唱に関する情報だ。
おれは何度か母親に神殿へ連れていかれたことがある。どうやら、おれに何か普通の幼児とは違うものを感じ取ったらしく、何か憑りついているのではと神官に相談した。
(祓われる!!)
と心配したが、そんなことも起こらず、おれはそこで魔法の詠唱を実際に見られた。実際に魔法を使うところを間近で見たのはこれが初めてだった。なぜ言葉を話すだけで魔法が発動するのかは置いておいて、まずはその詠唱を試してみるほかない。そう意気込んだ。しかし、この身体はまだ言葉を話せない。仕方なく、魔法の詠唱について調べようと考えたが聞き耳を立てて入ってくるような情報ではない。ならば雑貨店に魔導士が来ないかと、客が来る度ハイハイで様子を見に行った。
だが、根本的なことにおれはそのしばらく後になって気が付いた。この雑貨店は大通りから離れた場所にあり、来る人の大半は日用品を買いに来る近所の人だけ。近所に魔導士はいない。そして、この街に来る人の多くが魔石という鉱石の売買でやってくる。どうやら王都の西には迷宮があり、そこで採掘されたんだかモンスターから採れたんだかの魔石を南の各領に販売する中継地のような役割がこのカサドの街にはあるようなのだ。
ではうちで魔石も扱っているのかといえば、そういうわけでもなく、魔導士にとって用がない店だった。さびれているのも納得だ。せっかく育ててもらっているのでこの店の経営を何とかする方策も考えておかなければ、。そんなことを思っていた矢先、おれはたまたま店の台帳を見てしまった。紙資料で文字を覚えようと色々探していた時、開いたものが目に入ってしまった。
おそらくおれが店を手伝えるようになるころにはこの店は無くなっているだろう。正直、うちの両親の人生設計のずさんさはひどい。商売をなめているのかといいたくなる。そしてなぜこの家計状態で子供を産んだのか。おれに残すのは借金の山になるのは確実だ。
おれはより一層体内のエネルギーを操る特訓をして、何か情報はないかと常に聞き耳を立てた。
そのおかげで二歳になるころにはより熟達し、体内エネルギー――魔力――の操作は自然にできるようになった。操れる量も増え、一部に集中すると何か光始めた。神殿で神官が詠唱した時も光っていた。おれは試しにその時神官が行っていた詠唱を試してみた。しかし、何も変化がない。いくら魔力量が増えても、魔法に対してどれだけ消費が必要なのかわからない以上、今の自分の魔力で発動できる魔法を探すほかない。
一番その魔法の情報が入りそうな場所、それは冒険者ギルドだ。冒険者の中には魔法を使える者が比較的多くいる。当然だ。冒険者が狩っている魔獣も魔法を使うのだ。剣や槍だけで戦うわけがない。おれの目標はいかにして冒険者に近づくかになっていた。自宅から冒険者ギルドまでの道のりは遠く、たどり着いたとしても迷子だとすぐ連れていかれてしまうだろう。
いいじゃないか。そういう一か八かの挑戦をしてこそのこの人生。失敗しても構わない。
そう意気込んでおれはこっそり自宅を抜け出した。
そして、自宅から数メートルの所で近所のおっさんに捕まり自宅に戻された。全力ダッシュしたのに全く先に進まない。なんて無力なんだと痛感させられた。案の定おれは叱られ監視の目が厳しくなってしまった。おれは反省せざるを得なかった。
(身体も鍛えよう!)
前世で身体を動かすのは苦手なほうだったため、気が乗らなかったが、あまりにも軟弱なこの身体ではこの世界を生き抜くのに不都合だろう。
家の中を何かを考えながらウロウロし続ける姿はまさに奇行だったようで、おれはまたまた神殿に連れていかれた。今度は神官も本腰を入れたようで何やら大がかりな儀式を行われた。
(無駄なことを・・・おれを祓うなどできるはずも無い。もうあきらめたらどうかな諸君!)
そんな遊びをしていた時だった。
(!!)
なにか強力な視線を感じた。天がギロリと音を出していてもおかしくないぐらい、ハッキリと何かの視線がおれを見下ろしている気がした。
(ひょっとして・・・この世界、神様っているのか・・・?)
思えばおれは転生して記憶を維持している。脳や細胞以外に記憶を宿す場所があるということだ。それを魂と呼ぶのなら、神がいてもおかしくない。スピリチュアルやオカルトは信じなかったが、ただファンタジー世界に転生しただけではないのかもしれない。
悶々としながらも答えが出ない、ネットで質問もできないのは辛い。それからのおれは少しおとなしくなった。両親は神殿に行った効果と言っていたが否定できない。毎日、退屈と戦いながら魔力の操作だけを繰り返すだけの日々を送った。
そんな中転機が訪れた。
おれが三歳になって間もなく、増々さびれていく店に客が来たのだ。
それは近所の人ではなく、見慣れない深いフードを纏い、独特の雰囲気を醸し出した一人の魔導士だった。
それも史上最高と呼んでも過言でもないくらいに、とんでもなく美しい女性だった。
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