第2話 転生
平和と言われる日本でも凶悪な犯罪は度々報道される。しかし、日常生活でその被害に自分が遭うなんて考えるだろうか?少なくともおれは荒木課長からの陰湿なパワハラの方に頭を抱えていてそんなこと思いもしなかった。
「おい!! 喜多村!! てめぇなにちんたらやってんだよ!!」
「・・・すいません」
「なんだ? あやまれば仕事が進むのか? さっさとやれや!! あぁ、文句でもあんのか? てめぇ残業すんなよ? わかってるよな?」
仕事が増える度おれはタイムカードを切って居残りをさせられた。休日でもお構いなしに呼び出される。おれがミスをしているのならまだわかるが、荒木が成績を上げるため無理な契約を持ってくるからだ。
「お前の代わりなんていくらでもいるんだからよぉ。仕事しようぜ。どうせそれ以外やることねぇだろ? わかってるよな? お前に厳しくしてんのはお前の為なんだよ。分かってるよな?」
そう言って仕事を押し付けるのはいつも数人で、他の者に対しては気前のいい頼れる上司で通している。その露骨さが恐ろしい。パワハラを受けていない者は恐怖で従い、受けている者は従う他ない。
つまり、生贄制度だ。
「ああああああっ!」
「うわ、どうした?」
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・あ・・・・・すいません」
最近、生贄になった女子社員がいる。入ってしばらくして上司に反抗して今はここで永久残業の刑だ。整った外見のせいか上司に迫られたのが原因らしい。
パワハラにセクハラ、そんなクズにどうしておれが従っていたかと言えば、待っていたからだ。こんな露骨な労基違反をさせていればバレるのは時間の問題だ。おれはキチンと残業時間をメモしてきた。他の者にもさせた。明るみになれば残業代は払われるし、あいつはクビだろう。耐えていれば調子に乗ったクズは自滅し報いを受ける。
そしてその時が来た。
クズは会社をクビになっただけではなく、訴えられた。取引先に水増し請求して金を横領し続けていたらしい。どうやらその取引を一人で処理するため、他の業務をおれたち生贄組に押し付けていたようだ。
「実は私が内部告発したんです」
そう言ったのは、限界を迎えていた女性社員だ。彼女が組合と本社に宛てて、パワハラとセクハラを訴えたらしい。その調査で横領が発覚したというのだから、まさに自業自得だ。
「でも、告発するなら喜多村さんからして欲しかったです」
反論の余地はない。
性分だろうか、人と真っ向から争うのは苦手だ。臆病なのだ。だから狙われたと言える。
「す、すいません。そういう意味じゃなくて、一番堪えてきたのが喜多村さんだし、私たち喜多村さんが居なかったらダメになってたと思うから」
その日おれたち元生贄組は遅くまで飲み明かした。思えばこうして飲み会に参加したのは何年ぶりだろう。おれたちはそれまでの鬱憤を吐き出し、時に涙を流しながら笑いあった。
(これでいいんだ。これでまた頑張れる)
満たされた気持ちでおれは帰宅する。
だが、その夜道で見たくない顔と出くわした。
「てめぇ、わかってるよな? 全部無くなった。てめぇのせいでッ!!!!」
ドス・・・
「う゛っ・・・・?」
荒木に握られたナイフだか包丁だかが、おれの腹に突き立てられていた。おれは倒れ込む。荒木はそこに馬乗りになって刺さったそれを引き抜く。
「う゛ああああ゛ッ!!!」
激痛と恐怖で叫ぶ。しかし、刃物を握るそいつの顔は満足そうな下卑た笑いをしていた。
ドス・・・
「ぎゃ!!」
ドス・・・
「あ゛ッ!!」
ドス・・・
「う゛あぁ・・・」
ドス・・・
「ぅ・・・」
何度も刃物はおれの身体に穴をあけ、血を噴出させた。
最後におれが見たもの、それはおれの血を浴びて満足そうなクズの下卑た笑いだけだった。
こうして、喜多村誠一の二十五年の短い生涯は終わりを遂げた。あっけない最後だった。壮絶と呼べなくもないが、人生において何も成し遂げてなどいない。何者でもないまま死んだ。しかも勘違いでだ。おれが告発をしたと勘違いし、確認もしないままおれを殺しに来たのだ。そもそも、人に恨まれこそすれ、人を恨む権利など無いはずだ。
いや、道理などあったらあんなクズにはならないか。
おれは悔しさと理不尽に対する怒りを感じた。きっとこの恨みであのクズを呪い殺してやる。絶対にこのままで終わらせない。そう決めた。
それと同時に浮かんだのは家族、両親と兄の顔だった。おれが道を踏み外すことの無かったのは愛情を持って育ててくれた両親と面倒見のいい兄のおかげだろう。それを裏切る気がした。そしてこんな死に方をして申し訳なく思った。
浮かんだのはあの子の言葉。
(告発するなら喜多村さんからして欲しかったです)
逃げて、挑むことからも逃げた結果がこれだ。ただ、堅実に無難な人生を選択してしまった。これはおれが半端な臆病者だから起きたことだ。
(生まれ変わったら絶対に受け身な生き方なんてしない。貪欲に知識と技術を身に着けて理不尽に対して徹底的に対抗してやる。もう二度とあんな下卑た笑いをさせはしない!)
そんなことを思いながらおれは眼を覚ました。
「・・・・?」
気が付くとそこはベットの上だった。
見慣れない天井。
触り心地の悪い布。
不自由な体。
おれは様々な想像を巡らせ、辺りを見渡して情報を探した。おれを抱き寄せる女性。見慣れない建物。見慣れない人、動物。聞きなれない言葉。ファンタジックな生活様式と世界観。
放心していたためどれだけそうしていたのかわからない。
おれがここを理解するまでにかかった時間は約二週間というところだろう。
端的に言ってここは地球ではない。
おれは喜多村誠一ではない。
おれは異世界に転生していた。
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